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殺人鬼は戦争で

正四角形の世界、そこには二つの国があった。一つは、宗教によって力を得たブーゲンビル。もう一つは、王とそれを支える貴族によって統治されたトルキスタン。長きに渡って両国は戦争を続けてきた。国が疲弊するたびに停戦し、ようやく元に戻ったと思えば、また戦争をする。それを両国ができた日から繰り返してきた。そして、一つの哀しい悲劇が生まれた。


 トルキスタン領のとある町にナブラという少年がいた。彼は王の命令で連れて行かれた父の事を聞きに、母の部屋に訪れた。

「お父さんは、いつ?」

「さあ、わからないわ」

 母さんは目を向けることなく愛人のための服を選んでいた。大柄な男でも全身を映す鏡を見ながら、派手な衣装を着ては脱いでを繰り返していた。厚化粧と整えられた黒髪が、男を臭わせる。

「また愛人のところに行くのか? 父さんが心配じゃないのかよ」

「たぶん戻らないわよ。あの人、戦争に行ったのだから」

 母さんはどうでも良い隣人の事のように言った。それが許せなかった。

「自分の男の命はどうでもいいってわけか!」

「あなたも知っているでしょ。私たちは冷め切ってるのよ。どこもよそうよ。男は戦地に行くもの。いつ呼ばれるかわからないから好き勝手にやる。それに愛想が尽かないわけないじゃない」

 背中の開いた赤いドレスを選んだ母さんは、愛人にやる花と手持ち鞄を持ち、

「行ってくるわ」

「せめて僕の前では親をしろよ!」

「十五の男が親を求めんじゃないよ」

 そう吐き捨て、母さんは愛人の下へ行った。一人残された僕は母に対する怒りを抑え、自室に戻る。母さんの寝室の半分ほどの部屋にはベッドと簡単な机と椅子しかなかった。机の上には、伏せられた家族写真が一枚あるだけだった。ベッドに転がり横になる。自分の求めているもの、それと釣り合わない現実。それを考えると母さんに対する怒り、父に対する不安。それらが憤りとして湧き上がる。

「くそっ!」

 ベッドに拳を叩きつけるが、気分は晴れない。むしろイライラは増していくばかりだ。

「ナブラ」

 窓から呼ぶ声がした。一度無視するが、相手は何度も呼び諦めない。一つため息をつき窓を開け、言う。

「なんだってんだよ」

「また不機嫌ね。おいしい紅茶を貰ったの」

「ロテ、今はいいよ。そういう気分じゃない」

「不貞腐れても時間を浪費するだけだわ。早く着なさいよ。用意はできているのだから」

 相変わらず、ロテはこちらの言うことに耳を傾けない。僕がどれだけ抵抗しても、ロテは諦めてくれない。それを知る僕は早々に承諾の言葉を送る。

「わかったよ」

 隣のロテは友達のいない僕にいつもかまう。学校で静かにご飯を食べているときでさえ、無神経にやってくる。今日もだ。しかも決まって不機嫌な時に。

 口に出さない声でぶつぶつ文句を言いながら、ロテの家に向かう。声が聞こえる程度の距離直ぐ着いた。トルキスタンの貴族特有の円筒の家。レンガで造られていて嵐が来てもびくともしない。僕の家も同様の造りになっている。玄関を抜け、螺旋階段を上る。少し上がると内側の壁に扉があるがそこはロテの部屋じゃない。一つ目の扉はどこの家もリビングになっている。二つ目を過ぎ、三つ目の扉を開けると、ロテは木製の椅子に座っていた。金髪の髪と均整の取れた顔は女性として魅力的だ。

「ノックくらいしなさいよ」

「わかってるだろ」

「それでも、礼儀は必要よ。私は女性だもの」

 黒塗りのテーブルには、湯気をあげるカップが二つとクッキーがある。

「それは?」

「紅茶よ」

「違うよ。クッキーはどうしたんだ?」

「紅茶だけじゃ寂しいでしょ。座ったら?」

「うん」

 黒塗りの椅子に座り、紅茶を一口飲む。

「おいしいよ」

「クッキーもどうぞ」

 勧められるクッキーを一つ食べる。売り物にしてはどこか違和感のある味だった。ぼそぼそとしておいしくない。口の中の水分が吸い取られ気持ち悪い。直ぐに紅茶を一口飲む。ロテを見ると顔が膨れていた。

「少しくらい気を遣ってくれてもよかったのよ」

「味見はしたか?」

「自分でまずいと思ったものを人に出すとでも?」

「誰かに味見させろよ。食えたもんじゃない」

「せっかく作ったのに……」

 怒られた犬のようにシュンとしてしまった。うるさいくせに、強く言われるといつもこうなる。だから女の人を面倒だと思う。

「悪かったよ。だが、料理はうまくなくっちゃもらい手がないぜ」

そう言い、うまくもないクッキーを口に放り込む。

「そういえば、ロテの父さんも招集されたんだって?」

「ええ、お母さんは大丈夫だって言ってるけど、心配でたまらないわ。戦地に行くのよ。無事で帰ってこられるかどうか……」

「ロテは恵まれてるよ。優しい両親がいる」

「ナブラのお母さんだって優しいわ」

「外面だけさ。話さなかったか? 僕には母さんと父さんがいても、親がいないんだよ」

「それでも、貴方の両親よ。戦争が終わればきっと良くなるわ」

「だといいけれど……。ごちそうさま、もう行くよ」

 そう言って席を立つ。心配そうに見つめるロテに僕は、

「大丈夫さ。心配されるほど、僕は子供じゃない」

「気を張っても、いずれは疲れてしまうわ。いつでも言って。私にはそれしかできないの」

「ありがとう」

 そう言って、ロテの部屋を出た。ロテの言った通り、いつか戦争が終わって父さんが無事に帰ってきて……、そうしたら僕たちは家族になれる、かもしれないと思っていた。

 三日後、王の使者が来た。一人は高級貴族特徴のモーニングコートを着ている。後ろには軍服を来た男が二人、一人はいつでも撃てるように腰に手を当てている。どれも男だ。

「国王陛下トーラーの命で来た。ナブラ。ナブラ・レスダンはいるか?」

「それは僕です」

「そうか」

 使者はコートの内ポケットから赤紙を出し、読み上げた。

「トルキスタン王国を統べる偉大なるトーラーは今日まで、この世の害悪であるブーゲンビルと勇敢に戦ってきた」

 父さんが戦地で功績を上げたのか? だったら、中流貴族に昇格できるかもしれない。そうしたら、ロテを呼んでパーティーだ。  「だが、トーラー一人ではこの戦いに勝つことは困難である。よってトルキスタン王国民であるナブラ・レスダンに軍人として、戦地に赴いてもらう。トルキスタン王国軍アルフォート隊として、敵兵を一人でも打倒しトーラーに貢献してもらいたい」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 僕はまだ十八歳じゃありません」

