出会い
「……ねえ、春ちゃん」
「何?」
「これから何処に向かうの?」
「……分からないけど、とりあえずここから離れなきゃ」
「……そうですよね、まずここから離れないと」
確かに行き先は不明だけど、とりあえず、軍が追跡しなさそうな場所まで行かないと、と、そんなことを考えながら歩いていると、突然春ちゃんが踏み止まった。
「どうしたの?」
「……隠れてないで出てきなさい! もうバレてるんだから!」
そう春ちゃんは後ろに振り向いて言った。
その春ちゃんの言葉で、一人の兵士みたいな少し暗い青のジャージを着た男が石の物陰から出てきた。
「い、いつのまに!」
いつの間にこんな近くに男の人がいたなんて、気付きもしなかった。
えっ……ちょっと、待って、兵士ってことは!
「あ、あの、春ちゃん……兵士に見つかったらやばくないですか?」
そう心配そうに聞く私を見て男の人は少し笑ってこう言った。
「大丈夫だよ、ほかの皆には言ってないから」
「えっ?」
動揺している私たちに男の人は「早く逃げな」と言った。
「ちょっ、どういうこと?」
その男の人に春ちゃんが問い詰めた。
それはそうだろう。盗んだ犯人を逃がすなんてまず、あり得ない。しかも、それが大事な食料を盗んだ奴ならなおさら……。
そんな疑問の中、男の人は「いや、何か可愛そうだな~と思ってさ」と口にした。
「か、可愛そう?」
私が首を傾げると、男の人はうなずいた。
「まさか、盗人がまだこんな幼い女の子だって思いもしなかったからさ」
「な、何よ! それで情けをかけたつもり!?」
その男の人の言葉に春ちゃんは反論した。
「そ、そういうわけじゃあないんだ。ただ、悲しくて」
「か、悲しい?」
「この戦場で、幼い子供が生きるために盗みをしてるってことがさ」
「!」
「な、何よ、結局情けじゃない!」
「……まあ、結局はそうなるかな、でも、俺には君たちとあいつの気が済む方法として殺させたくないんだ」
男の人は拳を握り締めながらそう言った。
「あいつ?」
「……俺たちの上司で、気がすまないことがあると、部下を殺すんだ」「えっ!」
こ、殺す?
じ、自分の……仲間を?
「し、信じられない……」
私が少し手を震わせて心の中で思ったことを口にすると、春ちゃんは「よくそんな奴の所で働いているわね」と言った。
春ちゃんって、私と同じ年ぐらいなのに、凄く冷静だな~私も、こんな風にならなきゃ!
私は決心して震える手を押さえた。
「……まあ、家族のためさ」
「家族?」
「ああ、妻と子がな……知ってのとおり、枯渇問題で食料物価はとんでもなく飛躍してしまった……それこそ、100円が10000円になるくらいにな……まあ、人工的に作れるのもあるんだが、とてもじゃないが輸入やら輸出やらできる余裕なんかありゃしない、だからこそ、この奪い合いの戦争が起った……まあ、子供にこんなこと話しても分からないか」
「ば、馬鹿にしないでよ!」
そう春ちゃんは少し怒った顔で言った。
「いやいや、冗談だよ……まっ、こんな所で長話してて見つかったら大変だ。何せ、そのデカイ袋が目立つからな」
そう私が持っている少し大きめな袋を見て言った。
「……本当に良いの?」
「俺には君たちを殺すことなんて出来ないさ、そんなことしたら、一生後悔する……だから、逃げて生き延びろ!」
そう男の人は、私と春ちゃんの肩に手を乗せて笑った。
「……あ、ありがとうございます! えっと、お名前は?」
私がお礼を言って名前を聞くと「ああ、直人だ。真っ直ぐな人と書いてなおとだ」と教えてくれた。
「あ、ありがとうございます! 直人さん!」
私が改めてお礼を言うと、春ちゃんも「あ、ありがと……見逃してくれて」と少し照れた様子で言った。
あまり、お礼を言うのは珍しいのかな? 春ちゃん。
そう思っていると、直人さんが私のことをじっと見ていることに気がついた。
「な、何ですか?」
「いや……服がボロボロだな~と思って」
「そ、そうですけど……何か?」
私がそう聞くと、春ちゃんは顔を赤くして「ま、まさか貴方!」と問いただした。
「ち、違うよ!」
そう直人さんは同じく顔を赤くさせて弁解した。
どういうことだろう?
