SS・謝罪
八年前のとある日。
城に保管されていた皇帝の肖像画に穴が開くという事件が起きた。
厳重に保管されていたそれに近づける者は少ない。しかもその肖像画を皇帝はかなり気に入っていた。
真っ先に疑われたのはいつも問題を起こすアルだった。
その当日、アルが付近をうろうろしているのを見た侍女も大勢いた。
「アルノルト! またお前の仕業か!?」
皇帝ヨハネスの怒声が響く。それに対してアルはしばし考え込んだあと、一つ頷いた。
「うーん……俺かもしれません」
「なんだ、その言い方は……」
「昨日、保管されている部屋で昼寝をしたので、そのときにやったかもしれません」
「この馬鹿者! 昼寝をするなら場所を選べ! あの部屋には貴重品がたくさん保管されておるのだ!」
昼寝自体を否定しないあたり、皇帝も皇帝だった。その後、しばらく説教をうけてアルは解放された。
いつも問題を起こすアルにとって、それは日常茶飯事であり、皇帝もいつも通りの説教を行った。
説教の内容は、すぐに謝れというものだった。所詮は肖像画。また描けばいい。ただ、すぐに言いに来なかったことを皇帝は怒ったのだ。
とはいえ、アルの言い分は気づかなかったというものなので、説教も長引かない。今日は大人しく勉強をしろと言われ、アルはため息を吐きながら自分の部屋へと戻る。
しかし、その部屋の中から泣き声が聞こえてきた。幼い少女の泣き声だ。
「まったく……」
呆れながら扉を開けると部屋の中にはレオと泣いているクリスタがいた。
「泣いても駄目だよ。ちゃんと謝りにいくんだ」
「お父さまぁ、こわいぃ……!」
レオがクリスタを注意するという珍しい光景に、アルは苦笑する。
そして泣いているクリスタに近づく。
「父上は怖くないぞ。クリスタ」
「アルにぃさまー!!」
「兄さん! クリスタを甘やかさないで!」
「そう言われてもなぁ。かくれんぼしてたのは俺たちだし」
事件の犯人はアルではなく、クリスタだった。アルとレオ、そしてクリスタでかくれんぼをしている最中、誤ってクリスタが肖像画のある部屋に入ってしまったのだ。
貴重品が多いとはいえ、保管庫に置くほどのものではないモノばかり。たまに見周りが来る程度だ。皇女ならば入るのはたやすい。
そこでクリスタは肖像画にぶつかり、穴をあけてしまったのだ。
アルが目撃されたのは、そんなクリスタを探していたからだった。
「だいたい、もう俺がやったって言ってきたし」
「嘘ついたの!?」
「そう、嘘ついた」
だから訂正したら余計怒られる。
そうアルが言うと、レオは顔をしかめた。
話の内容がよく理解できていなかったクリスタは、目に涙をためながら小首をかしげる。
「どーいうこと……?」
「クリスタは怒られないってことだよ」
「駄目だよ! ちゃんと悪いことしたら謝らないと!」
「今更遅いだろ。だいたい、クリスタが肖像画に穴をあけましたって正直に言ったらかくれんぼ禁止とか言われるぞ? 俺たちはいいけど、エルナは文句を言うだろうさ」
クリスタに対して過保護な皇帝なら、危ないことをさせるな、怪我をしたらどうすると言うに決まっている。そう読んで、アルは自分がやったということにしたのだった。
単純に説明するのが面倒だったという理由もあったが。
「でも……」
「父上だって今から訂正したら気まずいだろうさ。ということで、この件は終わり」
そう言ってアルはクリスタを抱き上げ、椅子に座る。
膝にはいまだに半泣きのクリスタが座る形になる。
「とはいえ、クリスタの代わりに俺が怒られたわけだ。それはわかるな? クリスタ」
「うん……」
「じゃあ何が必要だ?」
「ごめんなしゃい……」
「よろしい。許そう」
「もう……クリスタには甘いんだから……」
ぶつぶつとレオが文句を言うが、アルはそれをすべて聞き流す。
性格ゆえに曲がったことが嫌いなレオを納得させるには、文句を言わせるしかないからだ。
そしてしばらくして、レオの気が収まった頃。
アルは苦笑しながらレオに言うのだった。
「レオ、お前って頭が固いな」
「兄さんが柔らかすぎるからちょうどいいんだよ」
そんな会話をしながら、三人はまたかくれんぼを始めたのだった。