 信じられなかった。まだ十五だから大丈夫。そう思っていた。使者はこちらが混乱している事を知ろうともせず、

「決まったことだ。君の母親にも話をつけてある」

「そんな! 僕は聞いていません!」

「貴様の事情など知った事か。連れて行け」

 軍服を来た二人が僕の手を引く。

「勝手じゃないですか! 少しは時間をくださいよ」

 暴れる僕に、軍人の一人が銃を突きつける。殺されてしまう。それを見た瞬間に思った。体が石のように塊り、抵抗もできずそのまま車に乗せられてしまった。車の中で暴れないように、軍人二人は後部座席に僕を挟むようにして座る。使者は助手席に乗り、乗っていた運転手は車を前進させた。

 ロテの家を通り過ぎる時、彼女は外に出ていた。訝しげに僕の家から来る車を見て、僕と、使者に気づいたらしい。ナブラ、ナブラと僕を呼ぶ声がかすかに聞こえる。彼女と最後に話をしたかった。だから、僕は使者に神にでも頼むように言った。

「お願いします。車を止めて下さい。あの子と、最後に話をしたいんです」

「そんな予定はない」

 使者はこちらを見もせずに答えた。僕みたいな下級貴族出身には、人権もないのか! そう言ってやりたかった。ロテは加速する車に手を振りながら走ってくる。

「お願いしますよ。もう逢えないかもしれないんです」

 使者はもう答えてはくれなかった。でも、軍人の一人が情けをくれた。

「おい、車を止めろ」

「し、しかし」

 運転手は使者を横目で見る。使者はため息を吐き、

「止めたければ止めるといい。しかし貴様に次の仕事があると思うなよ」

「すみません」

 運転手は頭を下げ車を止めた。使者は舌打ちをし、軍人は僕を外へと出してくれた。

「ロテ!」

 駆けてくるロテに僕も駆ける。

「ナブラ!」

 お互い抱き合い、一周クルッと回った。ロテの顔を見ると瞳が濡れていた。

「泣く事ないだろ」

「どうしてナブラが? まだ徴兵される歳じゃないでしょう」

「僕にもわからないよ。頭が混乱している」

「間違いじゃないの? 私も一緒に行くわ」

 君はいつだって僕のことを……。だからこそ君にはここにいて欲しい。

「大丈夫さ。僕は死なない。世界はそういうふうにできているんだ」 

「いいえ、貴方を一人にはさせないわ。待っててね。私も行くから」 

「来ちゃダメだ! 戦場に行くってことは人を殺したり、殺されたりするんだぞ」

「女は待つだけなの? 私は嫌よ! 貴方がどこかに行くって言うのなら、私もそこへ行くわ」

「ダメだよロテ。それだけはダメだ。たぶんここ以外の場所で君と会う僕は、ナブラっていう人間じゃないよ。君が傷つく」

「それなら取り戻してみせるわ。戦場で見る貴方を一つ一つ拾って、元のナブラにする」

 ロテは僕の言うことを聞いてはくれない。どうにかして止めなくては……そう思い説得の言葉を言おうとした時、後ろから声が聞こえた。

「おい! 時間だ」

 軍人と運転手が外で待っている。たぶん使者が促したのだろう。

「もう行かなくちゃ」

「待って」

 そう言うと、ロテは自分の髪を一本抜き僕の左手薬指に結びつけた。

「お守りよ。私が行くまで死んじゃ嫌よ」

「ありがとう。必ず戻ってくる」

 繋いでいた手を離し僕は車へ、ロテは涙を流しながら僕を見つめる。車に着くと、軍人と運転手に礼を言った。軍人は気にするなと、運転手はこれで嫌な仕事がなくなったと、使者に聞こえない声で言った。

 それから一時間車に乗り、電車で一時間、また車で三十分と多くの時間を使って軍司令部に着いた。軍人二人と僕は車から降り、使者と運転手は僕らをおいて何処かへ行ってしまった。

最前基地ではないため、塹壕やら砲台やらはない。長方形の建物が中級貴族の建物くらいある。その横には高級貴族の建物。この二つの建物の後ろには、一個大隊が自由に訓練できるくらいの土地がある。

「あそこに行くんですよね?」

 長方形の建物を指しながら言った。だが、軍人は僕の答えに頷きはしなかった。

「お前は違う。ついて来い」

 軍人に連れられ、二つの建物の後ろに回ると、あの広い土地の先に小さな建物があった。これも長方形の建物だが、下級貴族の家程度の高さしかない。

「差別ですか?」

「区別だ。お前たちは一般兵ではない」

「アルフォート隊とかっていうのが関係しているんですね? なんなんです?」

「知らん。一般将校に上の人間が情報を吐くわけがなかろう。さあ行け。俺達はここまでだ」

「そうですか。ありがとうございました。よければ名前を聞かせてもらえませんか? 僕はナブラ・レスダンです」

「何も知らんのだな……。ナブラ、知り合いは少ない方がいい。少なければ少ないほど傷つかずに済むんだからな」

 そう言い、二人は高級貴族の建物に向かって歩いて行った。その背中はとても頼りなかった。戦争で疲れた背中、若者を死地に連れて行く罪悪感に苦しむ背中。彼らはそれを背負って生きているんだろう。僕は、それに耐えることができるのだろうか……。これから体験することに答えを見出すことはできなかった。僕はこうなったら? ああなったら? と考えながら、小さな建物に足を向けた。


 建物に入るなり教官室に連れて行かれた。部屋にはいると、十四人の男と一人の教官がいた。

「名は?」

 教官の問に姿勢を改め、答える。

「ナブラ・レスダンです」

 緊張した固い声が部屋に響いた。

「並べ」

「はい」

 列に入れてもらい、教官に顔を向ける。

「揃ったな。よく聞け! 貴様らを軍人にするオラン・オレン大尉である。期間は三ヶ月、それからは貴様らの指揮官として共に戦場へ出る。時間はない。休める日があると思うなよ」

 教官のドスの聞いた声に全員が固まった。音がなくなり、教官室に静寂が存在を露わにする。それは空気を重くし、僕たちアルフォート隊を酸欠に追い込もうとしているように、感じる。

「返事!」

「……はい」

 教官の声に反応できなかったもの、反応しても息を合わせる事ができず、まとまりのない返事をしたもの。それらが発する音に教官はもう一声入れる。

「声が小さい!」

「はい!」

 二度目の失敗はなかった。全員が声を揃え腹から声を出した。空気が変わった。重いものから張り詰めたものへと。息は吸える。体も固くない。運動をする前の心地良い緊張感だ。

「十五分で訓練服に着替えて外へ出ろ。遅れた人数分訓練を増やす」

「はい!」 

 僕らは駆けた。それぞれの名前が書かれている部屋に入り訓練服を着る。訓練服はどこにでもあるスポーツスーツだった。伸縮性、汗の吸引性、機動性はどれも申し分ないものだ。十分で全員揃い、教官は僕たちに言う。

