星読師ハシリウス[王都編]14 旅立ちの歌を口ずさめ(前)
いよいよ最終話です。
とともに、『冥界の大賢人』であるナディアとの最終決戦でもあります。
『星読師ハシリウス・王都編』のラストストーリー、いま幕開けです。
起章 ギムナジウム卒業
アクエリアス824年木の月10日、ヘルヴェティア王国の王立ギムナジウムでは卒業式が行われていた。
「よっ、ハシリウス、お互い無事に卒業できてよかったな?」
3年間寮で同室だった悪友アマデウス・シューバートが、同級生や下級生の女子に囲まれたハシリウスのもとにやって来て言う。
「ああ、アマデウス。お前とは中等部以来の腐れ縁で、本当にお世話になったね?」
ハシリウスが言うと、アマデウスは、周りの女の子たちに笑いながら
「ごめんな、俺もちょっとハシリウスと積もる話があるんだ。ハシリウスはその後みんなのところに戻すから、ちょっとハシリウスを貸してくれないかな?」
そう言うと、ハシリウスの制服を引っ張って、図書館まで連れて行く。
「お、おい、アマデウス、あんまり引っ張るな」
ハシリウスが言うが、アマデウスは少しも頓着せず、図書館につくと
「よし、これでお前と誰にも邪魔されずに話せる」
と言い、ハシリウスにその人懐っこい顔を向けた。
「……どうした、積もる話があったんじゃないのか?」
ハシリウスは、自分を見つめたまま黙ってしまったアマデウスに、そう言って笑いかける。アマデウスは初めて見せると言っても過言ではない真剣な顔で、ハシリウスに
「俺さ、親父の弟子になるって話したよな?」
「あ、ああ。ゆくゆくはアマデウスも親父さんの跡を継いで宮廷楽師になるんだろう? お前ならきっといい曲が作れると思うよ。がんばれよ」
アマデウスの父は宮廷楽師で、宮廷楽団の筆頭指揮者でもある。アマデウスはその血を濃く継いで、見た目や素行にもかかわらず音楽の才能は大したもので、また憎めない性格から生徒たちの人気は高かった。
アマデウスはハシリウスの激励を照れ臭そうに聞いていたが、急に真剣な顔に戻って
「その親父がさ、俺に結婚しろと言ってきやがった」
そう言う。まあ、ギムナジウムを出たらだいたい18歳にはなっているので、結婚したっておかしくはない歳にはなっている。もっとも、たいていの人は22歳から28歳くらい……この後のアカデミーやギルドの修習期間修了後に結婚するが。
「そ、そうか……親父さんもえらく急ぐもんだな?」
ハシリウスが言うと、アマデウスも憤慨して
「ああ、俺は早過ぎるって反対したんだが、早くシューバート家の後継ぎも欲しいし、結婚したら俺も落ち着くだろうって聞かないんだ」
という。ハシリウスは同情した顔で
「まあ、お前のギムナジウムでの素行を聞いたら、親父さんも心配されるのは分かるけれど。でも、マチルダさんはどうするんだ?」
と訊く。マチルダ・ヴァレンタインは一級下の少女で、ギムナジウムの理事の娘さんだ。アマデウスはその子に首ったけだった。
「そこなんだよ! 俺はどうすればいいと思う? 親父にそんなこと話して勘当されでもしたら、今さら俺を受け入れてくれるギルドなんてあるわけないし」
そう訊いてくるアマデウスに、ハシリウスはしばらく考えたうえで言った。
「お前がマチルダさんを真剣に好きなら、親父さんに話してみるのもいいと思う。マチルダさんは可愛らしくて、しっかりしていて、非の打ちどころのない女の子だから、その良さと二人の将来をしっかり親父さんに話してみると、きっと解ってもらえるんじゃないかな?」
「うん……そうだな。単に反対するだけじゃ、埒が明かないしな」
そう言うアマデウスに、ハシリウスは訊いた。
「その話、マチルダさんにはしたのか?」
「え? いや、彼女にショックを与えたくなくて、まだ話していない」
「そうか。でも、お前たちの将来に関することだから、お前の気持ちも含めて、マチルダさんに話をしておくべきだと思う。そうすれば、お前もマチルダさんの親父さんに気に入られて、ひょっとしたら婚約まで行くかもしれないしな」
ハシリウスがそう話すと、アマデウスは恥ずかしそうにニコリと笑って言った。
「ありがとうハシリウス。最後の最後でお前に手間かけたけれど、やっぱりお前は俺にとって生涯最高の親友だ。卒業してもよろしく頼むぜ。お前たちが『大いなる災い』を退けた暁にゃ、またみんなで集まって話でもしようぜ」
ハシリウスとアマデウスは、がっちりと握手した。
「なんだよハシリウス、捜したんだよ? どこに行っていたのさ?」
ハシリウスたちが図書館から出ると、ジョゼがそう言って駆け寄って来た。
「悪い、ちょっとアマデウスと積もる話をしていた」
「へへっ、ジョゼフィンちゃんすまないな。君のハシリウスをちょっとお借りしてさ。もう用事は済んだから、後はお二人さんでお楽しみください」
そう言って歩き去るアマデウスの後姿を見送りながら、ジョゼがつぶやく。
「なんか変なの?」
ハシリウスは微笑して言う。
「それぞれの道に歩き始めたんだよ、アマデウスもね? 俺たちも行くか、俺たちの道をさ?」
「……ハシリウス、そんなセリフ言ってて恥ずかしくない? ボクは聞いてて恥ずかしくなった」
ハシリウスを見上げながら、ジョゼが顔を赤くしてボソッとつぶやく。
「あっ、いたいた! ハシリウスく~ん!」
そこに、ソフィアとティアラ、アンナが駆け寄ってくる。
「どうしたんだ、みんな? そんなに慌てて」
近くまで来て立ち止まった三人に、ハシリウスが問いかける。
「今日の謝恩会の件だけれど、ハシリウスはどうするのですか?」
「ああ、もちろん出席するさ」
ソフィアの問いに、ハシリウスは短く答える。
