SS・悪ガキ
この作品は書籍二巻での詳細です( *・ω・)ノ
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俺はエルナと久しぶりに帝都を回っていた。フィーネを匿ってくれたことへのお礼だ。
そんな俺たちは帝都の外周部に入っていた。
帝都は城を中心に巨大な城下町が円形に広がっている。城下町は何層にも区切られており、外へいけばいくほど貧困層が暮らしている。
生活支援もあるため生活もままならないというほどの貧困層はいないが、それでも生活に困る程度には貧しい民が集まっている。
通常なら最上位貴族であるエルナや皇族である俺には縁のない場所だ。しかし、俺たちは昔からそこで遊んだりしていた。
そこで暮らす子供たちと仲が良かったからだ。中層あたりで遊ぶことも多かったが、俺たちが外層に出向いて広場で遊ぶこともあった。
そんな思い出の場所にエルナが行きたいと言ったのだ。
「みんなと今でも会っているの?」
「あんまり会ってないな。子供の頃とは違うからな」
「そっか……」
少し寂し気にエルナが呟く。大人になれば嫌でも立場の違いがわかってしまう。立場を越えて友人でいてくれる者は貴重だ。子供の頃に遊んで、今でも俺と付き合いのある奴はかなり少ない。どれだけ馬鹿にされていようと俺は皇子だからだ。
「贅沢な悩みはやめようぜ。貴族や皇族として恵まれた暮らしをしていて、そのうえ立場を気にしない友人を求めるのは強欲ってもんだ」
「そうね。あれは子供の頃に許された魔法の時間。もう戻れないものね」
そう言ってエルナは昔よく遊んだ広場を覗く。そこでは昔と変わらず子どもたちが遊んでいた。その様子をエルナは少し遠い目で見つめる。過去を思い出しているのかもしれない。
そんなエルナをよそに子供たちが俺たちに気づく。そして。
「あー! 出涸らし皇子だ!!」
「おー! 出涸らしだぁ!!」
子供たちが俺のほうへわーっと寄ってくる。そんな子供たちに俺は小さくため息を吐く。
一方、エルナは面食らっているようだ。
「アル……?」
「ときたまここに来るんだよ」
そんなことを言ってる間に、俺は右へ左へと手を引っ張られる。遊べ、構えと子供たちは好き勝手にいろいろなことを言ってくる。だが、そんな子供たちにもリーダーがいる。
「またカモにされにきたのか? 出涸らし皇子」
そう言ったのは丸刈りの少年だった。年は七、八歳ぐらい。その年齢にしては大柄で、手には獣の皮で作られたボールを持っている。
「よぉ、ヴィム。元気そうだな?」
「おかげさまでな」
ニヤリと笑うヴィムは不敵だ。まぁそりゃあそうか。連戦連勝中だからな。
「ここに来たってことはまた賭けをしにきたってことか?」
「うーん、今日はそういうわけじゃなくてだなぁ」
「アル? どういうこと?」
エルナが困惑したような表情で聞いてくる。いつも出涸らし皇子と誰かがいうと怒るエルナだが、さすがに無邪気な子供には怒らないらしい。そんなところに感心しつつ、説明する。
「外層の子供たちと遊びで勝ったらお菓子を買ってやるって賭けを何度かしてるんだよ」
「遊びで勝ったらって……どういう遊びよ?」
「鬼ごっことかかくれんぼとか」
「勝てるの?」
「勝てるわけないだろ。何人いると思ってるんだ」
「はぁ……つまりお菓子を買う口実ってわけね」
「そういうこと」
むやみやたらにお菓子を買ってやれば、この子たちは無条件で貰えると勘違いするだろう。そしていつか貴族たちの施しを待つようになる。それではいけない。報酬は自分の手で勝ち取る。遊びでそれを教えられればと思ってる。
かつて俺やエルナが外層の子供たちと遊んでいたとき、子供たちに金やお菓子を渡したことはない。それを目当てにされるのが嫌だったし、彼らがそれを嫌うことも知っていたからだ。
「なんだよ、こんなところにデートか? 変わってるな?」
「出涸らし変わってるー」
「私知ってるよー。出涸らし皇子は毎回、違うお姉さんを連れて歩いてるんだよー」
一人の少女が余計なことを口にする。まずいと思って口を塞ごうとするが、その前に子供たちはどんどん爆弾発言をしていく。
「俺も前に違う女の人と歩いてるの見たー。でも今日の人のほうが美人だー」
「えー、今日の女の人は美人だけど胸は小さいぞ」
「そうだそうだ。前の人は大きかった!」
「この人は貧乳で、前の人は巨乳!」
鎧を着ているならばこんな風には言われなかっただろうが、今は普段着だ。いつもより体のラインがより出やすい。
あぁ……カオスだな。怖くてエルナのほうを向けない。しかし、向かないわけにはいかない。
恐る恐る見るとジト目でこちらを睨むエルナがいた。
「毎回違う女を連れて歩いてる……?」
「いや、これには事情があってな……」
「皇子としての自覚が足りないようねぇ……」
やばい。説教タイムになる。
そう俺が感じたとき、ヴィムが止めの言葉を放ってしまった。
「出涸らし皇子、あんたぺったんこが好きだったのか?」
「誰がぺったんこよ!!」
「おい、落ち着け!」
「もう怒ったわ! さっきから聞いてれば貧乳やらぺったんこやら! 胸なんてただの脂肪でしょ!!」