「今日は走れ。この一個大隊が自由に動けるここでだ。先ずは十周だ。列を作れ、足を揃えろ。貴様達は一個の隊だからな」

 三列作り僕らは走った。ランニングと言っていい。二十分で半周、五十分で二周目に入らなければならない。時間制限を設けられ僕らは必死に走った。最初の方は何とかついていけたが、三周目からは個々の体力の差が出始めた。列から数人脱落する。四周目が終わる頃には半分もいなかった。そして六週目になったとき、列は崩壊し皆散らばって走っていた。その間教官は遅れている人に罵声を浴びせていたが、列がなくなるやいなや教官室に戻ってしまった。

 僕らが十周を走り終わったのは夕刻だった。みんな地面に寝転び空気を食べるように吸っている。そこに教官がやって来た。

「起きろ! 貴様らのノルマは終わっていない。さっさと部屋にあるシャワーを浴びて、食堂に集合だ」

「は……はい」

 力のない返事を個々が出し、重い体を引きずって部屋に向かった。シャワーを浴びた後、一階の食堂に集合した。そこは調理室などなく、長テーブルが二つと一人用のテーブルが一つあるだけだった。テーブルには教官を含めた十六人分の干し肉とパンと水が置かれている。

「戦場ではゆっくり食事をする暇はない。ここも戦場だ。貴様らに休息はない。五分で食え。時間が来たら取り上げる!」

 それを聞いた瞬間、僕らは獣のようにパンに喰らいつき、干し肉を押し込め、水を流し込んだ。一日中走り回っていたせいでお腹が減っていた。僕たちは誰一人食べ残すことなく、時間内に食べ終えることができた。それからが地獄だった。また外に出て、十周走らされた。前回と同じようにバラバラになり、教官は寝るために部屋に戻った。僕たちのノルマは深夜までかかった。動けるようになった人がまだ倒れている人に手を貸し、一緒に部屋に帰る。僕らにも少しだけ連帯感が出来上がってきた。

 次の日、朝四時に教官の怒声が鳴り響いた。

「いつまで寝ている!! さっさと着替えて走れ!」

 叩き起こされ、重い瞼を気合と恐怖で押上げ、僕らはまた走った。前日よりはいくばくか早く走れるようになった。脱落者は出るものの列は最後まで崩すことはなかった。ペース配分がわかり、体が慣れたせいだろう。教官も僕らの適応能力に少しばかり驚いていた。

 走るだけの生活が二週間続き、僕らは二時間半程度で十周を完走できるようになった。そして教官は僕たちに次のノルマを与えた。筋トレと基礎装備となるガルグイユを使った訓練だ。

ガルグイユは何百年と続く戦いの中で生み出された兵器だ。全身を覆う鉄のスーツで体の大きさに合わせて、ある程度調整することができる。基本色は黒だが、隊や階級によって違ったりもする。僕たちのは、基本色は赤で所々に黒が入っている。頭部デザインは鬼を思わせる角が二本と、強張った顔をした男のようなデザインが施されている。各装甲は、被弾してもいいように曲線を描いている。また背中には小型スラスターとブースターが、膝裏にもスラスターが装備されている。ブーゲンビルにも同じ兵器、ヴァイスがある。

筋トレは腕立て、腹筋、背筋、スクワットなど、体の全筋肉を痛めつけた。これも一日かかり、寝る間を惜しんでノルマを達成した。ガルグイユを使った訓練は機動能力に重きを置かれた。スラスターを使った移動に、ブースターを使った高速移動。またガルグイユを装備したままでの体術や武器の訓練。走るほどきつくはなかったものの、下手をすれば絶命しかねないものを使用しての訓練で、毎日精神的に参っていた。


三ヶ月後、僕らは一端の兵士になっていた。なっていたと思っていた。全訓練を終え、教官と僕たちはその次の日には戦場へと招集された。場所は平原地帯、六個師団の激突を僕らは目にするのだった。

 そこへは車での移動だった。二人乗りのトラックの荷台に僕たち十五人乗せられた。教官、オラン大尉は助手席に乗り運転手である伍長と会話をしていた。僕らは恐怖と不安で会話をする余裕もなく、ただただ接敵しないことを祈っていた。

「僕たち、また戻れるのかな……?」

 アルフォート隊の中で一番内気のヌー・ガネメが独り事のように呟いた。平均的な顔と身体がその存在を、内面とともにさらに弱そうに見せている。ヌーの声は全員に聞こえ、皆を引っ張ってきたカロラ・コロラが、

「あんまり不安にさせるなよ。お前だけじゃないんだぞ」

 大きな体をヌーに押し付けるようにして言う。

「……ごめん」

「何か話さないか? これじゃあ死にに行くみたいじゃないか」

 隊の中で一番年上、十八歳のリスト・バンドが空気を変えるために提案をした。

「実際そうだろ。今回生き残っても次はどうか……。僕たち全員下級貴族なんだから、お偉い方は僕たちが死のうが気にも留めないよ」

「タウォン!!」

 カロラがタウォン・イスの絶望的な見解を止める。彼は現実が見える男で、頭も回る。だからこそこういった状況では周りを不快にさせる存在になる。

「本当のことだ」

「それでも生き残るためになんとかするんだろ! 死にたいやつなんかいるかよ」

「それは僕も同じさ。だったらどうやって生き残るよ?」

 挑発するようにタウォンがカロラに聞く。

「それは……」

 答えられなかった。カロラ以外の人に聞いても誰も答えられなかっただろう。それでも、考えることをやめるわけにはいかなかった。ロテに会うためには……!

「そう悲観的にならないでもいいだろ。今回の主役は今まで戦場で戦ってきた部隊だ。僕たちは後方に控える。要するに見学みたいなものだよ」

「じゃあ聞くが、その主役が崩れた時誰が前線を死守する?」

「撤退命令が出るだろ」

「上に打診している間にも戦場は動くんだよ。それに勝ったとしても追撃戦がある。手負いだとしても、追い詰められた鼠は猫をも襲う」

「じゃあ、三人組を作ろうよ」

 ノイド・スプカが助け舟を出してくれた。彼は気が利き、疲れて倒れている人に、よく声をかけたり水をやったりしていた。

「そうか。そうすれば、多少は生き残れる可能性が見出せる。それは勝っても負けてもやるんだろ?」

「そう、だと思うよ?」

 ノイドは周りに意見を求めるように、視線を泳がす。それを見て各々が肯定の意見を述べた。明るい未来が見え始め、体の力が抜けたのだろう。皆好き勝手に話し始めた。僕は気を利かせてくれたノイドに話しかけた。

