SS・RT企画3・第六妃誕生
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かつての帝都。
皇国や王国と頻繁に小競り合いをしていた頃、皇帝は戦に出ることが多かった。
ゆえに帝都の事情には疎かった。
そのため。
「陛下……一時間だけという約束のはずですが?」
「そう言うな、フランツ。久しぶりの帝都だ。楽しませてくれ」
どこにでもいる商人の恰好をして、若き日の皇帝ヨハネスは帝都を見て回っていた。
付き従うのは宰相であるフランツ。
周りには近衛騎士隊が護衛として控えていた。
もちろん服装は偽装して。
「皇国との戦争に自ら出陣するからです。将軍に任せておけば帝都に居られました」
「あの皇国の狸ジジイに一杯食わせたかったのだ。ワシが騎士たちを率いて出陣したと聞いて、皇国はさぞや慌てていたことだろう!」
高笑いをしてヨハネスは買った安い酒を飲む。
宰相のフランツとしては咎めるべきだが、貴族たちにも活躍の場を与えつつ、しっかりと皇国軍も打ち破ってきたばかりだ。
結果を示した皇帝のささやかな楽しみ。それがこのお忍びだった。
ため息を吐きつつ、フランツははしゃぐヨハネスについていく。
「はめを外すのは今日だけにしてください。幼い皇子たちがいることをお忘れなく」
「わかっている。城に戻ればしっかりやるから安心しろ」
「ですから、城に戻る時間だと言っています」
「予定変更! 今日は遊び尽くすぞ!」
「はぁ……」
酒を飲み陽気になったヨハネスは帝都を歩き回る。
まるで皇子時代かのような振る舞いだ。
周りを欺くために、毎日遊んでばかりいたあの頃。
欺くという理由はあれど、それはそれで楽しんでいたのだろうとフランツは思い返す。
玉座の重圧はそこに座る者にしかわからない。
あまりグチグチ言うのはやめたほうがいいだろうか。
フランツがそう反省していると。
「おい! フランツ! 渡り鳥の楽団が来ているらしいぞ!」
「やれやれ……」
目を輝かせるヨハネスを見て、フランツはため息を吐く。
渡り鳥の楽団は東の小国、ミヅホから旅をしている楽団だった。
大陸全土を飛び回り、どこの国でも好きなように演奏する自由な楽団。
しかし、決して王族、貴族の誘いには乗らない楽団でもあった。
招待して断わられた王族、貴族は数知れず、ヨハネスもその一人だった。
「今の踊り子は黒髪の美女だとか! 楽しみだな!」
「お待ちください……」
急げとばかりに走るヨハネスに、フランツは疲れた様子で声をかける。
しかし、ヨハネスは止まらない。
傍には変わらず近衛騎士隊が張り付いているが、フランツは追いつけそうになかった。
「まったく……」
呟きながらゆっくりとフランツは後を追う。
渡り鳥の楽団はメンバーの入れ替えが激しい楽団だった。
現地でメンバーが増え、そして減っていく。
あちこちを旅するため、気に入った場所で楽団を離れる者が多いのだ。
楽団はそれを止めない。
楽団のメンバーが居場所を見つけるというのも、楽団が旅をする理由の一つだったからだ。
まさに自由。
玉座から離れられない皇帝とは真逆といえた。
ゆえに憧れているのだろうと、フランツは分析しながら人だかりの外で立ち止まっているヨハネスの傍まで辿りついた。
「すごい人ですね」
「ああ、これでは踊り子が見えん……」
人だかりは幾層にもわたっており、まるで戦場だった。
ここを突破するのは覚悟が必要だろう。
ましてや皇帝。
危険すぎるため、ヨハネスは人だかりの前で止まっていた。
見れないなら帰りましょう。
そうフランツが言おうとした時、ヨハネスは近くの民家の屋根によじ登っていた。
「フランツ! ここなら見えるぞ!」
「はぁ……」
軽率な行動に呆れつつ、フランツはヨハネスに付き従って屋根の上にのぼる。
当然、民家の持ち主にはお礼としてお金を渡した。
皇帝が訴えられては笑えないからだ。
「おお~……見事!」
「確かに」
ヨハネスは感嘆の声を上げ、フランツも同意した。
楽器を弾く楽団の前で、黒い髪の美女が踊りを披露していた。
その踊りは人の目を奪うものだった。
美しい景色が感動を与えるように。
その踊りは胸の中にある何かを刺激し、見た者に感動を与えた。
「いくらでも見ていられるな!」
「さすがにもう時間です」
「そうか……残念だ」
「渡り鳥の楽団はしばらく帝都に留まるそうですから、また見に来ればよいでしょう」
「そうか! それならばそうしよう!」
随分と物分かりのいいものだ。
フランツは怪訝に思いつつも、ヨハネスと共に城に戻ったのだった。
■■■
それから一週間後。
「陛下はどちらだ?」
「はっ! いつものところです」
玉座の間を守る近衛騎士に訊ねると、そう返ってきた。
手に持った書類を思わず、床に投げつけそうになりながら、フランツは確認する。
「またお忍びで出たということか?」
「はい。その通りです」
「……」
なぜ止めないと言いたかったが、それでは八つ当たりだ。
