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人身御供の代償

作者: 王子

 馬鹿馬鹿しい。時代錯誤だ。

 万が一、億が一、雨が降ったとしたら、みんな流されてしまえ。

 山頂の池へと続く道、時代劇でしか見たことないような(かご)に揺られながら、私は村人達を呪っていた。


* * *


 人間は無力だ。いくら上水道を整備したって、飲み水の元は天の恵みである雨なのだ。食糧もそう。米も麦も野菜も家畜も、結局は水が無ければ育たない。当たり前のことなのに、こうなるまで考えもしなかった。

 しばらくは雲のかけらすら見ていない。あまりにも強い日光。誰も彼もがひどく日焼けしてしまった。こんがりおいしく焼けました、なんて生易しいものではない。肌は黒い色素で覆われ、元に戻る間も無い。常に赤く腫れていて、火傷を負っているみたいだった。

 このまま日照りが続けば村は滅びてしまう。それは承知していた。だからって。

 この村は、古くから龍神様を(まつ)ってきた。厳密に言えば、お年寄り達が。毎年、龍神様の神社に人形を供える慣わしがあったらしい。その係であったおばあさんが、一昨年に突然亡くなってしまった。私や親の世代はカビの生えた神話になんて興味も無く、神社に足を運んだことすらなかった。きっと、それがいけなかった。

 おばあさんが亡くなった日から、一度も雨が降らなくなった。梅雨の時期になっても空はからりと晴れ渡っていた。代わりになにもかもが焼き尽くされそうなほど強い陽の光が村に注がれた。

 国は救援に乗り出していたけれど、全て失敗に終わった。いわく、「村の周りに透明な壁があって立ち入れない」のだそうだ。村から脱出を試みた村民達も口を揃えて同じことを言った。

 村人達は気付き始める。どう考えても、人間ではない何者かが村を滅ぼそうとしていると。真っ先に思い当たった原因が、龍神様へのお供えだった。雑草だらけだった境内を徹底的に清掃し、何度も拝み倒し、人形をたくさん供えた。でも、雨は降らず、日は照り続けた。

 村長は一つの決断を下した。

 龍神様への、本来のお供えを復興させる。

 人形が供えられる前は、生きた女性を捧げていたらしい。大昔の話だ。それほどまで村は追い詰められていた。


* * *


 籠の中は暑い。いや、外も暑いけれど。

「あっ!」

 外から声がしたかと思うと、籠が突然傾く。狭い籠の中で体が壁に叩き付けられる。

「ちょっと、痛いんですけど!」

「ごめん、転がった空き缶に(つまず)いてさ」

 籠から()い出て見れば、男が足首を押さえて座り込んでいる。

「おい、歩けそうか」

 もう一人の男が手を差し出す。

「悪い、ダメそうだ」

 良くない(ひね)り方をしたようで、苦痛に顔を歪めている。

「というわけで、籠はここまでだ」

 なんて?

「え、この先、歩いていけって言うんですか」

「走っていってもいいぞ」

 この鬼畜め!

 覚悟はできていた。どうせあのまま村にいたって豚の丸焼きならぬ人間の丸焼きになるだけだ。龍神様なんて信じていない。それでも、女の子を平気で差し出すような奴らと一緒にロースト人間になるよりはマシだった。

 私は二人の男にビンタをくれて、山道を歩き始めた。

 木は枯れ、葉の一枚も見当たらない。足下の土は水分を失ってひび割れている。籠はだいぶ進んでいたから、山頂にはすぐ着いた。

 池……だった(くぼ)みが目の前に広がっている。その真ん中に、大の字になって寝転ぶ。ここも日が強い。でもわずかに風が吹いていて、少し気持ちが良い。目を閉じる。

 このまま、若娘のグリル~人身御供風~になっていくんだ。あの太陽が、私の体の隅々まで水分を蒸発させて、村人達を片っ端から炭に変える。もしくは、神様の力なんかじゃなく偶然に、「寝坊してました」なんて感じでしれっと雨雲がやって来るかもしれない。けれど今となってはどうでもいい。たとえ雨が降っても村には戻りたくない。

 深呼吸を一つすると、日を遮るように、顔に影が落ちた。今日も雲は出ていない。近くには大きな木も無い。あってもカラカラに死んでいるはずだ。

 そっと(まぶた)を開くと、生き物の目がそこにあった。野犬でもない、猪でも熊でもない。頭の中に存在する全ての生き物と、目の前の生き物とを照合する。当てはまらなかった。実在する生き物には。ただ、架空の生き物には心当たりがあった。

 龍、ドラゴン……何と呼ぶのが正しいのかは分からないけれど、知り得る範囲ではそうとしか思えなかった。

「お前が、供え物か」

 鼓動が早まる。何もしようがなかった。現れたのが猪でも熊でもきっと同じだろうけれど。

「おい生きているか」

 なんとか、ゆるゆると頷くことができた。

「お前が、供え物か」

 頷く。このまま丸呑みにされてしまうのだろうか。これは捕食対象の確認作業なのかもしれない。

「お前の望みはなんだ」

 望みなんて無い。強いて言うなら、食べないでほしい。

「私は龍神。お前の望みを聞いてやる」

「龍神……様……?」

 乾いた喉から辛うじて発せられた声に、龍は頷く。

「お前は自分の命を捧げにやって来たのであろう。その心意気が気に入った。望みを聞いてやろう」

 私の望み。私は何を望んでいるだろう。何が欲しいのだろう。いや、欲しいものなんてもう無い。だけど、せめて。心に黒いものが渦巻く。

「村を、沈めてほしい」

()い分かった」

 龍神が空を見上げると、みるみるうちに灰色の雲が空を覆っていく。ぽつり、ぽつり。顔に冷たい粒が落ちてくる。辺り一面の乾いた大地が、ぱたぱたと音を立て始める。雨だ。数え切れないほどの細い筋が視界を埋め尽くす。

 村人達は恵みの雨と思い込んで歓喜に沸いていることだろう。私を村から切り取ったことは忘れて。ざまあみろ。なにもかもが雨に打たれ、崩れ、流されていく。考えただけで笑えてくる。

「それで、お前はこれからどうする」

「どうするって、私は食べられるんでしょ」

「馬鹿を言え。龍は高貴な生き物だ。劣悪な人の子の肉など喰って腹を下したらどうする」

 龍で神様のくせにお腹壊すのか。

「じゃあ、むかしむかし、龍神様に供えられた人はどうなったの」

 龍神は笑った。ように見えた。それも少し寂しげに。

「死ぬまで添い遂げ、見送ってきた」


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