王立ギムナジウムの謝恩会は、ただ校長を始め諸教師に3年間の恩を謝することだけを目的としていない。そこにはその年の卒業生が所属することになるアカデミーやギルドから、教授や親方も参加する。いわば、その後の生活の第一歩となる場だった。
「そこで、卒業生代表としてハシリウスくんが挨拶してほしいって、校長先生がおっしゃっていたの」
アンナがそう言うと、ハシリウスはびっくりして言った。
「えっ! 首席卒業者のアンナが挨拶するんじゃないのか?」
するとアンナは、笑って言う。
「ええ、卒業式では私が挨拶したけれど、謝恩会では所属先の格式が最も高い生徒が挨拶するらしいの。私の『治癒魔法研究室』よりもハシリウスくんが所属する『光と闇魔法研究室』のほうが、教授の序列からも格式が高いのよ。ソフィア王女様は卒業生と言っても謝恩会では主催者側の立場になるから、あなたしかいないってこと」
「がんばれ、ハシリウス様」
ティアラがガッツポーズで言う。ハシリウスはため息をついて、
「はあ、もっと早く言ってくれればよかったのに……」
そうつぶやく。そこに、ソフィアが驚くべきことを告げた。
「私たちが伝えなきゃいけないことは、それだけではありません。賢者キケロ様があなたと会いたいと、ここにおいでです。校長室へすぐ行ってください」
賢者キケロは存命賢者では序列2位、セントリウスに次ぐ重鎮だ。ハシリウスはさらに驚いて
「えっ! キケロ様が? 分かった、すぐ行く」
そう言って走り出した。
「校長先生、ハシリウス・ペンドラゴンが参りました」
校長室の分厚い扉をノックしてハシリウスがそう言うと、
「おお、ハシリウスくん。入りたまえ」
と、ポッター校長の優しい声がした。ハシリウスはドアを開け、さっと中を見回す。向こう側のソファに、静かな瞳を湛えた人物が座っている。賢者キケロだ。
「ハシリウスくん、君は私の隣に座りたまえ」
ポッター校長がそう勧めてくる。ハシリウスはゆっくりとポッター校長の隣に座った。賢者キケロの眼はそんなハシリウスの一挙手一投足に注がれている。
「ハシリウス・ペンドラゴンです。初めまして」
ハシリウスが挨拶をすると、賢者キケロはふいに相好を崩して言う。
「うむ、さすがにセントリウス猊下のお孫さんだな。魔力の色も、輝きも、質も段違いだ。そなたが『大君主』であれば私も安心できる」
「痛み入ります」
そう言うハシリウスに、キケロは優しい声で
「卿の噂は以前から耳にしていたし、その活躍も知っている。辺境で『大いなる災い』が近いことを感知した私は、急いで『アトラスの柱』から帰って来たのだが、途中で卿の活躍を耳にし、旅程を少し伸ばすことにした。そう、ちょうど『ジョゼ平原の戦い』があったころだ」
『ジョゼ平原の戦い』は、ハシリウスの初陣となった戦いだ。この戦いでハシリウスはロード・ベレロフォンたちと共に『闇の使徒』の夜叉大将マルスルの軍を撃破し、生まれ故郷の『ウーリの谷』を守り抜いていた。
「ハシリウス卿、私はその後の『火竜サランドラの封印』『花の谷』を救った話、『女神の山』とその麓の町での話、そして猫耳族の話、すべてを見せてもらった。そこで一つ忠告がある」
賢者キケロが、鋭い瞳に戻って言う。ハシリウスはうなずいた。
「それは『冥界の使者』は卿が旅立つ前に始末せねばならない、と言うことだ。今なら『冥界の使者』は『闇の使徒』と手を結んでおらぬ。けれど卿が王都を出れば、その二つの勢力は卿を共通の敵として手を結ぶことになるだろう」
「そうでしょうね」
「なぜ、『冥界の使者』は急に行動を起こしたのか、私はナディアの存在によるところが大きいと見ている。彼女を手に入れなければ、女神デーメーテールも冥界の女王に満足したことだろう。しかし、『大君主』に匹敵するナディアを手に入れたことで、ご自分もクロイツェンのように三界制覇が可能だと錯覚されてしまったのだろう」
「僕も、そう思います。そしてそのことはナディアにも伝えました」
ハシリウスが言うと、賢者キケロは頬を緩めて言う。
「私の『時空結晶』がアレス卿救出時には役に立ったようだね? あの結晶は数人にしか配っていないが、誰から手に入れた?」
「え? ギムナジウム学校医のジェンナー先生からですが」
ハシリウスが答えると、キケロは笑って言った。
「ジェンナーの坊やか。彼はソロンの弟子だが、師弟関係にあまり拘らぬ面白い男だった。『系列は正しいことを邪魔してはいけない』と言っておったな。その言葉が気に入ったので、あの男には『時空結晶』とその魔法系統図も渡した。ふむ、それが卿の手元に……ジェンナーの坊やも、使いどころを心得ていたな」
そしてキケロは、ポケットからひときわ輝く水晶のような結晶を取り出して、ハシリウスに渡しながら言った。
「大君主ハシリウス卿、今持っている『時空結晶』はジェンナーのもとに返した。代わりにこの『時空結晶』を持っていくがいい。これなら卿の手元に置いたまま、対象者を転移させることもできる」
ハシリウスは自分のポケットを探り、確かに持っていたはずの『時空結晶』が消えているのにびっくりした。そして、手を伸ばして新しい『時空結晶』をありがたくいただいた。それを見てキケロは微笑んで立ち上がると言った。
「さて、私の用事は済んだ。卿の人物を見たし、もう心配はない。私はセントリウス猊下のところにご機嫌伺に参ろう。ハシリウス卿、辺境に出ても油断せず、元気でな」
そしてキケロはすっと消えて行った。
「賢者キケロ様……さすがに僕もまだ、あれほどの魔術は使えないな」
ハシリウスはキケロがいなくなった部屋でそうつぶやいた。
謝恩会はつつがなく終了した。ハシリウスとソフィアは賢者セネカと顔合わせした。セネカはずっと手元に欲しがっていたハシリウスを見て、非常にご機嫌だった。
