プロローグ『英雄への一歩』
「余が世界を征服したら、貴様にその半分をくれてやろう」
尊厳な調べの如き声音は、静寂な夜半の空を震わす。
そして。
「その代わり、余の仲間になれ」
と少女は笑った。
凄惨に笑った。
息を呑む。
呼吸すら忘れ、思考すらままならない。
それほどまでに目の前の少女は、もう死んでもいいとさえ思えるほど美しかった。
膝まで伸びる髪は、光を湛えるかのような白く眩い。
凛々しくも怪しげな光を宿す双眸は、血のように紅い。
まだ幼さが残っている、それでも女神と見紛うかのような顔立ち。
それでも彼女の存在はその端麗な容姿が霞むほど圧倒的だった。
すべて思い通りになる、自身の力を信じて疑わない、それ以外の力を許さないそんなどこまでも傲慢不遜な強さは。
俺の憧憬を、
俺の英雄を、
俺の心さえ、
嘲笑い、容易く奪い去った。
それほどまでに少女は、
暴力的なまでに、
孤高だった。
しかし、それは至極当然なのだろう。
身体つきが幼いものの、少女は数多の魔族を従えてきた魔王なのだから。
その気にさえなれば、世界をも滅ぼせる力があるのを俺はここ最近のことで痛いほど思い知った。
(世界の半分、か……)
英雄譚の最期を思わせるその台詞は、言われてみると案外魅力的なものなのかもしれない。
と同時に、今となって心から初めて英雄になりたいと、思えた。
そう思うと身体からふっと力が抜け、俺は自嘲気味に嗤う。
あまりにも遅すぎる願いだった。
(もう俺は英雄にはなれない。ーーーそれでも)
俺は片膝をつく。
さながら魔王に忠誠を誓うように。
「……お前の、英雄になりたい」
誰かの英雄じゃない。
ただ一人の、この少女の英雄に。
これは俺の一方的な一目惚れでしかない。
英雄に憧れたただの村人が魔王と世界を征服する滑稽な物語。
「あぁ。余の英雄は貴様だ」
そしてやはり、彼女は凄惨に笑った。
読んで下さった方、ありがとうございます。かなり拙かったかと思います。100%趣味で書いたので人によってはつまらない、なんて声もあると思いますが、趣味なのでご容赦ください。更新が遅めなのですみません。