10話 ゴミ処理
余りの惨状に吐き気を催し口を手で押さえるが
「……え?」
手に肉を切ったようなリアルな感触が残っており
まだ血の滑りと温度を感じる。
しかし口に当てた手の平には血も肉片もない。
独特な血の匂いもしない。
意識の焦点が合わさり
歪みと歪みがあるべき形に戻る。
時間は数秒も経っていなかったが
現実に戻ってくると共に呼吸が乱れ疲労感が襲ってくる。
まだ脳が直接揺らされているような感覚は残っているが
大きく息を吸い、すぐに行動を移せるように全身に酸素を送り込む。
「ふぅ……」
(これ以上話す事はない。時間の無駄だ)
血の気が一気に下がったような
先ほどと打って変わって冷静な頭で当初の目的を思い出す。
蝿庭の前にいる二人の捕獲。
ただそれだけ。
余計な事は考えるな。
暴力をより大きな暴力で飲み込む。
この世界の理を苦々しく感じながら大きく叫ぶ
「こい……〝白刃百花〟!!」
足元に練成陣が展開し白く光る闘気が放出され
同時に右手が螺旋に光り、一瞬で武器を形どる。
鴻の〝戎器創造〟は刀。
白刃百花の刀身はその名の通り白く輝き、わずかに見える波紋は細直刃。
振るさいに光を反射し輝く、その姿は花びらが舞うようだ。
煌きと供に刀身が揺らめく。
一呼吸で四つの銃が切断され、空気を斬り裂く音もなく四人の足が斬り裂かれる。
「「――――ツ!!!!」」
耳を貫く男達の悲鳴をものともせず、腰を屈めたまま正面に跳躍。
勢いのまま、左の長壁と雨傘の側頭部を峰で叩きつけ遠心力を使いながら蝿庭を斬りつける。
「おぉ……アブねェ……殺す気かよ。躊躇なくやるねェ……ひひひひ」
「さすがに避けるよな」
衝撃波だけで真っ二つになったソファーから目を逸らし振り向くと
「〝郡蟲羶血〟」
蝿庭の声と同時に五方向からナイフ型の戎器が蟲のように不規則に飛んでくる。
横に飛び避けるが、ソファーに小さいながら穴を開け突き抜けたナイフがすぐに追尾してくる。
(遠隔型か。でも威力が弱い)
五本ほぼ同時に弾き返す、が、すぐに向きを調整しとめどなく降りかかる。
戎器は魂の力を多く使用している為、基本的には破壊されるとすぐには再生できない。
鴻は〝白刃百花〟の細い刀身が見えなくなる程の速度で振りぬく。
五本中三本が破壊され光の泡となって消滅する。
破壊されずに弾き飛んだナイフを両手に持ち、蝿庭が突進してくる。
的確に急所を狙ってくる攻撃は逆に鴻に取ってはやりやすく
連続の突きをすべて捌き、体当たりで距離を取り
空いた距離を使って前蹴りを打ち込む。
その衝撃は凄まじく、何かが破裂したかのような音をさせ
散乱した部屋の中にまだ形を保っていたテーブルを巻き込み壁に激突する。
一瞬白目をむいていたが、すぐに意識を取り戻すと
鴻より先に蝿庭が動いた。
「大人しく死ねええええええええええええ!!」
ここにきても、急所狙いは変えず右手で首筋を斬りつけ、左手で腹部を刺しに来る。
「お前がな」
回転し避ける動作に繋げて右側からなぎ払う。
グシャ
若干防御の体勢に移行していたが、何の意味も持たず
そのまま右腕とアバラを砕いた。
肉が潰れる感触と骨が折れる感触が手に伝わってくる。
闘気を纏っている為、真っ二つとはならなかったが
そのまま弾丸のように勢いよくふっとび防弾ガラスよりも硬い
透過金属で作られた金属ガラスの形を歪める。
転がっている蝿庭に対し、上から最後になるであろう質問を投げかける。
「まだやるのか? 下っ端二人ぐらいいなくなった所で影響ないだろ?」
腕と、アバラが何本か折れ、戎器も何本か消滅している中まだハッキリと意識があるのは
さすが幹部といった所だろう。
脂汗を大量に流しながら震える唇で応答する。
「俺達はお前達みたいな化け物と違って、純粋な力による暴力じゃなくて
恐怖、ハッタリで支配してるんだ。だからっ……認める訳にはいかないんだよ。
自分より大きい暴力に簡単に屈服してたらメンツが……潰れちまう」
下っ端は捨て駒程度に考えていると思っていた鴻は予想外の返答に驚く
こういう奴は生かしておくと損得関係なく復讐をしてくるだろう
メンツという組織の看板を守る為に
「ああ? メンツとかお前らみてーな糞悪党がくせー事言ってんじゃねーぞこの野郎」
蝿庭の自分に酔っているような言い草に、鴻は今にもそれだけで殺せそうな殺意を向ける。
しかし、ここで殺すと間違いなく本隊と揉める事になるなと
今後の事を考えてメリットとデメリットの比重を計算するが
「くそがっ」
殺すのは殺るか殺られるか、そういう状況になった時だけ
荒事に関わる事が多くなり、心が闇に侵食され穢れても
まだ理性が強く残っているのか、鴻は殺すという選択は簡単には取れなかった。
上段に構えた状態から勢いよく刀を振り下ろす。
〝ゴッッッ〟
蝿庭の脳天に刀の峰が打ち落とされ、めりこむ。
頭部と鼻からドロっと血が流れ
ぐるんと眼球が白目に変わると同時に後頭部から倒れこんだ。
「……連絡しなきゃな」
震える手でスマホを操作し、翼に連絡を取る。
ターゲットは捕獲したが、幹部の蝿庭と交戦してしまったと。
誰一人動ける状態ではないが、一応見張る事、五分。
異質な空気を纏った数人の男と女が現れた。
「……〝月陰衆〟」
〝月陰衆〟は九十九の部下で主に拷問、死体処理、口止め、口封じ、など
裏の仕事を任せられている。
死臭とも言える嫌な空気を纏っていて
鴻は生理的に受け付けなかった。
その中でも異彩を放つ人物が一人。黒のパンツスーツに狐のお面。
お面の中から見える目は虹彩が黒く塗りつぶされ狂気に満ちていた。
慣れた手つきで全員を運び出し
鴻に一礼すると風のようにさっていった。
若干気持ち悪さを覚えながら部屋から出ると
多少のざわつきがあり奇異の目で見られるが誰に引き止められるわけでもなく店を出れた。
騒ぎ自体がいつもの事だから騒がないのか
何かの力が働いて緘口令がしかれたのか。
一息つくと、時刻は22時前。今日が終わるまで後二時間しかない。
朝、夜見に言われたとおり今から帰ると連絡し急いで帰ろうとバイクの停めてある場所まで走ると
「……くっ!」
今日何度目かの苦い顔、奥歯が無くなるかと思うほどに噛み締める。
バイクにはでかでかと『駐車違反』と書かれたステッカーが貼られていた。
『透過金属 ディファニスメタル』
透過金属>>強化ガラス>>ガラス