賢者ソロンも、首席で卒業したアンナを見て、その真摯な態度と魔法の知識に刮目し、目を細めていた。
ジョゼは王宮騎士団で教鞭を執るのがクリムゾン・グローリィだと知って、驚くとともにホッとしていた。クリムゾンはジョゼが『太陽の乙女』であることを知っている。変な気を使わなくて済みそうだからである。
一番びっくりしていたのはティアラである。ティアラはポッター校長や女王エスメラルダの計らいにより、急遽、王宮騎士団養成所と賢者セネカの『光と闇魔法研究室』の院外学生として受け入れられたのだ。この決定には、『大君主』と『日月の乙女たち』を離れ離れにしないというセントリウスの深慮が働いていた。
――よかった、これでみんなと一緒にいられる。
ティアラはそう考えて、感激のあまりしっぽを震わせていた。
謝恩会終了後、ハシリウスたちはいったん寮に戻った。
「さて、ボクたちはお城の中の合宿所に行くよ。ハシリウスは実家?」
ジョゼとティアラがでっかい荷物を載せたホーキにまたがって言う。ハシリウスは笑って答えた。
「ああ、僕は家からアカデミーまで通うよ。荷物はもう家に運び込んだしね」
すると、ソフィアが近寄ってきて、ハシリウスに寝耳に水のことを話した。
「あら、ハシリウスはお城に住むことになるのですよ? 聞いていなかったですか?」
「えっ!? そんなこと何も聞いていないぞ? 誰がそんなこと」
ハシリウスがびっくりして言うと、ソフィアはニコリと可愛らしい笑みと共に
「お母様です。『大君主』と『日月の乙女たち』を離れ離れにするのはまずい、というセントリウス様のお話をお聞きになったお母様が、ハシリウスの部屋をお城に準備してくださったの。もう荷物も運びこんであります」
そう言う。何とも手回しのいい事だった。
「えっ! ハシリウスもお城に住むの? だったら結構会えるかもしれないね」
ジョゼが顔を輝かせて言うと、ソフィアはジト目でジョゼを見て意地悪く言う。
「あなたとティアラ姫の部屋は軍事棟の一番南側。ハシリウスの部屋は私の部屋の隣です。そう簡単に会いには来られませんよ? 残念ね、ジョゼ?」
それを聞くとジョゼは抗議する。
「えっ! それってショッケンランヨウって言うんじゃないの? ズルい、ソフィアだけハシリウスに会い放題だなんて! ハシリウスはボクのものなのに!」
ハシリウスは疲れたように笑って言った。
「ま、まあ、とにかくそれぞれの部屋に行ってみよう。ソフィア、ジョゼたちを僕の部屋に案内してもいいかな?」
ソフィアはちょっと考えていたが、ニコリと笑って言った。
「少しだけならいいですよ?」
新暦824年木の月20日、ハシリウスたちは王宮の中にいた。
ヘルヴェティカ城は、東が大手門になる。
大手門から入ると、城を円形に取り囲む深い堀切に沿って道がある。南側へと進むと、堀切の南端には大きな橋が架かっていて、その橋を渡ると宮殿の正面となる。
宮殿は、正面から見て左側に軍事棟があり、1階は執務室、2階は司令部、そして3階は王宮騎士団員養成所で4階が養成員の合宿所となっている。
合宿所には食堂と寝室があり、寝室は2人部屋だった。ジョゼとティアラはただ二人の女性と言うことで、特に一番南側の独立した部屋を与えられていた。
なお、2階と3階は棟内では行き来できない。2階から3階に上がるためには、2階屋上に出て3階の通路のドアから入るか、本棟を経由するかしかない。そのため、軍事棟には直接3階につながっている階段があった。
向かって右側が政務棟である。ここは1階が執務室と食堂、2階が執務室と会議室、3階が大賢人や大元帥、政務担当のロードたちの執務室になっていた。
そして本棟である。ここは女王が各種の決定を行うための部屋が揃っている。1階が大広間と饗応の間、王宮に勤めるシェフや給仕たちの詰所、巨大な炊事室、食糧庫など、2階が接見の間と御林軍の詰所、3階が女王の執務室と食堂、近臣の控室、そして4階が女王たちの私的空間であった。
女王の部屋は、南側の広場に面したバルコニーのある一室だった。4階では最も広く、寝室、書斎、執務室が揃っている。
女王の部屋から北に延びる通路を挟んで、東側にはソフィアの部屋がある。こちらもバルコニーがあり、寝室と書斎があった。
西側にはソフィアの父であるヒュアキントスの部屋がある。ここにはバルコニーはないが、書斎と寝室がある。この寝室と女王の寝室はドアでつながっていた。
そしてさらに北側に行くと、西には侍女たちの部屋が並んでいる。その対面に、ハシリウスの部屋が準備してあった。バルコニーはなく、寝室と書斎がある。なんとこの書斎は、ソフィアの部屋の書斎とドアでつながっているのだが、この段階ではハシリウスはそのことを知らない。
ハシリウスの部屋からは、王宮の北側にある練兵場が見渡せた。ここから訓練に励むジョゼやティアラの姿を見ることができるかもしれない。
「すげぇ……」
女王にあいさつをした後、ハシリウスは宛がわれた部屋でつぶやいていた。その時、ドアが静かにノックされる。
「あ、どうぞ」
ハシリウスが言うと、ソフィアが侍女と共に入ってくる。この4階にいる侍女は、すべて15歳以下で、各地のロードや爵位を持つ貴族の家柄の娘たちが、経歴に箔をつけるためと上流階級の所作を覚えるため、いわば花嫁修業の一環として仕えているらしい。
ソフィアについて来た侍女も、12・3歳で一目で妖精族と分かる容貌をしていた。
「ハシリウス、お部屋の具合はどうですか?」
ソフィアがそう言いながらそこにおいてあったソファに腰かける。侍女はさすがにソフィアの隣に突っ立ったままだ。ハシリウスはそれを見て、
「君も座ればいい」
と言ったが、侍女は首を振って
「私たちはソファに座ることが禁じられています。ご心配なく」
