二人の高校生の日常が変化していく始まりの話
「おはよう、祐也!」
「ああ、おはよう。葵」
高校へ行く途中の見慣れた公園、そこで俺たちは待ち合わせをしていた。
いつものことだ。登校するときは毎朝こうやってここで待ち合わせをする。小学校の頃から変わらない。
今は夏。ちょうど衣替えの時期だ。俺も葵も夏服を着ている。
葵は少し走ったからか、かすかに汗をかいていた。頬もほんのりと赤い。呼吸を荒くしながら汗を拭う姿は俺の瞳に扇情的に映った。思わず視線をそらす。
「今日は暑いね」
「走れば余計にな。まだ時間は大丈夫だったろ」
待ち合わせの時間までまだある。だから急ぐ必要なんてなかったはずだ。
そんな俺の言葉に葵は少し恥ずかしそうに笑い――
「祐也に早く会いたかったから」
――そう言った。
あまりにも真っ直ぐな言葉に一瞬思考が停止する。
昔からそうだ。葵はこっちが赤面しそうな言葉を平気で言う。……いや恥ずかしそうにしているから平気ではないか。
ともかく、俺はこうして不意をつかれることが多くあった。だというのに未だ慣れない。
「そうか」
顔をそらした俺を見た葵は何が面白いのか、にへーと笑って俺の手首を掴んだ。
俺とは違う柔らかい手の感触。それを堪能する間もなく葵を俺を引っ張って前へと進んでいった。
◆
いつも以上に上機嫌な葵と一緒に教室へと入る。
「おはよう、みんな」
葵の挨拶に大多数のクラスメイトが返事を返す。葵は性別関係なくみんなと仲がいい。
俺が席に座ると隣の席の山田が話しかけてきた。
「早乙女が上機嫌だな。なにかあったのか?」
早乙女は葵の名字だ。
「なぜ俺に聞く」
「恋人のことなら知ってるかと思って」
「おまえなぁ。葵には言うなよ、それ」
「安心しろ、俺は言わん。俺はな」
「何が言いたい」
「女子なら気にせず言うだろうなって」
容易に想像ができてしまう。
「何の話?」
自分の席にかばんを置いてきた葵がやってくる。
「なんで早乙女が上機嫌なのかって話だ」
目を数回瞬かせたあと、葵はにやっと笑う。
「朝、久しぶりに祐也の照れる姿が見れたからだよ」
「なるほど、把握」
「二人揃ってニヤニヤするのをやめろ。俺の照れる姿を見て上機嫌になる理由がわからん」
「だって祐也の照れる姿がかわいいもん」
まったくもって理解できん。
「いつものクールなときと、照れてるときのギャップがすごいよな」
「分かってるじゃん、山田くん」
「お前の次には夕凪と付き合い長いからな」
「中学の頃からだもんね」
「そうそう、いやぁ懐かしいな」
俺をよそに俺の話で盛り上がる二人。付き合いきれんとばかりに俺はチャイムが鳴るのを待った。結局チャイムが鳴るまで二人は話し続けた。
◆
午前の授業が終わり、ようやく昼休みの時間となる。すぐに俺たち三人は席をくっつけて昼食を開始する。
山田はコンビニで買っただろう菓子パンとコーヒー。
そして俺と葵は。
「はい、祐也の分」
そう言って葵は弁当箱を渡してきた。
「ブラックのコーヒーで良かった。危うく糖分過多になるところだったぜ」
「やかましいぞ山田」
「毎日、手作りの弁当とか羨ましすぎだろ」
吐き捨てるように呟く山田。
「山田くんの分も作ってこようか?」
「まじで!? ……いややっぱいいや」
上がったと思ったらいきなり下がるテンション。情緒不安定だな。
「どうして?」
「どこかの誰かさんに嫉妬されそうだから」
「なるほど」
納得するな。
俺は二人のやり取りを無視して弁当箱の蓋を開ける。
色とりどりの食欲をそそるおかずに、唾液が出てくる。
