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救いのない世界にドロップキック  作者: 星鴉ゆき
第一章 人間の運命は自分の魂の中にある
12/22

11話 鬼神降臨

傷心の心を夜風で癒しながら家に着く。

まだ日が変わるには時間はあるとはいえ


そこそこ夜も遅いので静かに、静かに鍵を開け

そっと壊れ物を触るかのように手のひらで包み込み

必要最低限の力で玄関のノブを捻る。


少しの抵抗も感じず、軋む音もなく開いたドアの向こうには


鬼がいた。


「鴻ちゃんおかえり。遅かったね?」


春とはいえまだ夜は肌寒い。

しかし汗がぶわっと全身の汗腺から吹き出る。


それなりに修羅場をくぐってきた鴻にとって冷静さを欠く状況などそんなにないはずだが


(この殺気……やばいやばいやばすぎる)


「お、おう。た……たらだいま。バイトだったんら」


唇が震えてうまく喋れない。気温とは別の体温を奪う寒さ、悪寒を感じる。

殺るか殺られるか、理性のリミッターを解除しようと思った所で


「玄関で何やってるの? 温めなおしたから、先にお夕飯食べちゃいなさい」


夜見神様の声がした。


「いただきます」


未羽が正面で北斎の『笑い般若』のような顔でずっと見ている事以外には文句のない夕飯だった。

舞雪が後ろで女性アイドルが出ているTVを騒ぎながら見ていたが、それは些細な事だ。


最近はバイト先では会っていたが、深夜に帰ってくる事もあったので

未羽とちゃんと向き合うのは久々だった。


それと学校では避けていたので、不満が溜まってるのは火を見るより明らかだった。


コトッ


「ありがとうございます」


鴻が夕飯を食べ終わる間際、夜見がお茶を入れてくれ

お茶を置いて正面の未羽の隣に座る。


鴻はお茶を一口飲み。


「ごちそうさまでした」


食べ終わるのを律儀に待っていたのであろう、そのタイミングで未羽が切り出した。


「バイトってジャックにいなかったよね? まさかまだあそこでやってるの?」


あそことはもちろん、〝 ‐jack(ジャック) of(オブ) all(オール) trades(トレーズ)‐ 〟の方ではなく『九十九探偵事務所』の事だ


「あ、うん。給料もいいし、強くなれるしね」


「給料って……そんなにお金に困ってる訳じゃないでしょ? 強くなるって危ない事してるでしょ?」


(気づいてるよな)


予想はしていたが、わずかな動揺を顔に出してしまう。


鴻が強くなろうとしてるのは過去に両親が殺された事件が関係している

警察が役にたたないのはこの世界では常識だが

特定はまだしも容疑者の候補すら出ないのも珍しい。


成長するにつれ、事件を客観的に見れば見る程おかしな点が増えてゆく。

家は荒らされた様子はなく物取りの犯行ではないらしい。

しかし友人、知人などの関係者からは動機がありそうな人物は出てこなかったそうだ。

殺害方法からも、怨恨の可能性は限りなく低いと。


鴻が生きている事も多少の疑問が残る。

相手が子供を殺す事に躊躇したのか、存在に気づかなかったのか

誰かが助けに来たのか


なんにせよ仇はまだ表向きは誰にも捕まっていない。どこかで生きているという事だ。


この腐った世の中に当たり前のように起こるような事件だとしても

自分の身の回りで起これば話は別。


『必ず犯人を探し殺す』


人殺しを頑なに嫌がる鴻が持つ唯一の殺意であり

生きる意味の大半、原動力でもある。


鴻の両親が亡くなり、施設に引き取られた後この英守家に来たのは今から二年前

鴻が中学三年生になり、大和高等学校に進学が決まった春の事だった。


家から学校に近いという事もあり、幼い頃に家族ぐるみで交流のあった

英守家、夜見が居候の打診をしてくれた。


年頃の女の子がいるという事もあって鴻は悩んだが、すぐにでも一人暮らしをするつもりで

しばらくの間お世話になる事に。


居心地が良く、二年も居てしまったが。


「危ない……多少ね。多少だよ? 学校で教わらない事を課外授業で教わってるって思えば……」


鴻が軽いノリでかわそうとする所を夜見が遮る。


「鴻君、私は正直あなたが夜遅くなる度に動悸が早くなるんです。心配で心配で

あなたに何かあったらめぐるちゃんとたすくさんに顔向けできません」


「それに進路をどう考えているかとか、夢は何とか、私はもっと……親とまでは言いませんが、親代わりとして接してもらいたいんです。あなたの顔を正面から見たいんです。鴻君と普通のお話がしたんです」


余り得意ではない真面目な空気に鴻は戸惑う。

決して鬱陶しいなどと思っている訳ではない。

幼少期しか本当の親と一緒にいなかった鴻に取って家族のありかたが解らない。

愛情の受け方も解らず不器用になってしまう。


感情をむきだしにして反抗する事も

感情をさらけ出して甘える事も


鴻にはできない、した事がないから。

夜見はその経験をさせてくれるだろう。それだけ深い愛情を感じる。

それを鴻も解ってはいるが、中途半端に大人に近い年齢なのもありできないでいた。


感情的にぶつかってきた相手との温度差にとまどい

ついつい温度差を考慮せず淡々と返してしまう。


「高校を卒業したら、九十九探偵事務所で働くつもりです。その中でやりたい事を探せたらなって」


やりたい事は明確に決まっている。今はそれしか見えていない。

その闇を他人からどううまく隠すかなだけ。


「あ、それで今日は話がありまして……」


神妙な面持ちで話を切り出す鴻に夜見、未羽は背を正し耳を傾けた。


舞雪は聞き耳をたてる。


「一人暮らしをしようと思います」


最近の仕事内容の変化は目まぐるしく

前は、人探し、浮気調査、潜入調査もあったが鴻の力であれば特に問題のないレベルの場所だった。


しかしあの日を境に大きく変わった。


鴻の事、力を評価してくれての事だろう。

何よりこの世界、人を殺した事があるかないかは

非常に重要である。


危険は増えたがその分、給料も飛躍的にアップし

学費を払い一人暮らしも余裕でできる収入にはなっていた。


鴻に貯金額を眺める趣味はない。

しかし、ふと見ると違う意味でため息が出てしまう。


命との天秤にかけた時に多いのか、少ないのかは個人の価値観だが

学生、大人でも目にする人はそう多くない金額なのは確かであった。


今の仕事内容を考えると今後はもっと危険が伴うだろう。

実際関わらないだけで、話に聞く上位ランクの仕事は耳を疑う物も多い。


内容次第では周りに多大な迷惑、いや危険が及ぶ職業だけに

それを危惧した鴻は居候を解消しようと考えた。


「「――へ?」」


寝耳に水。


鴻に取ってはずいぶん前から考えていた事であり

思いつきでは言った訳ではないのだが

ろくに会話をしていなかった家族に伝わっている訳もなく

素っ頓狂な返事させてしまう結果になった。

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