6-3-2.夢【山田茄々子】
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「納得しろだと!? この遺言のどこに納得しろと言うのだ!!」
白鞘家の大広間に親族一同が向かい合うように席を並べている。
中央の上座に座っているのは義祖母である梅子と弁護士。
そんな中、一人の怒号が響いた。
「兄さん、落ち着いて……」
夢。
夢を見ている。
見たくない夢。
火徒潟町に向かうバスの中で揺られてウトウトして眠ってしまったようだ。
白鞘家長男である穣治を宥める次男の大悟。
他の者も声は上げないものの、納得がいかないという顔をして、祖父の遺言状を読み上げる弁護士の方を一瞥している。
「落ち着いてなどいられるかっ! カメラマン気取りの独り者はいい気なものだな! 俺は白鞘家の家長として養っていかねばならん者があるんだよ! それなのになんだ、白鞘家を継ぐ長男であるこの俺を差し置いて、よもや駆け落ち同然で家から離れた茄癒のガキに〝犬神の巻物〟を相続させるだと!? それがどういうことか分かっているのか!?」
大悟の宥めの言葉も聞き入れず、すごい剣幕で弁護士を睨みつける。
見た目、老齢で気の弱そうな弁護士は、額から垂れる汗をハンカチで拭いつつ困り顔で頭を下げるばかりである。
「しかし、平八様の遺言書に書いてある通り読み上げております次第で……」
なぜ祖父はこんな遺言を残したのだろうか。
なぜ祖父は、伯父がここまで激怒するような大切な物を私に相続させようと思ったのだろうか。
「そうですよ、穣治お兄様。御父様の遺言にケチをつけるなどと、御父様の顔に泥を塗るようなもの。素直に受け入れるのが残された私達がとる道なのでは?」
険しい顔をする親族一堂の中でも、涼しげな表情をしつつそう言い放つ白髪の女性。
白鞘琴子さんだ。
「後妻の子は黙ってろ! そもそも琴子、お前は家の事を何もせず旅行ばかりしおって、貴様に口を出す権利があるとでも思っているのか!?」
そう言い、恫喝するように琴子に言い迫る穣治に対して、琴子も少し表情を険しくする。
「後妻の子であろうがなかろうが、御父様の血を受け継いでいるのは確かな事。それに、そもそも人形師としての仕事を私に回そうとしなかったのは穣治伯父様ではございませんでしたか? 裏でコソコソと戦邊のおじ様と何やらやっていたようですが、筒抜けですよ。大体、白鞘家に関して今後の方針を御父様と違えていたのは穣治お兄様ではありませんか」
「ぐっ、誰がそんな事を……減らず口ばかり叩きおってからに……! とにかくだ、犬神の巻物をこのガキに継がせるなどと言う事だけは絶対に認めん! 認められんぞ! アレが家を離れれば一族がどうなるか分かったものではないのだぞ!!」
私に指をさしつつ怒号を放つ伯父。
私は何も喋る事が出来なかった。
「しかし兄さん、巻物は今までこの家に住まう者以外に継がれた事はないんだ。何か起こるってのも心配しすぎじゃないのか。父さんは一番守りたいと思ってる人に力を託したかったんだよ。きっと」
「一番守りたいだと? 実子であるこの俺やこの場にいる兄弟姉妹達を差し置いて、どこぞの馬の骨とも知れん男と駆け落ちして出来た孫にか!? 親族の名前すらまともに言えない頭の悪いこのガキにか!? 紅葉も黙ってないで何とか言ったらどうなんだ!? うちの子でもなく、お前の子でもなく、このガキなんだぞ!!」
「わ、私は……」
穣治に振られて紅葉叔母さんも返答に困っている。
彼女は後妻の子で末子だ。これと言って大きな相続物もないと思っていたのか、巻物の相続人が読み上げられるまではあまり我関せずと言った感じであった。
「茄癒お姉さまが生きておられたら、何と仰ったかしらね……」
琴子もそんな穣治に対してほとほとあきれ返っている。
「梅子さんはどう思っているんだ! さっきから黙っているが! 白鞘家がこのまま衰退して没落してもいいと思っているのか!?」
穣治にそうまくし立てられるも、視線をそちらに向けるだけで梅子が何かを語ることはなかった。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ穣治さん。とりあえず遺言書を最後まで聞いてみようではありませんか」
そんな中で声を上げたのは、末席に座っていた人物だった。
彼の名前は戦邊源士郎。紅葉の旦那の父に当たる。
血縁もない相続には無関係の人物にかけられた声で穣治が静まるのかとは思ったが、意外にもその一声で場は静寂を取り戻した。
妙な箱を手に持ち、不穏な空気を漂わせる戦邊源士郎の声で。
父は終始うつむき誰とも目を合わせようとせず、この場で私を庇ってくれることはなかった。
庇ってくれたのは大悟さんと琴子さんだけだった。