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新しいアクトの始まり feat.『蒼いアクト』

「親の介護がしたいから」


 その一言で、私の率いるロックバンド、『蒼いアクト』のボーカル、sāya(サーヤ)は、ロックをやめた。


「絶対に一緒に武道館に行こう」


 そう誓った夢が、一気に遠のいた。以来、私の世界は曇ってしまって、ギターのチューニングがイマイチ合わなくなった。

 スタジオに入ることすら億劫になってしまった頃、業界の先輩からある人物を紹介された。


「ナナミです。よろしくお願いします」


 数日後、お人形のように可愛らしい女の子が、頭を下げてきた。ぱっちりとした瞳に、くっきりとした鼻筋、何もかもが野暮ったい私とは違い過ぎている。

 ベースのmiri(ミリ)やサポートメンバーの朗らかな笑みとは対照的に、私は仏頂面で返事をしてしまった。


 気乗りがしない。新しいボーカルが、元アイドルだなんて。


「私、emi(エミ)さんの作る曲好きなんです。サウンドが踊れる感じで」


 意外だった。七海が所属していた、『午前2時のレム睡眠』は、変拍子やエフェクトのかかったボーカルが特徴の前衛的な楽曲をやっていたから。

 てっきり、ロックにはシンパシーがないと思っていた。


「デモ音源聞いて練習したんですけど、踊ってみても面白いかなって」

「え?」


 さらに彼女から、思いがけない提案があって困惑する。バンドのメンバーが踊る――と考えただけで、今まで築き上げてきた世界が、壊されてしまう気がして。


「いいじゃん。なんか新鮮だし」

 

 思考がフリーズしている私を差し置いて、miriが首を縦に振る。


「勝手に決めないでよ」


 反論したけど、丸め込められてしまった。miriは年長者だから、逆らえない。

 確かに決めつけは良くない。アイドルなんて薄っぺらい、という自身の偏見が、午前2時のレム睡眠の音源を聞いた瞬間にぶっ飛ばされたことを思い出しながら、機材の音調作業に移る。


 このときまでは、まだ七海の力量を、正直見くびっていた。

 それが――


“さして望んでもいないような

型にはまった未来を夢見て

ファッションみたいな恋愛で

モラトリアムを塗り潰した”


 彼女の歌声を聞いた瞬間、ひっくり返されてしまった。

 透き通った歌声は、捻くれた私の詞には、不釣り合いかもしれない。でも、私が大切にしている青臭さを、彼女が体現しているようだった。ハスキーな声質のsāyaとは、一味も二味も違う。


 そして、サビに差し掛かった瞬間(とき)、彼女はスタジオの床を蹴って、跳ねた。


“遅すぎると 大人げないと 言われても

今ここで始めるMy Brandnew Act

叶わないと 似合わないと 言われても

空夢うそぶいてたあの頃よりも

泥まみれの今の方が好きだから”


 彼女の動きは、泥の中でもがくようなイメージだった。乱れる呼吸、顔に滲む汗で絡みつく髪。それが、音楽を始めた年齢が遅い、という自身のコンプレックスを書きなぐった詞に命を与えた。


「どうでした?」


 歌唱を終えた彼女から話しかけられたところで、力なく「すごい」と漏らしてしまった。彼女の気迫に完全に押し負かされていた。


「なんで他人が作った歌で、そんなに自分を表現できるんだ?」


 失礼とは思いながらも、尋ねずにはいられなかった。


「表現することよりも、伝えることを考えなさいって、よく言われたんです。曲の中に自分を溶け込ませて、演技をするようなイメージで。そうすれば独りよがりになりにくいって」


 彼女の答えに度肝を抜かれた。自分の力量と意識の不足を、新しく入ったメンバーから見せつけられるとは、情けない。

 けれど、それが自分を奮い立たせるきっかけにもなった。

 ようやく素直になれた私は、彼女に手を差し伸べて、握手を求める。私の色黒の武骨な掌を掴む、彼女の手は白くて頼りないように見える。


 けれど――滾るように熱かった!


 たとえ、あの頃、夢を誓い合ったメンバーではなくても、進み続ければ、きっと掴めるはず。もう一度、そう確信できた。


「よろしく、ナナミ」


 私たちの新しいアクトは、ここから始まる。

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