「さっきはありがとう」

「暗い雰囲気は好きじゃないんだ」

「訓練中もみんなに声かけてたよな」

「辛いだろ? 一人で頑張って誰にも見向きもされないって」

「そうだね。一つ聞いてもいいかな?」

「どうぞ」

「招集された時、君の両親は何をしてた?」

 気になっていた。母さんは僕を軍に売った。じゃあ、本当の母親というものは、軍に招集される子供を見てどうするのだろうか。それを聞きたかった。

「何かの間違いだと、使者相手に立ち向かっていたよ。でも、軍人に取り押さえられて……泣きながら連れて行かれる僕を見ていた」

「良い両親だ」

「ナブラは?」

「僕には家族がいなくてね。一人、幼馴染が僕のことを気遣ってくれたよ」

 そう言って、指に結ばれている髪を見せる。

「お互い置いてきたものは大きいね」

「ああ」

 ロテ、僕は死んだりなんかしない。またあそこに戻って、そしたら二人で暮らすんだ。両親を捨てて、どこか遠くへ。

 アルフォート隊のメンバーと他愛のない話をしながら、僕たちは戦場へと向かった。


 僕らが戦場へ着いた時、突撃の命令が下った。オラン大尉に続いて急いでこの戦場の総指揮者がいる所に向かった。

「遅れて申し訳ありません! オランとアルフォート隊到着しました。戦況の方は?」

「問題はない。今のところはな。アルフォート隊はOブロックとKブロックに着け、もしもの時私達の撤退を手伝うんだ。うまく行けば、全面に展開する師団と共に敵を追撃しろ。新米だが、無傷の部隊だ。その時の戦果は君たちにかかっている」

「はっ!」

 僕たちはトラックに積んでいるガルグイユの装備にとりかかった。背負うようにして腕から胸、腰と足、そして頭と順番に装着してする。基本装備のクレイモアと拳銃の最終チェックも行う。

「なあ、ブロックってなんのことだ?」

 ノイドが問うが、僕も知らない。だが答えられないわけではなかった。

「たぶんこの一体をアルファベットで区切ってんだろ。それにブリーフィングだってやるはずだよ」

「おい! 急げよ。俺達が呑気に喋ってる間も戦争はやってんだ」

 世話役のメンボ・シロンボが皆を急かす。

「話は後だな。急ごう」

 腰にあるポインターに拳銃とクレイモアを固定し、急いで集合地点のOブロックに向かった。

「いいか? ここは右から縦にA、B、C、Dとなっている。六列に四つのアルファベットというわけだ。前列の二ブロックは前線だ。あまり突出し過ぎるとすぐに死ぬぞ」

 死ぬ。その言葉が現実味を帯び、僕たちの体を絡め取ろうとしている。それを僕たちは最善の手を尽くして、振り払わなければならない。オラン大尉の指揮に従うのはもちろん、僕たちも各々で考えて行動しなければいけない。

「提案があります」

「ナブラか。言ってみろ」

「僕たちの個々の戦力は素人同然です。ですからそれを補えるように、三人一組で一個の隊として行動するのです」

「俺の指示が出た時は従ってもらえるのだろうな」

「無論。僕たちはアルフォート隊ですので。振り分けはこちらで行います。オラン大尉には全隊の指揮をお願いします」

「よし! 全員配置につけ」

 とりあえず、即席の部隊を作り僕たちは戦うための準備を整えた。Oブロックには僕が指揮するマランツァーノ隊とメンボが指揮するルチアーノ隊。Lブロックにはカロラが指揮するマンガーノ隊とタウォンが指揮するガリアーノ隊。そして両ブロックの中央にはリストが指揮するプロファチ隊が着くことになった。オラン大尉は僕たちより前方でことの成り行きを見ることとなった。

 後方支援は物資や燃料の補給から、長距離砲による支援、また敵から来る長距離砲の迎撃が主な仕事だ。僕たちはブロックの護衛ということになっており、戦況が動かなければ何もすることがない。

「前線はどうなってる?」

 同じ隊になったノイドが暇そうに言う。

ガルグイユのズーム機能を使って前線の様子を見ると、二列目は中距離砲での攻撃と強襲部隊をカタパルトで射出している。カタパルトはパチンコのようにして強襲部隊を敵の中央陣地に送り込んでいるようだ。最前列のブロックは死闘であった。何千にもの人間が銃を、クレイモアを振りかざし同じ人間の命を切り落としている。人間の残酷さを知ら示すかのように、同族の血を大地に飲ませている。大地への拷問はそれだけではなかった。人の叫び、命が尽きるほんの一瞬の絶叫を聞かせている。

「これが、これが人間のやることか? 平気で人を殺すことのできる奴は、一体どんな顔をしているんだ」

 足が、手が、声が震える。想像の恐怖が目の前にあるんだ。叫びたい、逃げ出したい。見捨てられない、逃げられない。葛藤で頭が破裂しそうだ。

「大丈夫かい?」

「ああ、ノイドかい。大丈夫なわけないさ。君も見ただろ?」

「ゲームでこういうの実際に見てみたって、友達が言ってたんだ。彼はこの光景を見て何て言うんだろうな。僕は言葉にすることもできないよ」

 ノイドの声も震えている。皆怖いんだ。でも逃げ出したら仲間が殺られる。もう他人じゃないんだ。仲間の誰かが死ねば、僕たちは体の一部を失うんだ。

「おい! 動いたぞ。右のほうを見てみろ。味方が前進している」

 リストの声で皆右前方を見る。

「本当だ! 勝つ! 勝てるぞ!!」

 ブースターを吹かし、背を向ける敵にクレイモアを突き刺している。さらに、クレイモアから発せられる熱で、刺される敵は体を大きく震わせる。他にも中距離砲を前進させ、敵の後方部隊を攻撃しようとしている。敵の左翼が崩れ、それに続き右翼と中央も崩壊していく。

「アルフォート隊! 命令が下った。逃げる敵を追撃する。俺に続け!!」

 オラン大尉はブースターを吹かせ前進する。僕たちも横長の陣形のまま前進する。血の道をガルグイユで駆ける。敵の基本装備であるヴァイスを見る度に心臓が跳ね上げる。しかし、白で統一されているヴァイスは赤黒い血で塗装され、腹部や頭部やらの穴から内蔵を出している。

「これが……戦場」

「酷い」

「あんまりだよ」

 嘆きの声が無線を通して聞こえる。だがそれだけではなかった。

「はは。死んでやがるぜ」

「お前たちが抵抗するから悪いんだ」

「狂信者にはお似合いだな」

 死人に罵声を浴びせる輩もいる。他にもあまりの衝撃に何も言えない者もいる。

「もうすぐ接敵する。気張れよ!」

「はい!!」

 白の群れが見え、各々クレイモアを構える。

「目の前の敵を斬れ。深追いはするな」

 そう言い、オラン大尉は白の群れに飛び込んだ。瞬間、赤の飛沫が中央に舞った。数人が同時に倒れる。だが、まだ息はあった。最後の力を振り絞って銃をオラン大尉に放とうとするが、それを阻んだのはタウォン率いるガリアーノ隊だった。タウォンが楽に戦果を上げるために、取りこぼしを狙ったのだろう。倒れている敵に、クレイモアをすくい上げるようにして胴を真っ二つに切り裂いたと思う。その瞬間を見ることが僕にはできなかった。