と言う。ハシリウスはニコリとして、
「何も遠慮することはない。ソファに座ることが禁じられているのなら、僕がソファに座るから、僕の椅子に座るといい」
と、自分が座っていた椅子をソフィアの隣に持っていき、自分はソフィアの対面に座った。ソフィアから促された侍女は、顔を赤くしながらハシリウスの椅子に座る。
「居心地いい部屋だね。寝室も書斎も広いし、ここから出たくなくなっちゃいそうだ」
ハシリウスが言うと、ソフィアはくすりと笑って言う。
「ハシリウスに気に入っていただけて、安心しました。お食事はこのお部屋に届けさせますので、終わったら廊下の配膳車に返しておいてくださいね」
「寮みたいに、食堂で食べるわけじゃないんだ」
「えっ? いえ、3階に行けば食堂がありますから、そこで食べてもいいのですよ?」
「そうか、一人で食べてもつまらないから、僕は食堂を使わせてもらうよ」
ハシリウスが言うと、ソフィアもうなずいて笑った。
「確かにそうですよね。では、私も食堂でいただくことにします。政務が終わったら、一緒に食べましょう?」
「ジョゼたちの部屋に行くことは出来るかい?」
ハシリウスが訊くと、ソフィアは少し考えていたが、
「本棟3階から軍事棟の3階につながっています。3階の事務局を通して、面会を申し入れれば、ジョゼたちには会えますよ」
そう答えた。
「なかなかいい部屋じゃん」
「結構な広さがありますね」
ジョゼとティアラは、軍事棟4階で最も南側にある自分たちの部屋に入るとそう言った。部屋に入ると目の前は窓になっており、そこから宮殿の前庭が見える。部屋の左右の端には、ベッドを兼ねた机が置かれ、机の背後には物入が作りつけられている。
また、女性と言うことで考慮されたのか、この部屋だけにお風呂とトイレが備え付けられていた。
「ここで2年間のカリキュラムが終わったら、1年間の実施部隊配属かぁ。1年間はハシリウスと離れ離れになるかもなぁ」
ジョゼが言うと、ティアラがしっぽを細かく振って言う。
「そうかしら? ジョゼの立場を考えたら、軍団配属ではなくて本部配属の可能性が高いんじゃ?」
「そうしてもらうと有難いけれどね」
二人がそう言い合っていると、部屋の拡声器が音を立てた。
「通達する、通達する。ジョゼフィン・シャイン2号生徒、ティアラ・フィーベル2号生徒、面会室まで出頭せよ。以上、終わり」
それを聞いて、二人とも顔を見合わせた。
「面会だそうです」
「きっとハシリウスだよ」
二人ともとりあえず荷物を物入に置いて、3階の面会室に急いだ。
「やあ、二人ともどうだい?」
面会室のドアを開けると、そこには二人の予想どおりハシリウスがニコニコと笑って待っていた。
「ハシリウスこそどうだい、ソフィアの隣での暮らしは?」
ジョゼが顔を赤くしながらも意地悪く聞く。ハシリウスは笑って答えた。
「べつに、今までと何にも変わりはないさ。ただ住む場所が変わっただけだ。まあ、『変わっただけ』と言っても、寮の時とは大違いだけれどね?」
「あ、あのさ、ハシリウスは新しい暮らし、心地いい?」
ジョゼが訊いて来るが、その顔にはありありと心配の色が浮き出ていた。まあ、チャンスがあれば自分からハシリウスを奪うと宣言しているソフィアの隣にハシリウスが住んでいるので、気が気ではないらしい。
「そうだね。ソフィアと会う時には必ず侍女がくっついているから、『闇の使徒』や『冥界の使者』についての話がしづらいのは難点だけれど」
「そ、そうなんだ。それはソフィアも残念だろうね。キミと二人きりってわけに行かなくて?」
ジョゼがあからさまにホッとした顔で言う。
「でも、お前たちがここに入ったから、養成所の責任者がマスター・エレクトラに変わったらしいね」
「うん、ボクたち二人ともマスター・エレクトラとは会ったことあるから、なんか安心したよ」
軍団でただ一人の女性マスターだったエレクトラ・エレクシスは、ジョゼたち二人が養成所に入ったことを受けて、養成所の所長として赴任してきた。これは、女性の心理などは女性が最もよく分かるだろうからと言う大元帥カイザリオンの配慮だったと聞いている。
「それは良かった。ティアラはどうだい?」
ハシリウスとジョゼの話を微笑んで聞いていたティアラは、ふいにハシリウスから訊かれて慌てて言う。
「わっ、私もジョゼが一緒ですから心強いです。それに、ハシリウス様だって全然違うところにいらっしゃるわけじゃないから」
「現にこうして、ボクたちのこと心配して会いに来てくれたしね?」
ジョゼがそう言うと、ハシリウスは笑って言った。
「ここの事務局はマスター・エレクトラの下で副軍団長をしていたバイスマスター・アリアドネだし、4階の責任者はリアマスターのアラクネだ。二人にも陛下から『日月の乙女たち』がその責務を果たしやすいように配慮するようにとの指示が出ていると聞いた。養成所の規律をちゃんと守ってさえいれば、二人には結構自由な行動が容認されているみたいだよ?」
ハシリウスがそう言い終わらないうちに、面会室のドアが開いてバイスマスター・アリアドネがハシリウスに告げた。
「ハシリウス・ペンドラゴン卿、本棟からの連絡です。すぐに『日月の乙女たち』を連れて摂政殿下のところに戻られるようにとのことでした」
ハシリウスはそれを聞いて、
「言っているそばから、だね。ありがとうございます、バイスマスター・アリアドネ。ジョゼとティアラを連れ出しますから、よろしく」
そう言うと立ち上がり、二人に言った。
「では、ご足労だけれど、ソフィアのところまでついて来てくれないか?」
承の章 デーメーテールの憤怒
「一体どういうことですか! あなたが私の命令に背くとは!」
