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救いのない世界にドロップキック  作者: 星鴉ゆき
第一章 人間の運命は自分の魂の中にある
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05話 陽気

あの日以来、鴻は未羽を避けている。


仕事の危険度が上がり、自分の周辺にも危険が及ぶ可能性が大きくなってきた事と

やはり自分の中で殺人を仕事として許容できていない為である。


その葛藤を、心の奥を見透かしてきそうな未羽の目を直視できない。


あまりにも不器用で、周りが逆に心配していた。


だがその心配は杞憂に終わる。


色々考えながら歩いていると

大和駅、南口にあるバイト先にすぐに着いた。


〝 ‐jack(ジャック) of(オブ) all(オール) trades(トレーズ)‐ 〟


古民家を改装したオシャレなカフェで

看板に書いてある英語の意味は『なんでも屋』

この店は表向きはカフェ、深夜営業をしているので夜カフェに順ずる。


しかしもう一つ顔があり、それは店名の訳のまま


なんでも屋〝 九十九探偵事務所 ‐Tukumo detective office‐ 〟である。


鴻は普段はカフェのスタッフ、TDOの仕事がある場合はそちらにと臨機応変に動いている。


店内をチラっと見ると中にはお客さんがチラホラ見えたので

裏口に周り事務所に入る。一階はカフェの事務所、二階の奥にTDOの事務所がある。


「おはようございます」


「おはよう十七夜君」


事務所で出迎えてくれたのは店長の


母里もり 友重ともしげ


オールバックが最高に似合うイケメンで

よく二十代前半に見られるが三十歳を過ぎている。


今日も上の仕事はないみたいだから、下お願いね。

やっぱり看板息子がいないと盛り上がりに欠けるね。


『看板息子』の途中で失笑気味の母里に対して鴻は苦笑。


「看板息子ってなんですか。了解です。今日も元気いっぱい一生懸命がんばりますよ!」


死んだ魚の目をしながら、内容だけはポジティブな言葉を吐きすぐに更衣室へ向かう。


制服であるオリジナルの黒いポロシャツに着替え、グレーのストレッチデニムを履き

黒のギャルソンエプロンを着ける。


店内に入ると、今度は可愛い女の子が出迎えてくれた。


「おはよう」


「あ! かのうさーん! おはようございますっ!」


「おはようございますー」


満面の笑みで迎えてくれたのは、聖ファミーユ女学院1年生


九嶋くじま 葵衣あおい


静かなテンションで作業を止めずに挨拶をするのは


守屋もりや えにし


九嶋 葵衣はかつての任務で護衛対象だった人物だ。


クジマは急成長ゆえに

業界の力関係、ルール、裏社会との接し方を知らずに大きくなってしまい

その洗礼を受けてしまった。時間をかけ少しずつ関係を築き上げていくか

その道に詳しいコンサルタントを雇うなど

何かしらの対処をしなければならなかった。


綺麗事だけではこの世の中で生きてはいけない。

その代償として会社を失ったが

命がある分、安かったとさえ思える。


死人も出たが、被害としては大した事のない部類である。

TDOの所長の九十九 翼により、それ以上の被害は出ず、処理は滞りなく進んだ。


九嶋本人は社長職を降り、様々な処理、関係各所に支払う費用で財産はほぼなくなった。

しかし、温情として家族が細々とではあるが生活できる程度のお金が残された。

それも九十九の尽力によるものであり、普通なら考えられない破格の待遇であった。


その結果、お嬢様は人生初のアルバイトをする事になる。


翼に喧嘩を売るような世間知らずでもない限りクジマの一件は解決しているのだが

アフターケアとして仕事の紹介と

念の為に自分の目の届く場所にという事で〝jack(ジャック)〟が選ばれた。

初めてのアルバイトという事で不安で押しつぶされそうだった葵衣は

クラスメイトで仲の良い、縁を口説き落すまでバイトを開始しないという暴挙に出た。


そのくらい大きな不安と、後はお嬢様生活のなごりで働く事事態面倒だと思っていたが

そんな葵衣は毎日遅刻もせずバイトに来ている。皆勤手当ても当然貰っている。


その理由は彼女にとっては棚から牡丹餅。嬉しいサプライズ。

自分を守ってくれた鴻との再会だった。


来ない時は全く来ない鴻と会う可能性を上げる為に

葵衣はシフトをきつきつに入れている。


そんな感情を持つゆえ、会った瞬間からマシンガンのようなトークが止まらない

縁はそんな葵衣の至福の時間を守る為に甲斐甲斐しくサポートする。


そんな中、店内の呼び出しベルが鳴る。

鴻はテーブル番号を確認すると流れるような動きで向かった。


「おまたせいたしました」


「いちごのパンケーキ、ラズベリートッピングでお願いします」


「あと、アールグレイのおかわりもお願いします」


「毎日……太るぞ」


「あら。この店員さん返事もしないで、失礼な事を言いますね!」


「失礼しました。かしこまりました。太るぞ」


「最後いらないよ?」


全く違和感なく二人組用の席で読書にいそしむ彼女は英守 未羽。

学校では捕獲できない鴻を捕まえる為、最近はこうしてバイト先に押しかけている。


「また来たんですかー?」


「こんにちは九嶋ちゃん、今日も出勤? よく働きますね」


「ありがとうございます。英守先輩は毎日暇なんですか? ストーカーですか?」


しばらく戻ってこなかった鴻の様子を見に来た葵衣は

未羽を見るや否や早速バチバチし始めた。


「いえ、素行調査、浮気調査です」


「浮気って付き合ってないですよね!? 十七夜さん彼女いないって言ってました!!」


(……)


「確かに……付き合ってはいません。同棲はしてますけどね」


「言い方!? 同居……居候ね!」


この時間の店内では最近良く見る光景だが

運良く店内が混雑してなくて助かっている。


良識のある淑女達なので混雑していたら

他のお客様に迷惑が掛かるような事はしないが。


「ど、ど、どど、どうせい!?」


店内に可愛らしい声にそぐわない濁音が響き渡る。


「でも、あたしなんかは、しょっちゅう抱かれてますからね!」


「言い方!! 一回だけって、それも違っ……って気を失ってなかったの!?」


しっかりとツッコミを入れないと大変な事になるので

鴻は逃げる訳にもいかず、補足、解説の意味のツッコミを律儀に繰り返す。


「だ!だ! 抱かれた!? いつ!? 鴻ちゃん詳しく!!」


「未羽は年上なんだから、もう少し余裕持ってよ……」


「葵衣ちゃんはもう喋らないでね。俺の寿命をこれ以上減らすつもりじゃないならさ」


「十七夜さん、私は十七夜さんの為を思って悪い女から守ろうとしているんです。絶対尻に敷かれますよ! 苦労しますよ!」


「えにしぃーー!!」


「はいー」


「頼んだっ!」


「はいー」


すぐ後ろにいたとしか考えられない速度で登場した縁が葵衣の腕を取り

任せろと言わんばかりの顔で、親指を立てた。


そのまま葵衣をどこから出しているか分からないパワーで引きずり

パントりーへ連れて行った。


「あおちゃん、知り合いでもお客様にあの態度はないよぉー」


「やだ! あたしあの人やなんだもん! でも負けない!」


「むーーんんーー」


葵衣の敵対心をうまく解消する言葉が見つからず変なうめき声が漏れる。

パントリーに鴻も戻ってくるが、疲弊していてもうすでにバイト終了時間のような顔になっていた。


一番大変なのは、あのやり取りの間も他のお客様対応をし

葵衣の子守をする縁なのは言うまでもない。


なので時給は皆より70円も高かった。

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