「ほう。動けるじゃあないか」

 オラン大尉はトドメをさせていなかったことに気づいていたらしい。銃を敵がいた方向に構えていた。

「大尉の後ろほど、楽なところはありませんからね」

「ぬかせ」

 タウォンはしっかりと戦果を上げた。

「ぼ、僕だって!」

「おい! ムキになるんじゃないよ」

 ノイドの忠告を無視して、地面に這いつくばる敵に狙いを絞る。スラスターを使い視界の中央に敵を置く。

「やってやる、やってやる!!」

 震える手で、クレイモアを構えた時、敵がこちらに気づき、上体を上げた。

 殺される! 敵と目を合わせた時、本能が僕に語る。死にたくない、死への恐怖。それらがクレイモアを握る手に、余分な力を与える。スラスターを使い、横から裂くようにしてクレイモアを振った。

 当たり、裂き、鉄の音が鳴る。それを感じる余裕はなく、一連の動作を終え、息を途切させながら振り返り、自分のした事の結果を見た。頭部装甲が切り落とされ、顔が露出している敵の姿があった。蒼白の顔が鬼でも見るような目でこちらを見て、

「ま、待ってくれ! こ、降参する。ほら! 武器だって持っていない」

 僕らと同じくらいの歳の男が両手を上げ、降参の意をこちらに向ける。情けなく涙を流し、敵である僕に愛想笑いを向けている。いつもの日常だったら情けをかけるだろう。だが僕の頭の中は自分が殺されないために、敵を殺すことでいっぱいだった。

 命乞いをする敵をまるで仇のように睨み、クレイモアを下向きに構える。

「冗談だろ? やめろよ。妹がいるんだよ。俺がいなきゃ。俺がいなきゃあいつは……!」

「おい! ナブラやめろ!」

「うわあああああああああ!」

 自分を奮いたたせる叫びと共に、クレイモアを力いっぱい突き刺した。鉄を裂く感触とぐしょりとした感触が同時に来た。敵は叫び声さえ上げることもできず、口から血と肺に残っていた空気を吐き出すだけだった。

「やめろと言ってるだろ!」

 ノイドが横からタックルをしてきた。体を地面にぶつけた時、僕はやっと自分を取り戻すことができた。

「……ノイド?」

「君は、自分が何をしでかしたのかわかっていないんだね」

「どういう、ことだ?」

「自分の目で見ろよ!」

 ノイドの指す方を見ると、ヴァイスを装着している敵が一人倒れていた。意味がわからなかった。敵ならそこら中に倒れている。ノイドがその一つに固執する意味がわからなかった。

「まだわからないのか! 降参する敵を、君は無慈悲にも殺したんだ。手に持ってるのを見ろよ」

 右手を見ると、血で染められたクレイモアが握られていた。そして思い出した。ほんの少し前の自分の行動を。クレイモアを投げ捨て僕は、殺した敵に駆け寄った。まだ息はあった。だが腹部から隊長の血が流れ、ヴァイスの関節部分から漏れでている。もうすぐ死んでしまう。

「母さん、シェリー……」

「なんだって?」

名も知らぬ敵兵の、最後の言葉を聞くために、耳を近づける。

「痛いよ、お腹が、痛いんだ。助けてよ。母さん、シェリー。死にたく……ない」

何かを掴もうとする手は、その言葉を最後に地に落ちた。僕と同じくらいの少年が、母と妹の名前を呼びながら。

「人を、殺してしまった。なんの罪のない人を。勘弁してくれ、勘弁してくれよ!」

 流す権利などない涙を、自分の人殺しの罪を洗い流すように僕は泣いた。手についた血が取れるようにと。

「貴様ら何座っている!」

 マランツァーノ隊へオラン大尉からの限定通信が来た。

「なんだ? 泣いているのか?」

「はい。ナブラが人を殺したんです」

 答えられない僕の代わりにノイドが答えた。オラン大尉はその答えを聞いた瞬間、鼻で笑いそして、

「虫を平気で殺すガキが、人を一人殺して何を哀しむ。ここは戦場だ。戦え!」

「ナブラ、大尉が言っているよ」

 ノイドは優しく僕を諭す。が、僕にはそれを聞く耳がなかった。女々しくも泣きながら、

「もうたくさんだ! 人を殺したくない。人が死ぬのを見たくない!」

「だったらここで死ね! 足手まといはいらん」

「好き好んで死ぬ奴がいるかよ!」

「軟弱者が! ノイド、他の隊と合流しろ。もう一人は?」

「わかりません。いつの間にか……。それにナブラは?」

「捨て置け。今は軍人としての勤めを果たせ」

「わ、わかりました」

 オラン大尉は限定通信を切り、戦場へと戻った。僕は最後まで気遣ってくれたノイドに目もくれず、自分の過ちを戦場という場違いな所で悔いていた。


「クン、クン! 起きなさいな」

 知らない誰かの声が、僕を夢から目覚めさせた。目を開けると、汚い身なりの平民がいた。白いフードのようなものを頭からかぶり、顔以外の部分を見えないようにしている。

「もう朝ですよ。ほら、妹のシェリーは起きていますよ」

 シェリー……? 誰のことだ? ここは?