皇帝を止められる人間はそういない。
近衛騎士を責めるべきではないだろう。
冷静さを取り戻したフランツは、深く息を吐いた。
そして。
「連れ戻す。ついてきてくれ」
「はっ!」
止められる人間として、やるべきことをやろうとフランツは城を出たのだった。
■■■
フランツがたどり着いたのは帝都の中心部。
渡り鳥の楽団が演奏している場所だった。
そこから少し離れた民家の上。
そこにヨハネスはいた。
一曲が終わり、踊っていた黒髪の美女が一礼する。
それを見て、ヨハネスは周りの観客と同じように拍手を送った。
「いいぞ! 今日も綺麗だ!」
「はぁ……」
フランツはため息を吐きながら、民家の上に上る。
するとヨハネスは露骨に眉をひそめた。
「なんだ? もう来たのか?」
「仕事ですので。城にお戻りを」
「今日が最後なのだ……もう少しいいだろ?」
「駄目です。それに恥ずかしくありませんか? 皇帝がこんな民家の上で、チラチラと踊り子を見て。もっと皇帝らしくしてください」
「そうか……確かに。お前の言う通りだ」
「おわかりいただけましたか?」
フランツの言葉にヨハネスは何度も頷く。
そしてサッと民家の上から飛び降りた。
後に続こうとフランツがしたとき、ヨハネスはとんでもない行動に出た。
楽団を囲う人だかりの中に飛び込んだのだ。
慌てたのは近衛騎士たちだ。
なんとかヨハネスを追うが、人込みの中では上手く動けない。
仕方なく、近衛騎士たちは声を出した。
「お待ちください! 皇帝陛下!」
人ごみの中、響いた声に人々はざわつく。
何の悪戯だと大半が笑う。
それを見て近衛騎士たちは仕方なく剣を抜いた。
そして、空を飛んでヨハネスの前に先回りしたのだ。
「控えよ!」
剣で民たちを退かし、ヨハネスの安全を確保する。
そこに至って、その場にいた民たちが一斉に膝をつく。
この状況でも悠然と歩く、どこにでもいそうな商人の男。
それが皇帝なのだと理解したのだ。
「陛下! 早く城へお戻りください!」
「やかましい。邪魔をするでない」
制止しようとする近衛騎士を一睨みで黙らせ、ヨハネスはゆっくりと黒髪の踊り子の下へ向かった。
「名を……聞いてもよいか?」
「ミツバと申します。皇帝陛下」
こういうことには慣れているのだろう。
黒髪の踊り子、ミツバは優雅に一礼して笑ってみせた。
その笑顔をみて、ヨハネスは固まる。
用意していた台詞が出てこなかったのだ。
そんなヨハネスに対して、ミツバはクスリと笑う。
「一週間、ずっと屋根の上から見ていらっしゃいましたね? 何か私に御用でしょうか?」
「し、知っていたのか……?」
「まさか皇帝陛下とは思いませんでしたが、周りには大勢護衛の方がいましたので、どこかの大貴族の方かと思っていました」
「そ、そうか……その、なんだ……楽団はもう帝都を発つと聞いてな」
「はい。今日の夜に皇国へ向かいます」
「それでだな……」
フランツはミツバの前で覇気のない姿を見せるヨハネスに、空いた口が塞がらなかった。
あそこまで情けない姿は、戦場でも晒したことはないだろう。
一体、何を言うつもりなのか。
フランツにはヨハネスが理解できなかった。
そして。
ヨハネスは何かを吹っ切るように、空を見上げた。
そのままミツバの視線を避けるように告げた。
「わ、ワシの妻になる気はないか!? お前もお前の踊りもワシのものにしたい!」
公開プロポーズ。
しかも皇帝が民の前で、自国の国民ですらない旅の踊り子に。
それだけでも信じられないのに。
「なんて最低なプロポーズだ……」
帝位争い中ですら、ヨハネスに失望したことはなかったフランツが、初めてヨハネスに失望を覚えた。
やるならもっと上手くやれ。
思わず、そう心の中で突っ込んでしまった。
断わられるに決まっている。
態度からして、こういうことは初めてではない。
権威を恐れる女性ではないのだろうと予想できた。
だからフランツはショックを受けるだろうヨハネスを回収するため、ヨハネスの傍に近寄る。
だが。
「子供の教育に口を挟ませませんが構いませんか?」
フランツは耳を疑った。
今、この踊り子は何と言った?
皇帝の公開求婚というあり得ない状況の中で、さらに常軌を逸した回答をした。
思わずフランツは倒れそうになる。
皇帝が惚れた女だけあって、只者ではないとわかってしまったからだ。
「そ、それは皇子や皇女の教育には口を出せないということか……?」
「はい。私がやりたいように育てます。それでも私と結婚する覚悟がありますか?」
「よ、よかろう! この状況でそんな返答ができるお前ならば、子供たちを見事に育てるはずだ! やはりワシの目は間違っていなかった! フランツ! どうだ!? 皇帝らしいか!?」
「私はそういう意味で言ったわけではありません……」
フランツは両肩を落とす。
そんなフランツの前でミツバは一礼した。
「では、皇帝陛下のご求婚、喜んでお受けいたします」
こうして皇帝の第六妃が誕生したのだった。