『死の国』では、冥界を統べる女神デーメーテールが、『冥界の大賢人』たるナディア・ヘルヴェティカに、そう怒りをぶつけていた。
ナディアは、ソフィアの双子の妹である。しかし、生まれてすぐ『闇』の魔力を持つ不祥の姫として『処置』された。『死の国』の女神デーメーテールは、そんなナディアを憐れみ、復活の魔法により復活させたのである。
以後、デーメーテールは、彼女を我が子のように可愛がってきたが、その魔力が破格に強いことを知ると、『冥界の使者』エリニュスの七人を預け、別に『ミューズ』と呼ばれる七人をも併せて指揮させて、天界・人界・冥界の三界制覇を夢見るようになった。
「ナディア、私は『ミューズ』と『エリニュス』は『闇の使徒』との戦いに必要であるから、決して軽々しく戦いに投入するなと申していたはず。それを『ミューズ』を全滅させ、そなた自身も深手を負うとは何事です」
怒りが収まらないデーメーテールに、ナディアは悲しそうな顔をして言う。
「すみません、すべて私の見込み違いだったのです。デーメーテール様のお望みを叶えるためには、『大君主』を何とかしなければという思いがありましたので……」
デーメーテールは、皮肉な笑いを浮かべてナディアに言った。
「それだけではないでしょう。そなたは双子の姉であるソフィアが羨ましかったのではないですか? 命が輝き、仲間を持ち、何よりハシリウスを持つソフィアが」
「はい、その気持ちがあったことは否定しません。それに、いつの間にか私はハシリウスに惹かれてしまったことも認めます」
うつむいたままのナディアに、デーメーテールは、慈愛に満ちた顔で言う。
「であれば、ハシリウスと『闇の使徒』たちを戦わせておき、こちらはそれを見て見ぬふりをしておいても良かったのですよ? そなたが心奪われるほどの戦士、ハシリウスはクロイツェンの輩にはめったなことで後れは取らないでしょうし、仮に彼が敗れても、どうせ行き先はここなのですから」
「ですが、私は彼が敗れるところは見たくなかったのです。もちろん、私が言っていることが矛盾していることは、よく分かっています。彼を手に入れるためには、彼を殺さないといけないのですから」
ナディアはうつむいたまま言う。座って揃えた膝に、ぽとりと涙が落ちた。
それを見て、デーメーテールは思った。ナディアは『命なき存在』である。本来であれば大宇宙へと還すべき『魂』を、『生命力』が散じてしまった身体に呼び戻した。それはナディアの強力な『魔力』があったからこそデーメーテールもそうしようと思ったわけだが、今となっては
――ナディアはあのまま大宇宙に還した方が良かったかもしれない。
と考えているデーメーテールだった。けれど、今さらそう思ってもどうしようもない。デーメーテールとしてはナディアのために最善のことをするだけだった。
「ナディア、あなたの恋心は十分に分かっているつもりです。けれど、私の三界制覇には二つの大きな障害があります。一つは『闇の帝王』と自称するクロイツェン・ゾロヴェスター、そしてもう一つが『大君主』ハシリウスの存在です」
デーメーテールは、優しくナディアに言う。
「『大君主』は、女神アンナ・プルナのお気に入り。宇宙の神秘を知り、森羅万象の運行を神の心に叶うように斉える存在。そのために彼は神の力を行使します。そして、この場合の『神』とは『女神アンナ・プルナ』のことで、私のことではありません」
そこでデーメーテールは、自嘲気味に笑いながら
「ふふ、私も神として崇められ、死と再生の女神として兄ヴィダール神に次ぐ席次を与えられてはいます。が、姉である豊穣と調和の女神アンナ・プルナは、創造神であり審判の神アルビオン様に最も可愛がられ、神の世界の統括神として常に日の当たる天界を統べています。私があなたを不憫に思ったのは、私の立場と似通ったものを感じたからでしょうね」
そう言った後、据わった眼で天を睨んで
「私は姉を見返したい。死と再生は生命の根源とつながるもの、それが豊穣や調和、正義の下にあるのはおかしい。豊穣も調和も正義も、命あるからこそ意味があるものではないですか」
そう吐き捨てると、ナディアに向かって言った。
「ハシリウスは女神アンナ・プルナの代理人。ナディア、あなたは私の代理人です。私はあなたに、アンナ・プルナの代理人を倒せるだけの力を与えます。それでハシリウスの命を奪い、あなたの婿としてこの私の前に連れていらっしゃい」
そして、デーメーテールは右手を天に挙げて言う。
「この者に、我が代理として生死の決定を任せる。汝ナディアよ、よく私の意を汲み、我の力を存分に揮え!」
その途端、デーメーテールの右手は青白い炎を上げて燃え始める。デーメーテールがその手を開くと、手のひらには青く冷たい炎を上げて燃える、透き通った碧い宝玉が載っていた。
「ナディア、こちらにおいで」
デーメーテールが優しく言うと、ナディアはすっと立ち上がり、デーメーテールに歩み寄る。ナディアがデーメーテールのすぐ前で立ち止まった時、デーメーテールは青白く燃える宝玉をナディアの額に押し当てた。
「ああっ!」
ナディアが苦しそうな声を上げる。宝玉はナディアの魔力に反応し、さらに大きく炎を燃え上がらせながら、ナディアの額に埋まっていく。
とともに、青白い炎はナディアの身体中に燃え広がった。炎が広がるとともに、ナディアの顔が苦痛で歪んでいく。
デーメーテールは、ナディアの様子をじっと見ていたが、宝玉が額の中に埋まってしまい、身体中を青白い炎が覆ってしまった瞬間、
「やっ!」
と、『冥界の剣』でナディアの首を刎ねた。
すると、驚くべきことが起こった。首を失ったナディアの身体からは新たに首が生え、首だけになったナディアには胴体が生まれた。
「こ、これは?」