 事態が飲み込めず、頭の中で疑問が渦巻く。重い体を起こし周りを見渡す。何も無かった。僕が寝ていたベッド以外、部屋には何も無かった。

「ここは?」

「何を言ってるの。顔を洗いなさい。目が覚めるわ」

「おい平民! 質問に答えろよ」

 部屋から出て行こうとする平民に、命令をする。平民は驚いた顔をし、

「ふざけるんじゃないよ。野蛮なトルキスタン人の真似なんかして」

「お前トルキスタン人じゃないのか?」

「ここはブーゲンビルよ?」

「は?」

 聞き取れなかったというより、平民の言葉を認識できなかった。信じられない言葉をあの平民は言った。それを嘘であれと思い、

「なんて言ったよ? 今」

「ブーゲンビルですって。しっかりしなさい、クン・スーン」

「クン・スーン……? 俺はナブラ・レスダンだ」

「貴方はクン・スーンよ。言ってたじゃない。私たちを残して死んだりしないって」

「だから誰なんだ!!」

 大声を出し自分が本気であることをわからせる。ブーゲンビル人を名乗る女は、心底信じられないと顔で僕を見てくる。そして、

「何よ、大きな声なんか出しちゃって」

 部屋に少女が入ってきた。女と同じ服装の少女は、

「あ! やっと起きた。早くお祈りをしに行かなきゃ」

「そうか。お前たち、僕を混乱させて軍の情報を聞き出そうって寸法だな。だがそれは叶わんよ。僕は一般兵だ。何も知らさせれちゃいない」

 二人はやれやれといった感じの顔でこちらを見る。僕が間違っているのか? 僕はトルキスタン生まれ、トルキスタン育ちのナブラ・レスダンのはずだ。

「ねえ、ナブラ」

 女と少女の顔から表情が消えた。冷たいビンのような無機質な目が僕を見てくる。

「人を殺した感想を聞かせてよ」

「うれしかった? 楽しかった? 人の悲鳴を聴いた瞬間は? 人の肉を切った感触は?」

「な、何を言っている?」

 二人の声にも抑揚はなくなり、機械のようなしゃべり方で僕を責める。

「酷いわ」

「命乞いをしてたのに……」

「あなたは殺した」

「そう。まだ十五よ。何も知らない十五歳の男の子」

「最後の言葉って死にたくないだったのよ。それを言う十五歳って酷く虚しい人生だったことでしょう」

「訳のわからないことを」

「忘れてしまったのね」

「これを見てよ」

 少女がポケットから手鏡を取り出し、こちらに向けた。

「あ!」

 ヴァイスを着た兵士が写っていた。頭部装甲は何かにそぎ落とされたようで、顔が露出している。腹部装甲は貫かれ、大量の血が流れ落ちている。

 思い出した。奴だ。僕が初めて殺した人。

「あ……ああ」

「思い出した?」

「いまさら?」

 馬鹿にしたような言いかたで僕を煽る。言い訳さえできない僕は、突きつけられる自分の罪の結果に、言葉にならない声を出していた。

「ねえ、どうして殺したの? 敵だったから?」

「殺されると思ったから」

 二人の声が直接脳に語りかけられているように、僕の罪悪感はどんどん存在感を高めていく。

「返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して、返して」

「やめろ!」

 自分の声で呪いのような言葉をかき消す。

「ふふふふふ」

 二人が笑っている。僕にはもう、この二人が同じ人間に見えていなかった。なんで? 殺したから? 人を殺すと人間ではいられないの? 僕は……!

「仕方ないだろ! 戦場だったんだ」

「だったら、殺した人間の家族から殺されるのも……仕方ないのよね」

「何を」

 言っている。そう言いかけたとき、女がナイフを取り出した。そして、こちらに切っ先を向け走ってくる。反応できなかった僕は、避ける事も防ぐこともできずナイフの刺さる瞬間、目を閉じた。


「うわああああああああああああ!」

「おい、どうした?」

「なんだよ」

「うるさいなあ」

「え……!」

 アルフォート隊のみんながいる。暗い、倉庫のようなところで僕の体は揺れている。

「トラックの中か?」

「ああ」

 近くにいたリストが答えてくれた。額から垂れる汗を拭い、

「僕は……、ブーゲンビルにいたはずじゃあ。どうして」

「はは。捕虜になった夢でも見たのか?」

 馬鹿にしたようにリストは言った。皆を見ると、冷たい目、同情の目がたくさんあった。自分は本当に無事なのか、体のあちこちを触り血が出ていないか、確認する。そして、自分の手を見た時、気づいた。お守りをなくしてしまったことに。心にすっぽりと穴が空いたような感覚が、僕を埋め尽くす。

「ノイドに礼を言うんだな。あいつが疲れた体でここまで運んでくれたんだ」

 リストの言葉を聞く余裕なんてなかった。喪失感が、僕の五感を奪っていく。それでも、リストは僕を責める。

「それと、カールは死んだよ。突っ込んで死んだらしい。お前がもっとしっかりしていれば、死なずに済んだかもな」

「ごめんリスト。今は……反省なんてできないんだ。ほっといてくれ」

「そうだったな。お前はまだ十五だ。そうやって甘えていれば良いさ」

 聞く気になれなかった。一人にして欲しかった。だからリストに言った。でも、リストはそれを許す人間ではなかった。

「あんまりいじめるなよ。皆思うところはあるんだから……」

 メンボが僕を庇ってくれたが、僕を許さないものはまだいた。

「ヌーだってしっかり戦果をあげてんだぜ。リストが言ったとおり、甘えてるんだよ」

 タウォンも僕を責める。何も言い返すことなく、僕を責める人と僕を庇う人の論争を、瞼の裏で聞いていた。

 

訓練所に着いた時、悪夢を見た直後より大分気分は良かった。それでも、喪失感だけは埋まらず、何か欠けたような感覚があった。僕はそれに、忘却という蓋をして、自分の理性を保とうとした。到着後、僕を除いた皆は自室に戻った。そして僕はオラン大尉と共に教官室にいた。

「戦場で何やってたか覚えているか?」

「いえ……」

「なら教えてやる。貴様は戦場で喚き、寝て、仲間を一人殺したんだ」

「カールは敵を深追いして死んだそうです」

「言い訳か?」

「僕の実力不足ですが、彼にも非はありますよ」

「甘ったれるな!」

 大尉の平手が僕の頬を打った。頬からジーンとした痛みが来る。その時に、殴られたと気づいた。頭に血が上った僕は、

「殴ることはないでしょ。僕だって精一杯だったんだ」

「お前の努力など聞いとらん。人一人殺して、泣き喚きやがって」

「僕は人間です。簡単に受け入れられませんよ」

「だから軟弱者なんだ。ここに来た時から覚悟はできたはずだ」

「まともな人間が、そんな覚悟できるものかよ! 命ってのはそんな軽いもんじゃない」

「平時の正論なんぞ、ここで通じると思うなよ。偽善論なんだよ。命は政治や大義にとって道具の一つにしか過ぎん」

「僕はもう、人を殺したくないんだ!! オラン大尉は人の死ぬ瞬間を見たことないでしょう。あれほど怖いものはありません。人を殺すなんておぞましい事を、平気でやってのける貴方達兵士は異常なんのですよ」

「ほざけ! 貴様は宙を舞う蝶を叩き落したことはないのか? 地を這う蟻は? 蜜に群がるカブトムシは? どれも同じ命だ。貴様はそれら命を奪ったことがないとでも言うのか?」

「それは……」

「そうだ。もう奪っているんだよ。ずっと前から。だからナブラ、戦え」

 人の命が虫と同じだって? 虫と同じように、人間の命を奪えだって? 壊れている。オラン大尉はもう、人じゃないんだ。そう思える僕はまだ正常だ。僕にはロテがいるんだ。

「それでも、僕はもう戦いません! 僕には人を殺せない」

「だったら殺せるようにしてやる。貴様を殺人鬼にしてやるよ!」

「なるものか!」

 その言葉を最後に教官室を出た。声が漏れていたんだろう。数人が僕の姿を見ると、逃げるように自室に戻った。荒れる気持ちを静めるため、外出る。新鮮な空気を体に入れると、気分が変わるような感覚を味わえる。走ろう。なんとなくそう思った。体は疲れているのに、動きたい気分だ。

 ジョギング感覚で苦痛だったこの場所を走る。今では十週など軽いものだ。一時間くらい走った頃、ノイドが外へ出てきた。僕を確認すると、走って来た。一緒に走り会話をする。

「ノイドじゃないか。どうした?」

「大尉と言い争ってたんだろ?」

「むちゃくちゃな人だよ」

「僕だって怖かったさ。でも、そうやって生きていくしかないんだよ。」

「ノイドも大尉に賛成なのか!」

「賛成も何も、僕らに決定権なんかないよ。大人が勝手に決めるんだから」

 動かしていた足を止めた。ノイドも数歩進んだところで止まり、

「どうした?」

「君は大人だな。僕はまだ止まっているよ」

「君も成長するはずだよ。受け入れるしかないんだ。そりゃあ人を殺すのは酷いことだ。でも殺さなきゃやられるし、仲間も殺される。そうなるくらいだったら、僕は敵を殺すよ」

