6.古いアパート
待ち合わせの場所に向かったがまだ、誰も来ていなかった。集合時間20分前。少し早く来すぎたかもしれない。集合場所に選んだのは駅を出てすぐにある大きな時計塔だ。集合場所にしては物凄くベタだが、時間も確認できて一石二鳥だった。
暫く暇な時間が出来てしまった。目の前を人馴れした鳩がヨチヨチと歩く。そんなものをボーっと見ても流石にこれで時間は潰せない。
「はぁ……。暑いな。早く来ないかな。──って俺が早く来すぎただけなんだけどな」
暑さに耐えかねて時計塔の近くにあった木陰のベンチに腰を下ろした。時間が近まったら、また時計塔の前に出ればいい。そう思いながら、取りあえずラインを開く。
<時計塔の前に付いた。暑くて溶けそうだ>
例のグループラインに到着の報告をした。二人ともまだ電車の中なのか、あっという間に既読がつく。
<お前張り切りすぎかよ笑 着くの早すぎじゃね笑>
レンタが返信する。全くその通りだ。俺は張り切りすぎだ。だが、ここ数日、アンナから手紙が来て以降、自分でも自覚するほど気分が高まっている。恥ずかしいくらいだ。
<あと少しで着くから我慢して待っててくれ>
続いてリョウが返信する。どうやら二人ともあと少しで到着するということだった。
──十数分後、リョウから再び、ラインが来た。駅の改札を出たということだった。俺は再び、ベンチから腰を上げて、件の時計塔のところに立つ。また人馴れした鳩がぽっぽぽっぽと近づいてくる。もうそろそろリョウがいてもおかしくない頃に差し掛かってきた。
「どこだリョウ……」
俺は時計塔を中心にグルグルと辺りを見渡す。その時、再びラインが鳴った。
<ユウタどこにいる? もう時計塔の近くにいるんだけど>
ラインを見て驚く。もう俺の見える範囲にいるというのか。全く気づかない。そんなに容姿が変わってしまったのだろうか。
「おいユウタ。ユウタだろ?」
電話で聞いたあの声が突然聞こえた。髪を茶髪にして、前髪が少し目に掛かるくらいの長さだった。これはどうやっても気づかない。
「リョウ……?リョウなのか?」
「それ以外の何があるんだよ」
「変わったな。ほんと、雰囲気変わりすぎだよ」
「お前は変わらなさすぎだ」
俺らは夏の日差しで目を細めながら笑う。眩しさで元々目を細めていたのだが、笑ったせいで余計に目が細くなる。
「おーい二人とも! 遅くなってすまない」
その時、背後から高校の頃まで聞きなれた声が聞こえた。振り向くと高校の頃と変わらない容姿端麗な姿が見える。──これでやっと三人が揃うことになった。
──駅からどのくらい歩いただろうか。すっかり裏道の入り組んだところを歩いていた。本当に辿り着くのか。そのくらい狭い道で、また薄暗いところだった。
「本当にここらで合ってるんだよな……」
「あぁ。位置情報はちゃんと示してる」
レンタがスマホを見ながら道を指さす。大通りからすっかり外れて人気のない通りは少し恐怖を感じる。こんなところにアケミが住んでいるのか。昔のアケミを探してならない。そうは思っていても、どうしても昔のアケミが頭の中をよぎる。
「──ここだ」
レンタが立ち止まって指さしたところにあったのは雑居ビルに挟まれた空間に無理やり押し込まれたような古びたアパートだった。
「また随分と年季が入った建物だな」
リョウはアパートを見上げながら言った。確かにその通りで、築50年は下らないレベルの古さだった。ここにアケミが住んでいるのか。
「取りあえず、ポストを見よう」
レンタを先頭にアパートの入り口に向かう。ポストに掠れた文字で薄っすらと書かれた「七原」の文字。部屋は201号室だった。ミシリミシリと音を立てながら俺たちは階段を上がった。
「このドアだな」
そしてついに辿り着いた七原のアパート。七原という苗字はそう多くないということもあって、薄々ここに七原がいるという根拠の浅い確信が生まれていた。俺も含め妙な緊張感が張り詰めていた。昔の友人に会うのにこんなにも緊張しなければならないのか。変な感覚だった。
「押すよ」
計画を半ば強引に押した俺がインターホンを押すこととなった。
──そして俺はインターホンを押した。