ナディアが、もう一人のナディアを見て驚愕する。デーメーテールは微笑んで言った。
「あなたの首と胴体を分けました。気付いているでしょうが、あなたの本体は首の方です。けれど、胴体の方もあなたと同様の力を持っています。そして、本体の方はどこを斬られても、突かれても致命傷にはなりません。胴体の方は、切断されればそこで分裂して新たなナディアを生み出します」
そこでデーメーテールは一つ息をして言う。
「あなたは私の力を使えます。あなたに触れられたものは、その『生命力』をすべて奪われます。それはあなたの本体であろうと、胴体であろうと、あるいは今後分裂するかもしれないすべてのナディアが平等に使うことができます」
そして、デーメーテールは一つ指を鳴らした。すると、『首のナディア』と『胴体のナディア』は一つになり、そこにはただ一人のナディアが立っていた。
「あなたは自分の意のままに二人になることができます。この力と……」
そう言いつつデーメーテールは左手を差し上げた。その手には虚空から取り出した鎌が握られていた。
「この、『クラウディウスの鎌』を与えます。この鎌は神剣『ガイアス』に匹敵する神器です。あなたになら使いこなせるでしょう。あなた自身のために、ハシリウスをこれで倒しておいでなさい」
ナディアは、ゆっくりと『クラウディウスの鎌』を受け取ると、ニコリと笑って
「ありがとうございます。これで必ず、ハシリウスを私のものにして見せます」
そう言うと、最後の決戦へと旅立った。
★ ★ ★ ★ ★
「触られただけで?」
ジョゼは眉を寄せて訊く。ソフィアが真剣な顔でうなずいた。
「はい、そう報告が挙がってきています」
ここは、摂政としての執務室である。そこにソフィアは、ハシリウスとジョゼ、そしてティアラを招いて、『風の谷』のあちこちで目撃されている『死神のような少女』について話をしていた。
「その少女は、髪の色が違うだけで目鼻立ちは私に似ていた、と言うことです。これはナディアがまた動き出したに違いありません」
ソフィアの顔に憤慨の色が見える。それはそうだろう、自分と双子であることを利用して、被害者に自分と思わせて近づき、被害者に触ることでその命を奪う……そのような事件が続いているのである。
「一応、全国に通達しました。私に姿を似せた魔物がいることと、その魔物には手を出さないこと、見つけたらすぐに王宮に知らせること、をです。大元帥様も大賢人様も、それぞれ手を尽くしてナディアを討ち取ろうとしてくれていますし、アルテミス卿をはじめ各谷のロードたちも、領内をくまなく探索しています。けれど、ナディアは神出鬼没で、いつ何処に現れるのか見当もつきません」
ソフィアがため息とともに言う。ハシリウスは目を閉じて聞いていたが、
「大丈夫だ。そいつがナディアだとしたら、最後の狙いは僕の他にはあり得ない。遠からずナディアはこの城の中に現れる」
そう言って目を開けた。
「でも、報告を聞くと、相手に触っただけで相手の生命力をすべて失わせるという話ですよ? ハシリウス様、そんな相手をどうやって倒しますか?」
ティアラがしっぽをゆっくり横に振っている。心配しているのだ。
ハシリウスは笑って背後に向かって呼び掛けた。
「星将アークトゥルス、聞いてのとおりだ。何か助言がほしいが」
すると、金の巻き毛が麗しい星将アークトゥルスが顕現して言う。
「うむ、ナディアはおそらく女神デーメーテールの力、『生と死の息吹』を与えられたのだろう。何としてでも大君主様を亡き者にしたいのでしょうな、女神デーメーテールは」
「その力を何とかできないか?」
ハシリウスが訊くと、星将アークトゥルスは
「何とかとはどういうことですか? “破る方法”と言う意味ならば、『生と死の息吹』は神によって立つ力、破ることは叶わない。“対処する方法”と言う意味ならば、ないこともないですが……」
そう言う。ハシリウスはうなずいて訊く。
「どう対処すればいい?」
星将アークトゥルスは、ソフィアを見て言った。
「それは、『星の護り』です。ただ、これは『繋ぐ者』が創造神アルビオン様から授からねばなりません。『繋ぐ者』は自らの想念をハシリウスと一分の隙も無く重ね合わせるとともに、創造神アルビオン様に同期し続けなければならないのです。かなり難しいし、『繋ぐ者』にも負荷がかかると聞きますが……」
星将アークトゥルスの言葉に、なぜか顔を赤くしていたソフィアだが、決然と顔を上げて言う。
「それしか方法がないなら、私は私の力が及ぶ限り、ハシリウスを助けます」
ソフィアがそう言った時、星将シリウスが顕現して言った。
「ハシリウス、ナディアが現れたぞ!」
★ ★ ★ ★ ★
ナディアは、『風の谷』のあちこちで、出会う者を片っ端から自らの『生命力』としていった。真っ白いワンピースを着た彼女は、髪の色が銀であるだけで、遠目にはソフィアに見えた。ソフィアは国民の誰からも親しまれ、そして人気があった。そのことが不要な死者を増やした一因だろう。
ナディアが触れるものは、それが何であろうと、一瞬で命を吹き飛ばされたかのように『生命力の波動』を止める。動物なら死に、植物なら枯れ、そして彼女の歩いた後には荒涼たる風景だけが残された。
「もう十分に『生命力』は手に入れたわね」
ナディアは、自らの周りを取り囲むようにして漂っている、『生命力のかけら』を見てつぶやく。それは青く澄んでキラキラと光っていた。
「では、そろそろハシリウスのもとに行きましょうか」
ナディアはそうつぶやくと、その足をシュビーツへと向けた。
王都であるシュビーツは人口100万を数える。その人々や王宮を守るため、シュビーツには第1軍団が駐屯している。