「いただきます」
作ってくれた葵に感謝を込めて。
卵焼きを一口。
「うまい」
俺は卵焼きはほんのり甘いのが好きだ。そしてこの卵焼きはほんのりと甘い。つまり俺の好みドンピシャだ。それは偶然ではない。葵が意図的に俺の好みに合わせてくれてるのだ。
もう一口。やはりうまい。
「なんだ?」
ふと視線を感じて顔を上げると、嬉しそうに微笑む葵がいた。
「頑張って作ったかいがあったなって思ってさ」
なんとも言えず俺は食事を再開する。
うん、うまい。
「……菓子パンは失敗だったな」
◆
放課後、俺と葵は公園にいた。ちなみに山田はいない。あいつは帰宅部ではないからな。そもそも帰り道が違う。
「うー」
帰り道で買ったアイスを食べて葵は唸った。俺は眉間を抑えなんとか耐える。
「冷たい。でも美味しい」
俺たちはベンチに座って遊具を眺めながらアイスを頬張る。時間が時間だからか公園には子供がいない。
「懐かしいね」
葵がふと呟いた。
「昔はここでよく遊んだよね」
「泥だらけになったりしてな」
「うん、そのあとお母さんたちに怒られた」
「でも楽しかった」
「最高にね」
ほんの少し冷たい風が吹き、俺たちの体温を下げる。
「今が過去を懐かしむように、未来も今を懐かしむようになるのかな」
「俺たちも大人になるからな」
「そうだね。そうだよね」
「将来が不安か?」
葵は首を振る。
「ううん。ただ、寂しいなって。楽しい今が過去になっちゃうのが」
今が永遠に続けばいいのに。
葵はそう呟いた。俺はそれにどう返していいか分からなかった。
「さ、そろそろ帰ろ。アイスも溶けちゃったよ」
溶けたカップアイスを飲み干し、俺達は公園をあとにした。
◆
翌日の朝、俺は公園ではなく葵の家の前に来ていた。
さっきメールがきたからだ。文は短く。
家に来てほしい。
それだけだった。
チャイムを押すと葵のお母さんが扉を開けた。
「おはようございます」
「おはよう、祐也くん。さ、上がって」
おばさんは俺を急かすように家へと入れた。
「俺、葵に呼ばれてきたんですけど」
「知ってるわ。葵は部屋で待ってるから行ってあげて」
何度も来た家だ。葵の部屋の場所は分かっている。
「葵のこと、よろしくね」
よくわからないので適当に返事を返しておく。
葵の部屋の前についた俺はドアをノックした。
「葵、俺だ。来たぞ」
するとドアが開き俺は中に引きずり込まれた。転びそうになる体をなんとか支える。
「あぶねっ。どうしたんだよ葵」
目の前にはパジャマ姿の葵がいた。そしていきなり脱ぎ始めた。
思わず顔をそらす。
「あー、着替えるなら外に出てるぞ」
「見て」
「何を?」
「僕を」
「人の着替えをジロジロ見るのはマナーいはん――」
「ふざけないでちゃんと見て!」
いつもは聞かない葵の怒鳴り声に、俺は渋々言うことを聞く。
葵はパジャマの上を脱ぎ肌着も脱いでいて。つまり上半身裸だった。恥ずかしそうに腕を後ろに回して真っ赤な顔をそらしている。
見慣れた華奢な体。でも一つだけ覚えのないものがあった。
「は?」
思わずそんな言葉が溢れる。
理解不能。
葵の胸部。そこは少しだが確かに膨らんでいてまるで……。
いや、ありえない。だって葵は、女としか思えない顔をしていても
「祐也」
女のように華奢な体をしていても
「どうしよう……」
女みたいな名前をしていても
「女の子になっちゃった」
男のはずなんだから。
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