「わーお、短気なお姉さんだな。出涸らし皇子、連れて歩く女は選んだほうがいいぜ? それに胸は脂肪って貧乳の負け惜しみじゃん」
ブチン。
そんな音が聞こえた気がした。見ればエルナの顔が怒りでかつてないほど真っ赤に染まっていた。なんだかまずい雰囲気を感じたのか、子供たちも俺の後ろに隠れ始めた。
エルナは軽く肩を回すとヴィムを指さす。そして。
「勝負よ! そこまで馬鹿にするなら貧乳の恐ろしさを見せてやるわ!!」
「おー、いいねぇ。でもその勝負って俺たちになんか得あるの?」
「何でも好きなの買うわよ! アルが!」
「俺!?」
驚き、思わず自分を指さす。勝手な約束をしたエルナはなぜか当然でしょって顔をしているし、子供たちも歓声をあげている。とんとん拍子で話が進み、子供たちは白い線で作られたコートに入っていく。
「そっちは二人、こっちは十二人。大人だしいいだろ?」
「当然ね。ルールは?」
「このボールを投げ合う。当たった奴はコートの外に出てボール拾いだ」
「子供の遊びって昔から変わらないわね。いいわよ、私は得意だったわ、それ」
「おい、ヴィム。今の内に謝っておけ。この女は手加減ってものを知らないんだぞ……」
「出涸らし皇子は情けねぇな。女なんかにビビるかよ」
そう言ってヴィムは勝手に開始を宣言して、俺に向かってボールを投げてきた。不意を突かれた俺はびっくりしてその場で立ち尽くす。子供らしい不意打ちだ。しかし、ボールは俺の前に出てきた手によって掴まれる。
「はぁ……手加減しろよ?」
「もちろんよ。利き手じゃないほうでやるわ」
「そういうことじゃなくてだな……」
やる気満々なエルナを見て、俺は大きくため息を吐く。あくまで賭けを用いた遊びは子供たちにお菓子を与える口実だ。いくら俺が大人でも、多数の子供相手じゃまぁ勝ち目がない。それでも受けるのは彼らが遊び相手を求めているからというのと、無条件でお菓子を与えたくはないからだ。
しかし、そこにエルナが絡むと面倒なことになる。なにせこの女。大の負けず嫌いだ。どれくらい負けず嫌いかというと、皇帝が戯れに剣の手合わせを求めてもわざと負けたりしない。当然、子供相手にだって負けたりはしない。
「はぁっ!」
気合の声と共にエルナがボールを投げる。それは明後日の方向に飛んでいく。
「ははっ! やっぱり女だな!」
「ヴィム、油断するなー」
やる気のない声で忠告すると、ヴィムが首を傾げる。その間にヴィムの真後ろに立っていた子供が真横からボールを食らって倒れた。
「痛っ!?」
「え……?」
ヴィムが信じられないと言った表情で後ろを振り返る。明後日の方向に飛んで行ったボールは弧を描いて回り込んだのだ。多少曲がるならわかるが、エルナのは度を越している。さすが勇者の家系といえなくもないが、たかがボール投げで見せつけなくてもいいだろって感想が先にくる。
「さて……覚悟はいいかしら?」
「くそっ!」
ヴィムはボールを拾ってエルナに全力で投げる。しかし、エルナは左手一本でそれを完璧に止めた。大人気ない奴だ。
「ヴィム、素直に謝っておけ。適当に褒めておけば機嫌よくなるから」
「黙ってなさい!」
「ごほっ!?」
味方であるはずの俺にエルナはボールを投げる。俺に当たって跳ね返ったボールをキャッチし、エルナは残る十一人に狙いを定めた。その目はまるで獲物を狩る狩人のようだった。
結局、その後、エルナは一度も被弾せずに十一人を多種多様な軌道のボールで仕留めたのだった。ちょっとは手加減してやろうという気持ちすら見えないのが逆にすごい。
「くそっ! この悪魔女! 手加減しろよ!」
「うるさいわね! 手加減されて勝って嬉しいの!?」
「嬉しくないけどそれとなく手加減しろよ! 大人だろ!?」
「大人なら誰でも手加減してくれると思うほうが間違ってるのよ! 手加減しない大人だっているのよ!」
子供相手に本気で完封勝ちを狙うのはお前くらいだと心の中で突っ込みつつ、俺は半泣きで散っていくヴィムたちを見送る。広場で遊ぶ気分じゃなくなったんだろうな。
エルナは勝ち誇ったように腕組みしているが、なにを勝ち誇っているんだろうか。
「なぁエルナ」
「なによ?」
「今のお前、周りからどういう風に見られるかわかるか?」
「どういうことよ?」
「子供たちから広場を乗っ取った悪い女だぞ」
「ち、違うわよ! 別に乗っ取ってないじゃない!」
そう言ってエルナは周りを見る。もはや広場には子供たちはいない。たぶんヴィムを中心に別の場所で遊んでいるはずだ。
「乗っ取ってるだろ?」
「ど、どうして教えてくれなかったのよ!」
「そもそも止めただろうが……ほらいくぞ。子供たちが可哀想だ」
「わ、私が子供をイジメたみたいに言わないで! 正々堂々とした勝負よ!」
「勝負になってないのが問題なんだよなぁ」
そんなことを言いながら俺はエルナと歩き始める。悪いことしたし、また今度俺だけで来るとしよう。まぁ負けたらお菓子をねだらないあたりは外層の子供たちはしっかりしてる。エルナよりもよっぽど大人だ。
「アル? なんか今すごく失礼なこと考えなかった?」
「いや別に?」
「嘘よ! 目が言ってるわ!」
「目は語らんよ」
そうエルナからの追求を躱しつつ、俺たちは別の場所へと移動したのだった。




