転機
電話は実家からのもので、祖母が癌で長くないらしいとのことだった。
「三輪さん、今日もスキヤキか?」
「うん。お好み焼きね」
例によってキャベツだけが入ったお好み焼きを、フライパンで焼く。皇さんは、ガサゴソと紙袋を出した。
「これ、モンゴルのチーズ。三輪さんにあげるよ」
「おお、ありがとう」
紙袋を受けとる。
「けっこう硬いんだね」
「そう。それに甘いよ」
「そりゃ、有り難い」
カネの無い独り暮らしで甘いものは贅沢品だ。小麦粉、野菜、調味料、本、米あたりの優先度が高いため滅多に買わない。本?精神が死なないために必要です。
「ところで三輪さん、実は引っ越すことにしたんだ。安いところがあってね」
「そうなんだ」
「三輪さんもどう?」
この下宿屋も、一月二万はいかないからまあまあ安いが……。
「あー、ばあ様が病気でね。6月ぐらいにこの街を出て地元に戻ろうと思っているよ。何度も引っ越すのは大変だから、せっかくだけどやめておくよ」
「そうか。寂しいね」
フライパンのままお好み焼きを部屋に運び、食器を出すのが面倒だったのでそのままソースとマヨネーズをかけた。モシャモシャと食べていると、電話がまた鳴った。
一日に複数回電話があるなんて珍しい、そう思いながら受話器を手に取った。
「あ、もしもし。三輪くん?」
「お、晴子さん」
「卒業式の日は仕事が入っちゃって行けなかったよ」
「ああ、そうだったんだね」
「三輪くんは、何かあった?」
「うん。6月ぐらいに地元に戻ろうかと思ってる」
少し、間があいた。
「……じゃあ、その前に飲みに行こうよ」
また、会話に間があいた。
「……うん。いいね。じゃあ5月の終わり頃でどうだろうか」
「わかった。5月末の土曜日はどうかな?」
「了解。また」
「またね」