 「それを許せない僕がいるから、こうやって止まっているんだよ。ああ、初めがあんな風でなければ、こうやって悩んでなんかいなかっただろうよ」

「乗り越えなきゃ」

「でもその先には殺人しかない」

「ナブラ、僕らはいつまでも子供をやれないんだ。理不尽を受け入れて大人になっていくしかない。このままじゃ、大尉に殺されてしまうかもしれないよ」

「だったらもう殺されているよ。大尉は僕を殺人鬼にすると言った。だから余計に、人を殺したくなくなる」

「利口じゃないな。僕は君の力にはなれないけど、友人でいるつもりだよ。不満が溜まったら僕に言うといい。じゃあ」

 ノイドはそう言うと、訓練所へ走っていった。それから、僕とアルフォート隊との関係は悪化した。ノイドが最後の防波堤だったらしい。彼の説得に応じなかった僕は、暴力こそなかったが最低限の関わりしかもてなくなっていった。大尉は僕を殺人鬼にするべく、捕虜の処刑や拷問の見学をさせた。それは僕の精神を少しずつ麻痺させていた。そして次の段階に入った。次は僕に処刑人の役割を与えた。だが、見るのとやるのとでは雲泥の差があった。僕は与えられるたびに、役割を放棄した。大尉に殴られ、罵られても僕は人を傷つけることはなかった。

「おい、今度娼婦が来るらしいぞ」

 カロラが夕飯を食べているときに、そんなことを言った。

 娼婦? 僕には関係のないことだ。サルのように女を犯すくらいなら、一生経験などなくていい。

「美人かな?」

 素行の悪いノブ・ドーラがそれに食いつき、

「どこでその情報を?」

 タウォンが真偽を確かめる。カロラは声を潜め、

「オラン大尉と話した時、直接ではなかったけど、仄めかすような事を言ったんだ」

「信用ならんな」

「明日確かめればいい」

 カロラの言葉は本当だった。次の日、訓練が終わると、教官室に初めて来たときと同じように並べられた。

「貴様らにはちと早いが、女を連れて来た」

 その言葉に全員が反応した。破廉恥にも性欲を隠さない者、驚きの声を上げる者。大尉は静かになるのを待ってこう言った。

「入って来い。ロテ・ザラン」

 ドアが開き、娼婦という名目で連れてこられた、ロテ・ザランという僕の幼馴染と同じ名前の女が姿を見せた。

「ロテ!!」

 僕の知っているロテ・ザランだった。なぜここに! 大尉の方を見ると、奴もこちらを見ていた。僕の反応を見た大尉は、

「ナブラの知り合いか?」

「あ」

 ロテの手を取り、馬鹿にした声で僕に聞く。周りは驚き僕を伺う。

「どうして?」

「軍に娼婦はつき物だろ?」

「そんなことは聞いちゃいない。無理矢理連れて来たのかって聞いてんだよ!!」

「交渉だよ。愛されてるな、ナブラ・レスダン」

「嘘だ!」

「本当よ」

 ロテが口を開いた。本当よ。そんな聞きたくもない肯定を彼女は言った。

「どうして! 待っていてくれと言ったじゃないか」

「命令に逆らっているんでしょう。大尉さんから聞いたわ。このままだと軍法会議ものだって。だから私、説得をしにきたのよ」

「な?」

 オラン大尉はどうだと言わん顔でこちらを見る。何も知らないロテは娼婦という言葉を、自分に使われたにも関わらず、僕のことを気にかけるだけだ。

「ロテに何かしてみろ。殺してやる」

「お前に? 人を? 冗談言うな。殺さないと貴様は言ったじゃないか」

「大尉、目的はナブラを怒らせることではないでしょう」

 メンボが話しに割って入ってきた。何か知っているような言い方に、僕の殺意はメンボに向いた。

「お前もか!」

「ナブラは興奮しています。早く済ましたほうが、面倒がなくていいですよ」

「それもそうだ。聞けよナブラ」

 注意を自分のほうに向けたオラン大尉は、

「この娘が大事なんだろ? だったら従え。従う気がないのなら、娼婦として犯すだけだ。どうだ?」

「話が違うじゃありませんか! 娼婦っていうのは名前だけだと」

 ロテは騙された事に気づいたらしい。抗議をするが、オラン大尉はロテを構わない。僕の回答をただ待っている。

「……条件だ」

「言ってみろ」

「僕にロテを渡せ」

「命令が出たときは、こちらで預からせてもらう。少しでも抵抗してみろ? お前のロテ・ザランは男の道具となる」

「従うさ。離せよ」

「ふん」

 ロテは自由を許され、僕のところに来る。

「ごめんなさい。ごめんなさい」

「大丈夫。だから泣くなって」

「だそうだ。皆、ナブラの活躍をしっかり見守ってくれよ」

 皆、不満の声と気の抜けた声で返事をする。僕はロテと共に教官室を出て、自室に戻った。

「私たち、どうなるの?」

 涙を流しながら、ロテは僕に問う。

「どうもならないさ。僕は兵士としての務めを全うするし、君はここで過ごせばいい」

「ごめんなさい。私って勝手よね。それでも、ナブラが心配だったから私!」

「いいんだ。わかっているから。今日は休もう」

 ロテが来たことによって僕は抵抗をできなくなった。誰かのせいにすれば、ロテのせいなんだろうけど、いつかは人を殺すことになっていただろう。少なくとも、ロテが来たときには人の死体や血を見ることに抵抗はなかった。明日から僕らはどうなるんだろうな。不安を抱えたまま、僕とロテは眠った。


 早朝、ガユグイユを使った訓練を行い、昼食を取った後オラン大尉と共に訓練所を出た。ロテを連れて行きたいというと、オラン大尉はあっさり許してくれた。トラックの荷台に僕とロテが、オラン大尉は運転をしている。

「どこに行くの?」

「戦場じゃあないと思うから、心配はいらないよ。寝てな。慣れてないところで疲れてるだろう」

「頼もしくなったのね」

「皆からは軟弱者って言われているよ」

「私は貴方を知っていてよ。自信を持って。ナブラは男になっているのだから」

「ありがとう。あれ? 私の髪の毛外れちゃった?」

 そう言い、ロテは僕の左手薬指を見る。

「この間の戦場で無くしちゃったみたい。ごめん。折角くれたのに……」

「そんなの、いつでもあげるわよ」

 そう言って、ロテは自分の髪を抜こうとする。僕はそれを手で制し、

「いいよ。また無くすかもしれない」

「不安だわ」

「大丈夫、大丈夫だからこの話はやめよう」

 じゃないと……あの喪失感が僕を襲う。それが顔に出ていたんだろう。ロテは申し訳無さそうな顔を一瞬出し、普段の表情で僕らの過去の話を語った。

 

他愛もない会話をしていると、トラックは止まった。二台から降りると、そこは捕虜収容所だった。上から見るとアルファベッドのHの形をしている建物で、縦に捕虜が、横に警備兵と出入り口がある。また処刑を出入り口側の反対で行っている。そこは血の色をした土と草があり、処刑のとき意外誰も近づかない。

