12話 鴻の休日 前編
目が届く所にいる、手の届く所にいると
心配ができてしまう、世話を焼けてしまう。
距離を開けてしまえば心配はしても
それだけ。近くにいる時よりは心に掛かる負担は減るのではないか
最初は心細いかもしれない、でも時間が経てば居ない事にもなれ
気にする事は少なくなるだろう。
自分本位の考えだけではなく、そのような考えもあり一人暮らしを提案したが
家族の反応はいまいちだった。
当然、鴻とは違い感情が大きく作用しているからだ。
しかし、どうしても引き止めなきゃいけない理由はない。
身寄りがいない子の一人暮らしは
主に金銭面で大変だろうというのが居候提案の表立って大きな理由であり
その問題が解決していて、本人が良いなら最早口を出す隙はなかった。
たまには夕食を食べに来る、定期的に顔を見せるという提案を鴻に飲ませ話は纏まった。
さっそく鴻は休日を使って物件探しを始める。
今まで施設暮らしや居候だった為、本当の自分の部屋を持つ事は
今回が初めてで、密かに心を躍らせていた。
今の時代は昔程、賃貸を契約する事は難しくない。
未成年でも借りる事はできる。
家賃が払えない、周囲に迷惑をかければ追い出されるという簡単な図式だ。
まず不動産屋で相談に乗ってもらう。
予算は充分すぎる程あるが
学校とバイト先の近く、目立たないように学生が住むに相応な場所である事。
それなりにセキュリティ-などがしっかりした所という条件を満たすとなると
少し検索に時間がかかった。
その中でも新築物件であり、デザイン性に優れたマンションを選び
VR内見システムで確認。直接足を運ぶ事なく決定した。
次に一人暮らしをするにあたり必要な物を揃える為に
大和の南にある〝南白鳥〟へ向かう。
普段お金を使う事が余りないので今回は久々の散財になりそうである。
〝南白鳥〟は路面のインテリアショプが多く色々な種類を一度の外出で購入するのに都合がいい。
ちょうど他の用もあったのでこの機会にまとめて済ませるようだ。
今日の服装は白と紺のボーダー柄のスプリングニットに黒のスキニーパンツ
アウターはベージュのステンカラーコート。
普段は闇に紛れやすいよう、血が付いても目立たないよう、ほぼ黒で統一し
忍者のような用途で服装を決めているが、普通の服装もできるらしい。
借りる事にした部屋は1LDK、リビングは12畳だが寝室は別なので家具は少し大きめでも大丈夫だろう。
まず部屋の方向性を決める家具のソファーとテーブルから
ソファーはすぐに見つかった。
二軒目に入った店でひとめぼれをしたのだ。
シンプルなデザインのコーナソファーだが
ささやかな曲線の主張とホワイトレザーの質感が高級感を醸し出す。
テーブルはダークブラウンのフレームと天板が強化ガラスで出来ているローテーブル
そこにダイニングテーブルやTV台を追加する。
基本は黒と白のモダンテイストを主軸にし、そこにダークブラウンなどのクラシックな色を入れ
ポイントポイントにアンティーク調の家具を配置した。
TVは奮発してホログラムウィンドウにする。
現代の部屋は照明の管理はすべてオートマチックで調整してくれるが
鴻は精神をすり減らす仕事をしている事もあり
リラックス効果のある間接照明などを購入する。
コーナー用にスタンドライト、その下や窓際に飾る観葉植物。
部屋のダウンスポットライトで照らす用に
ノスタルジック感溢れる海外映画のポスターや抽象絵画。
空気調整も部屋に付いている自動管理機能にお任せなので、香り用のオイルだけ買っておく。
『部屋にいる時くらいは落ち着いて、非日常を忘れたい』
想像以上にその想いが強かったらしく
こだわり始めたら止まらない。
元々そういう性格だったのか、たががはずれたのか
午前中から探し歩き、昼食を食べる事も忘れ夢中になってしまう。
すべて購入しおえたのはもう夕方近くだった。
まだ部屋に設置してないが
購入した事である程度心が満たされ、久々のストレス解消になったようだ。
時間的にもちょうどよかったので
気分的に軽くなったその足で路面店が集まる大通りを外れ
高級住宅街の方へ歩き始めた。
「ちょうどこっちに来たので、今から伺います」
「――――」
「はい。十五分位で着きます。ではまた後で」