軍団長のアキレウス・オストラコンのもとに、『死神のような少女がシュビーツに向かっている』と言う報告が届いたのは、それからすぐだった。
新暦824年木の月20日、ちょうどソフィアがハシリウスたちを呼んでナディアのことを協議していたころ、アキレウスのもとに報告が届いた。
「うむ、コイツが今、『風の谷』を騒がしている『死神少女』に違いない。シーシアス、私はすぐに王女様にこの報を知らせてくるので、私が帰るまでに1個コホルス隊に出撃準備をさせておけ」
アキレウスはそう言うと、急いで軍団駐屯地から城へと向かった。
アキレウスが接見の間に通ると、そこにはソフィアがアルテミスと共に待っていた。
「殿下、いま風の谷を騒がせております『死神少女』が、南の沢で発見されました。報告ではそいつはこちらに向かっているようです」
アキレウスは一気にそう言うと、
「第1軍団の出撃を許可してください」
そう願って頭を下げた。
「アキレウス軍団長、相手は触れただけで相手を死に至らしめるという魔人。勝てる見込みはありますか?」
ソフィアの問いに、アキレウスは顔を上げて答える。
「はい、特に魔力の強い者たちを集めた特別マニプルス隊を中心に、1個コホルス隊を編成しております。それを本職が率いて参ります」
ソフィアは目を閉じて静かに考える。アキレウスは確かに魔力は強い。しかし、ハシリウスには及ばない。ナディアはハシリウスか『日月の乙女たち』でないと手に負えない存在だろう。しかし、これだけ士気が上がっている部隊を引き止めるのも、今後のことを考えると得策ではない。
「……出撃を許可します。ただし、あなた自身は決して最前線では戦わないことと、部隊の1割に被害が出たら、すぐに転進することを条件にします。よろしいですか? アキレウス軍団長」
「承知いたしました。吉報をお待ちください」
アキレウスはそう言うと、勇躍してソフィアのもとを辞した。
「よし、摂政殿下のお許しが出たぞ。出撃だ!」
アキレウスは、駐屯地に戻るとすぐに、参集していたコホルス隊を率いて出撃した。
そのころ、ハシリウスは『日月の乙女たち』を連れてシュビーツの南側にある『アルノー平原』まで来ていた。
「ねぇハシリウス、なんでこんなだだっ広いところで待つのさ? これじゃボクたちがここで待ち伏せていることがまる分かりじゃん」
ジョゼが訊くと、ハシリウスはティアラに目配せする。ティアラがニコリと笑って答えた。
「今回は、待ち伏せしても仕方ないんです。相手はあのナディアですからね。それにナディアに触られたらアウトです。下手に込み入った地形で戦うとナディアに近づくチャンスを与えてしまいます。ここならナディアも隠れる場所がないので、ナディアの動きを見ながら距離を取って戦えます」
「なるほどね。じゃ、今回ボクも飛び道具を中心に戦わせてもらうかな」
そう言うとジョゼは『太陽の乙女・ゾンネ』に変わり、早々と『太陽のバリスタ』を虚空から取り出す。
「ハシリウス、お前も装備を揃えていた方がいい。アークトゥルスやベテルギウスが前に出てはいるが、アイツはそんなことで止められるほど簡単な奴ではない」
星将シリウスがそう言うと、ハシリウスはうなずいて
「確かにな」
と、『大君主』へと姿を変え、神剣『ガイアス』の鞘を左手で握り、いつでも抜剣できるようにした。
「では私も装備を整えますね、ハシリウス様」
ティアラがそう言うと『月の乙女・ルナ』とシンクロする。ルナもすぐに『アルテミスの弓』を構える。
「いつでも来い、ナディア。今度こそそなたを平安の中に送ってやる」
ハシリウスはそうつぶやき、ゆっくりと目を閉じた。
「さすが『大君主』ですね……」
ナディアは、『アルノー平原』まで4キロと言う地点で、『大君主』の魔力に気付いた。アルノー平原は南北に8キロほどある。ハシリウスは平原の中央に位置しているから、ナディアまでの距離は8キロほどあった。こんな遠くから魔力を感知するナディアも凄いが、そんな遠距離まで魔力を届かせるハシリウスも桁が違うというべきだろう。
「平原の入口に星将がいますね。星将と言えど私の力は通用するでしょうから、恐れるに足りませんね」
ナディアはそうつぶやくと、別段姿を隠すわけでもなく、すたすたと『アルノー平原』へと歩いて行った。
「……ナディアが来たぞ。あのスピードならここまで30分とかかるまい」
星将シリウスがいう。ハシリウスは眼を閉じたまま、ゆっくりとうなずいた。
そのころ、近づいて来るナディアの姿を見た星将アークトゥルスは、すぐに星将ベテルギウスに言った。
「ベテルギウス、あれは俺たちでは敵わない。大君主の出番だ。けれどあの魔力は恐ろしいほど凶悪だ。大君主も危ないかもしれない。だから、王女のところに行って、『星の護り』を要請してもらえるよう伝えてくれ」
星将ベテルギウスも、まだ1キロほど先にいるナディアの魔力の凶悪さに気付いていたため、すぐにアークトゥルスの言葉に従った。
「ふうん、星将たちは私を攻撃せず、ただ私の動向をハシリウスに知らせるだけ……か。星将って言っても、とんと役に立たないわね」
ナディアは自分につかず離れず前進しているアークトゥルスとトゥバンを感じ取って、そうつぶやいた。このとき、この場所をベテルギウスが離れたことに気付かなかったことが、ナディアの運命を決めることになる。
「ハシリウス、ナディアはもうすぐ来るよ」
星将デネブがそう言う。ハシリウスはうなずいて目を開けた。
「遅かったな。もう少し早く現れると思っていたが」
そうつぶやき、神剣『ガイアス』をゆっくりと抜くハシリウスの眼に、平原の向こうにたたずむ芥子粒のような影が見えた。
と同時に、
「ハシリウス、今度こそ私のものになってもらいます!」
「やっ!」
キーン!
