SS・蒼鴎姫
二年前。
皇太子の死後、帝国は暗雲に覆われた。
治安は悪化し、山賊があちこちに出没するようになり、国境に他国の軍の影がチラついていた。
帝国の象徴である皇族たちは覇気を失い、皇帝の求心力は落ち込んだ。
それでも大事にならなかったのは各地の貴族が領地をしっかりと治めたというのと、民に希望があったからだった。
「またシルバーがレアモンスターを討伐したぞ!」
「またやってくれたか!」
「さすが我が帝国のSS級冒険者だ!」
突如として現れた銀仮面の魔導師。
帝都を拠点として、高難度の依頼でしか動かない変わり者。
しかし、その実力は折り紙つきで、レアモンスターが現れれば一瞬で現地に現れて討伐してしまう。
仕事の早さと万能性でいえば間違いなくSS級の中でも最強。
シルバーの存在は帝国の民の自尊心を回復させた。
落ち込んだ心の支えとなっていたのだ。
そんな中、皇帝が国中に言葉を発した。
『名工が蒼い鴎の髪飾りを作った。傑作ゆえ国一番の美女に身につけさせたい。よって、国一番の美姫を決めることとする』
美女を集めた大会。
それを開くと皇帝は宣言した。
それから国中がそのために動いた。
こんなときに何をと馬鹿にはしない。誰も。
帝国には今、こういう明るいイベントが必要だったからだ。
村一番の美女や隠れた美女まで、皇帝が各地に派遣した調査官が審査して、その調査官が合格とした美女だけが帝都で行われる本戦に進むことができた。
そして選ばれた十人が帝都に招かれた。
十人が十人、誰もが認める美女だった。
容姿において文句のつけようはない。
身分は様々。
貴族の娘もいれば、平民の娘もいた。
彼女らは用意された白いドレスに身にまとい、ベールをつけて皇帝と民の前に現れた。
闘技場は各地から集まった大観衆で満杯だった。
一通りのお披露目のあと、美女たちが一人ずつ呼び出された。
そして皇帝からの質問に答えるのだ。
大観衆の前、そして皇帝の前。
それでも選ばれた美女たちは物怖じせずに答えていった。
それが後半に差し掛かった頃。
「レオ、どうしよう」
「どうしたの? 兄さん」
皇帝の命令で帝都にいる皇族は全員が出席していた。
その末席。
レオの隣に座っていたアルは唐突に告げた。
「飽きた」
「はぁ……」
「というわけで、あとよろしく」
元々面倒だと思っていたのだ。
皇帝が美女を決めるのに皇族がなぜ必要なのか?
やることもなく、美女を観察することしかない。最初はまだよかったが、それも飽きてしまった。
質問への答えもありきたりで、事前に考えてきたのだろうと思うと楽しめない。
だからアルはそっとその場を抜け出した。
そして闘技場の外をブラブラと歩いていると、ベールを被った少女と出会った。
「どうして参加者がこんなところにいるんだ?」
ふらふらと足元がおぼつかない少女にアルは手を貸す。
アルの手を掴んだ少女だったが、すぐにその場で座り込んでしまった。
「どうした?」
「……緊張して、しまって……」
「緊張? ああ、こんだけ人がいるとな」
「それもあるのですが……皇帝陛下に会うのが……」
「えー、そっちのほうが緊張するのか?」
意外といった表情でアルは呟く。
そしてアルは苦笑する。
「普通のおっさんだから緊張するだけ無駄だぞ?」
「お、おっさん……?」
「ああ、綺麗な髪飾りにテンション上がってるおっさんだ。息子が抜け出したのにも気づいてないし」
「息子……?」
「俺と話せるんだ。緊張しなくていい」
アルはそう言うと少女を立たせる。
そして。
「さぁ、気楽にいけばいい。女の子は自然体のほうが綺麗だからな」
アルはそんな言葉を残してその場を去る。
そして少女は闘技場の中央に案内された。
見渡せば人だらけ。
しかし、その中でも別格の存在感を発するのは上段の席に座る皇帝だった。
「名は?」
「……フィーネ・フォン・クライネルトと申します」
「よく来てくれた、フィーネ。それでは質問だ。今の帝国には何が必要だと思う?」
多くの参加者はこの場で似たようなことを告げていた。
象徴が必要だと。自らがそうなりたいと。
だが、フィーネはさきほどの言葉を思い出した。
自然体が一番綺麗だと言われた。
ならば飾らない言葉のほうがよいだろうと思えた。
だから。
「今の帝国には強い皇帝が必要です。皇太子殿下亡きあと、帝国が落ち込んだのは皇帝陛下が落ち込んだからです」
闘技場内がざわつく。
これまで誰も皇太子の死に触れなかったからだ。
ましてや今のは不敬と取られかねない。
それでも皇帝は遮らない。
だからフィーネは告げた。
「国一番の美女など帝国には不要です。堂々たる皇帝陛下がいれば事足ります。今までも帝国はそうであったのですから。強くあられませ。誰もが憧れる黄金の鷲の一族。誉れ高きアードラーの長。帝国は皇帝陛下、あなた様自身なのですから」
そう言ってフィーネは自らのベールを取った。
その容姿に誰もが目を、心を奪われる。
不遜ともいうべき言葉であり、態度だった。
しかし。
「――見事」
皇帝はそう告げて、ニヤリと笑った。
そして蒼い鴎の髪飾りはフィーネに贈られたのだった。
蒼鴎姫の名と共に。