始まり
20年ぐらい前が舞台ですかね。
夢も希望もなくして、日々引きこもっていた。楽しみは向かいの部屋に住む後輩から本を借りて読むこと。そのぐらいだった。
「三輪ちゃーん!おるかー?」
ドアを叩く音が、頭に響く。昨日なけなしのカネで買った酒のせいか、四畳半の部屋のドアが近すぎるせいか、強い不快感とともに目が覚めた。
……ギイ。
「おお、三輪ちゃん。話があるんやけど」
「はぁ。なんすか?」
ドアの前にいたのは、つげ先輩だった。毒舌二枚目という、マンガなら人気が出そうなキャラクターだ。男の後輩である自分をちゃん付けで呼ぶのはいかがかとは思うが、悪気がないから言いにくい。
「なあ、バイトせぇへんか?」
「あんまり人に会いたくないんですが」
「あー、大丈夫。ラブホテルの皿洗いだから」
「……なんでまた」
「知り合いが探しとってな。朝だけやし、いいやろ?」
そんなわけで、面接を受けに連れて行かれた。他にもう一人、やはりつげ先輩の友達のカッコいい男子学生も一緒だった。
「三輪ちゃん、もうちょっとマシな格好せえや」
「蹴りやすい格好してるだけですよ」
「格闘技やってる奴はよくそう言うけどな。その辺で戦わんやろ!」
「いやいや、下宿の前で絡まれましたし。まあ、道場通う前ですけど」
雑談をしながら、黒いゴムで出来たノレン状のものをくぐる。
「三輪ちゃん、ラブホテル来たことないやろ」
「……ありますよ」
まあ、壁紙を貼りにだが。前職でのこと、オープン前のラブホテルに壁紙を貼りに行った。カーブが多くて洒落た造りの室内は、やたらと貼り難かった。
……客として来たこと?無いよ。ちくせう。
軽い面接を受け、もう一人の学生と交代で週に3日程働くことになった。
時給は680円。研修1ヶ月が過ぎたら上げると言われたが、期待はしない。前職は一日16時間働いても日給3500円だった。きちんと出るならかなりマシである。
次回からは従業員用の入り口を使うこと、タイムカードの押し方などを聞き、その日は帰ることになった。
とても不安である。
皿洗いシーンは今後もあまり無いですが、一話ぐらい皿洗い描写だけの回を作ってみたい気もします。