いきなり2キロもの距離を詰めて来たナディアの斬撃を、ハシリウスは神剣『ガイアス』で受け流す。ナディアはいつの間にか『クラウディウスの鎌』を構えていた。
「ゾンネ、ルナ、間合いを開けろ!」
ハシリウスが叫ぶと、ゾンネもルナも一跳びで20メートルほどの間合いを取る。そしてすぐにルナがナディアに向かって矢を射かけ始めた。
「甘いわよ。そんなことで私の攻撃は止められないわ!」
ナディアはそう言い、あくまでハシリウス一人を標的に距離を詰めてくる。
ガキン!
ナディアの『クラウディウスの鎌』をハシリウスが神剣『ガイアス』で受け止める。ナディアはソフィアに似た顔に微笑を浮かべて、ハシリウスに言った。
「私の『大君主』様、一緒に闇の世界で暮らしましょう?」
「いかん、ハシリウス! 距離を取れ!」
星将シリウスが、ナディアの魔力が膨れ上がるのを感じてそう叫ぶ。
「『月の波動』!」
「くっ!」
ハシリウスの『月の波動』が、ナディアに命中し、ナディアは10メートルほどハシリウスから間合いを開けた。そこに星将シリウスの『煉獄の業火』が襲い掛かる。
「無駄よ!」
ナディアは『ドレイン・バースト』で『煉獄の業火』を無効にして、自分を取り囲む星将シリウス、星将デネブ、そして『日月の乙女たち』を見回した。
「ふん、あなたたちは本当にしつこいわね。そんな奴らには……」
ナディアはそう言いながら左手を上げる。
「……こちらがお相手してあげるわ」
「えっ?」
「うっ?」
星将シリウスたちは目を疑った。ナディアが左手を下ろした瞬間、ナディアは二人になったのだ。どちらがどちらか見分けがつかない。
――一瞬、アイツの首と胴体が離れたように見えたけれど?
ゾンネはそう思って、さらにナディアをよく見てみるが、やはり見分けはつかない。
「あなたたちの相手は、私よ!」
一人のナディアが微笑と共にそう言いながら、『クラウディウスの鎌』を振り上げて星将シリウスに斬りかかって行った。
「さて、『大君主』ハシリウス。これで邪魔者はいないわ。ゆっくりと勝負しましょう」
もう一人のナディアはそう言いながら『クラウディウスの鎌』を構え、ハシリウスにゆっくりと詰め寄っていく。
それを遠目で見ながら、ゾンネとルナは焦っていた。自分たち四人で掛かっても余裕で戦っているナディアである。1対1のハシリウスはもっと分が悪い……早くコイツを倒して、ハシリウスに加勢しなきゃ。
ルナもそう思ったのだろう、ゾンネと目が合うと、ルナはうなずいた。
――よし、やっつけてやる!
ゾンネとルナは、星将シリウスとデネブから攻撃を受けてできたナディアの隙を見逃さなかった。二人は同時にナディアに飛び掛かる。
「やっ!」
「えいっ!」
「うがっ!」
ゾンネとルナは、ナディアの両腕を同時に切断し、苦しげな叫び声を上げるナディアに、
「これで終わりです!」
「死ねっ!」
と、それぞれ胸と腰の部分でナディアを斬り裂いた。
「やった!」
「よし!」
星将デネブと星将シリウスは同時に叫んだが、次の瞬間、息をのんだ。
「「そんな!」」
ゾンネとルナも同時に絶望の叫びを漏らす。なぜなら、五つに分断されたナディアは、それぞれの部分で再生し、5人へと増えていたからである。
「残念ね? 私を攻撃すれば、あなた方は不利になるばかりよ」
ナディアはそう言うと、それぞれがゾンネたちに襲い掛かった。
「いけない! ハシリウスが!」
ゾンネは、残り一人のナディアがハシリウスの方に飛び掛かっていくのを見て叫んだ。1対2じゃハシリウスが絶対に不利だ。
分裂したナディアは、『クラウディウスの鎌』を受け止めているハシリウスの後ろから『クラウディウスの鎌』を振り上げる。
「「ハシリウスっ!」」
ゾンネとルナは悲痛な叫びをあげたが、
カキーン!
「残念だが、まだ私もいるんだよ。『冥界の使者』よ」
星将アークトゥルスが、『クラウディウスの鎌』をその楯でしっかりと受け止めていた。
けれど、それぞれがナディアを相手にするこの状況は非常に危険である。どのナディアからも同じくらいの魔力を感じるということは、こいつらはただの分身ではないのかもしれない。
「『大君主』よ、もうすぐ『繋ぐ者』が『星の護り』を要請する。それまで踏ん張っていただきたい!」
星将アークトゥルスは、『クラウディウスの鎌』を受け流しながら、そうハシリウスに叫んだ。
「これでいかが?」
ナディアは、『クラウディウスの鎌』を押し込みざま、ハシリウスに回し蹴りを放つ。ダメージを与える必要はない、ハシリウスに少しでも触れれば、ハシリウスの命は吹き飛ぶからだ。
「やっ!」
それを知っているハシリウスは、逆に『クラウディウスの鎌』を押しのける反動で間合いを開けた。
「なかなかやりますね。でも、あなたは私のものです!」
そう叫んで斬りかかってくるナディアに、髪の毛一筋ほどの隙を見つけたハシリウスは、
「平安の中に逝けっ!」
そう叫んで神剣『ガイアス』を摺り上げるように振りぬいた。
ボシュッ!
鈍い響きとともに、確かな手ごたえを感じたハシリウスだったが、次の瞬間、ナディアはハシリウスの目の前にいた。
ハシリウスの胸の前に、左手を広げて。
「ハシリウス、私のものになって?」
ナディアは微笑と共にそう言いながら、左手をハシリウスの心臓に差し込んだ。
(14 旅立ちの歌を口ずさめ 後編に続く)
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
当然、ナディアとの戦いは後編で決着です。
明日10時にアップしますので、最後までお付き合いください。