李夫人
受付けのカウンターの内側には格子縞のスカートスーツを粋に着こなした40前後の美人がいて、中華風にアレンジされた高級感漂う店内のデコレーションとも絡め、着の身着のまま姿の青年はいかにも場違いだ。それがよくわかっている青年は顔が上気してなかなか言葉が出て来ない。「どうぞ、お席の方へ」の声に「はい、あ、あの…その、ち、違うんです。僕はその…」「…?」「あの、お、表の貼り紙を見て、それで…」やっと合点が行った風の女性は「ああ、応募の方ね。ボーイさんね?」と訊いてくる。諾なりを述べて青年は固まった。ここで何とか住み込みの話を通さなければ今夜もまた公園で寒さに震えながら過ごさねばならない。昨晩一回で身に染みていた。しかし女性はおかまいなく「それでしたらね、今日の夕方にまた来てください。ボーイの面接は男性のマネージャーがするから」と至ってつれない。夕方まで待つ?…青年の頭の中はパニクった。いったいどこで…?それにもしその時に雇い入れが決まらなければ時間的に云って今夜の野宿は必定だ。あれやこれやとつまらぬことを云いながら青年は粘った。「ああ、そ、そうですか…し、しかし、僕はその、住まいが川崎で離れていて…出直すのも大変ですし…」タイトスカートの美人は閉口し始めたようだ。何を分けのわからないことを、時間をつぶせばいいだろうにとか思い、何か変ねえと勘繰り出しもしたようだ。万事休す…全身で落胆を表して青年が踵を返そうとした時、「あ、待って、待って。来てる、来てる。奥さんが来てる」とカウンターの奥から甲高い今一人の女性の声がかかった。見ると至って小柄な、殆ど少女のような感じの事務員がもう一人奥にいて美人の同僚に注進に及んだのだった。「え?奥さん来てたの?ああ、そう。でもボーイの面接だったら高さんの方がいいでしょうに」と云うのに「ううん、平気よ。奥さんは何でも仕切るから。私が呼んで来てあげる」と云いざまカウンターから出て来て青年にニッと微笑んでみせるとカウンター脇の階段を一気に駆け上って行った。こちら美人の方は気が乗らぬげに青年に渋々と席を勧める。借りて来た猫のように消え入りそうな様子で青年が席で待っていると、いくばくもなく小柄な事務員に先導された奥さんが二階から降りて来た。李夫人、緑色のチャイナドレスを身に纏った四十代半ば頃と思われる、目を見張るような麗人だ。境遇も忘れて青年の目は華に吸い寄せられた…。