私が首を傾げていると、今度は二人がえっ? と口にした。
「ど、どうしたんですか?」
私がそう聞くと、二人は「何でもない」と口にした。
そして、突然直人さんがジャージを脱いで私に羽織った。
「えっ?」
「そんなボロボロな服じゃあ、風邪引くからな……これやるわ」
「えっ、い、いいんですか?」
私が少し恥ずかしながら聞くと直人さんは「もちろんだ」と笑った。
「ほ、本当にありがと……ボロちゃんの服までくれて」
そう春ちゃんはまた照れた様子でお礼を言った。
「別にいいさ…………あと、これからどこに向かうつもりだ?」
「ど、どこって……言われても」
春ちゃんは少し困った様子で答えた。
「じゃあ……日本を目指せ」
「日本?」
そこって、確か春ちゃんの故郷……。
「ああ……あそこだけが唯一戦争に巻き込まれてないんだ」
「えっ!?」
巻き込まれてないって、どういうこと?
それってつまり、食料が不足してないってこと?
でも……そんなの……。
私が考え込んでいると、春ちゃんが直人さんにこう聞いた。
「戦争に巻き込まれてないなら、何で皆そこに行こうとしたり輸出をお願いしようとしなかったの?」
た、確かに……春ちゃんの言うとおり巻き込まれてないのなら皆そこに逃げこむか、輸出をお願いすれば良いのに。
「……じつは、あそこは最後の日米首脳会議で子供しか受け付けないと言っているんだ」
「子供しか?」
「ああ……だから日本を目指せ! それが唯一の希望だ……俺は子供じゃあないから行けないけど、見守っているぜ……」
そう言ってズボンの右ポケットから地図を取り出した。
「とりあえず、ここから日本には数千キロも離れている」
「す、数千キロ!?」
その言葉に私と春ちゃんは絶句した。
そんな遠いのに、行けるわけない……。
私が絶望に浸っていると、直人さんが「そう落ち込むな、方法はある」と言って、さらにあるバッチを取り出した。
そのバッチには表面にナオト&ケツァールと緑で書かれていた。
「直人さん……これは?」
「俺の友人だ……このバッチを見せれば、信用してくれるはずだ……実はケツァールは戦場ジャーナリストでヘリを持っているんだ、そこから日本に行けばいい」
そう直人さんは言ったが、ヘリなんて打ち落とされないだろうか?
そう思っていると直人さんが「大丈夫だよ、実は戦場ジャーナリストには危害を加えてはいけないという保障の規定があるんだ……」と補足した。
「そ、そうなんですか……」
「ああ、実際には全然保障などはされてないが、少なくとも、リスクは狭まる」
さらにそう付けたしして、春ちゃんにバッチと地図を渡した。
「2人とも……生き延びろよ……場所は裏に書いてあるし、ここら辺から南西にずっと真っ直ぐ着くから」
「あ、ありがとうございます」
「良いって、じゃあな」
そう言い残して、直人さんは自分の軍の方向に歩いていった。
「行っちゃいましたね……」
「そうね」
「……」
私はバッチの裏面を見ると、そこにはサン・イシドロ san lsidro de EI GeneraIと書かれていた。
「行ってみますか……」
「ええ……それが私達の唯一の希望なら、賭けてみる価値はあるわ」
頷いた春ちゃんと一緒にサン・イシドロ san lsidro de EI GeneraIへと歩を進めた。
サンイシドロというのはちなみに本当にあります