 オラン大尉に連れられ、収容所の管理局長に会う。カール・マッカートニー少尉はオラン大尉に敬礼をし、

「用意は整っております」

「ご苦労。こちらもすぐに用意をする。外で待っていてくれ」

「はい」

 カール少尉は処刑場の方へ走っていった。そこで何をされるのか確信した。

「俺は部下思いだからな。練習として処刑人をやれ。やり方はわかるだろ? 何度もここに来ているのだから」

「ロテには見せるなよ」

 ロテは何も言わなかった。自分がでしゃばれば、事態が悪い方向に行くことを学んだのだろう。心配する目で僕を見るだけだった。ロテは客室へ、僕とオラン大尉は処刑場で行った。

 外に出た瞬間、鉄が腐ったような臭いが鼻を刺激する。何度来ても、この悪臭にはなれない。目の前には手足を縛られ地面に座っている捕虜と、それを椅子に座って見る将兵達がいる。

「しっかりやれよ」

 僕の肩を叩き、オラン大尉は空いている席に座った。僕は一般兵からクレイモアを受け取ると、捕虜の後ろに立った。

「若いな」

 僕を見た捕虜が意外そうな顔で僕を見る。中年の捕虜は今から殺されるというのに、落ち着いている。

「トルキスタンも人がいないんだな」

 もしかしたら、この人は今から起きることをわかっていないのかもしれない。そう思い僕は捕虜に言う。

「もう直ぐ死ぬんですよ」

「知っているよ。残してきた家族もいる」

「……ごめんなさい」

「なぜ謝る。俺も殺してきた。因果応報ってやつさ」

「何か言い残すことはありませんか?」

 背筋を伸ばし、捕虜は大声で叫んだ。

「聞け! 蛮族共。我らが神の代理人、シュレーマが必ず貴様らに鉄槌を下すだろう。神の民は決して蛮族に屈指はしない!」

 捕虜の言葉を聞いた将兵は笑い、

「神の民だって? 傲慢な民族だな」

「神とかっていう存在に、依存している奴等に負けるものかよ」

 汚い野次を飛ばし、捕虜を精神的に痛めつける。だが、オラン大尉だけは何も言わず僕に殺せと、手で合図を出した。

「やりますよ」

「ああ」

 クレイモアを構え、狙いを定める。さあ、やるんだ! 体から変な汗が出る。手は振るえ、クレイモアが音を鳴らす。その音が聞いた捕虜が、

「なんだ。素人か」

「殺すのは初めてじゃない!」

「だったら早くしろよ。俺だって怖いんだ」

 よく聞くと、捕虜は小さな声で神に助けを求めていた。誰だって死にたくない。それは捕虜だって同じなんだ。そう思うと、クレイモアを持つ手から力が抜ける。支えることもできないで、地面に突き刺さった。それを見ていた将兵は騒ぐ。捕虜も溜息を吐く。

「どうしたナブラ。あの女が犯されても良いのか?」

 オラン大尉の言葉で手に力が戻る。そうだ。ロテを守らなきゃ。僕にはロテしかいないんだ。クレイモアを構えなおす。敵なんだ。敵なんだから、殺して当然なんだ。やるぞ! やるぞ!!

 首を狙い振ったクレイモアは、狙い通り捕虜の首を切った。頭は僕のほうに向かって落ち、首からは大量の血が溢れ出て大地を濡らす。人を殺した。それを認識したのは、涙を流す頭を見たときだった。

「うっ……うう」

 ごめんなさい。ごめんなさい。何度も何度も殺した捕虜とその家族に謝った。涙は出なかった。ただ、大事な何かが少しだけ欠けたような感覚を、胸の辺りで感じていた。


 その後、シャワーを浴びて僕らは訓練所に戻った。トラックに乗るときオラン大尉から労いの言葉を貰ったが、僕にはそれが嫌味に聞こえた。荷台の中で、抜け殻のようになった僕をロテは心配してくれたが、相手をする気力もなく相槌を打つだけだった。訓練所に帰っても僕は立ち直ることができず、食事もまともに取ることができなかった。そんな僕を心配してか、世話好きのロテが、

「ナブラ! せめてご飯を食べてよ。倒れてしまうわ」

「うん」

「しっかりしてよ。あそこで何がったの?」

「うん」

「しっかりしなさい!」

 そう言って、ロテは僕にビンタをした。

「な、何を」

「ごめんなさい。でも、何があったかわからないけれど、しっかりしないと駄目よ。ナブラ・レスダンはロテ・ザランを幸せにする男でしょ」

「じゃあ僕が変わっても、君は僕を好きでいてくれるかい?」

「変わったりしないわよ。子供で、優しいナブラ・レスダンは戦争なんかに負けやしないわ」

「ありがとう。頑張らなくちゃな」

 不安を見せぬよう、僕はロテに答えた。僕の殺人鬼としての人生と崩壊はこうして始まった。


 何度も戦場へ行き、人を殺した。最初は一人を殺すのに苦労した。だが、それを二度三度やると抵抗がなくなってきた。自分の周辺を飛んでいる蚊を潰す様に、何の抵抗もなく一人、また一人と一度の戦場で殺す人数は増えていった。そんな僕を見て、オラン大尉はいつも口の端を吊り上げていた。そして戦場が終わり疲れきった僕は、トラックの荷台で寝る。夢を見る。とっても恐ろしい夢だ。それは夜にもやってくる。戦争が終わって家に帰ったとき、家の中には今まで殺した人達がいる。体から血や内臓を垂れ流し、僕を呪い、襲ってくる。僕の精神は人を殺すたびに、夢を見るたびに、どんどん消耗していった。胸にある何かも、どんどん欠けていき、それは半分もなかった。

 そんな僕を周りは心配してくれた。今まで冷たかったアルフォート隊メンバーも戦争帰りは特に優しかった。ロテも同様に、毎晩うなされる僕を抱きしめてくれるらしい。こう言うんだ。ごめんなさい。ごめんなさいって僕は誰かに謝っているそうだ。時々思う。戦場で鬼となった者は、戦争が終わった時人に戻れるのだろうかと。僕は戦場に行く度にそれを思う。平和になれば、ロテと幸せになる。そう思っている。でもそれも揺らぎ始めた。人を殺し、鬼になり始めた僕は人に受け入れられるのだろうか。

 そして今日も戦場へやってきた。東側砦への奇襲。ここを落とせば、トルキスタンは、大部隊をブーゲンビルに出すことができる。

トルキスタン優勢の中、僕らは森から来る敵を待ち構えていた。他の戦場は敵援軍が介入したことによって、泥沼化していた。狭い砦を奪い合う形となりまともに動けぬところを、遠距離砲や中距離砲で味方ごと撃ち殺していった。

「いいか、一人に対して三人でかかれよ」

 戦場慣れをした僕たちアルフォート隊はオラン大尉の指揮下を離れ、戦場では一つの隊として機能していた。指揮はリストが取り、彼の隊は四人で構成されている。他は一緒だ。僕の隊は補充メンバーとしてヌーが入った。

 森付近で戦場を観察していると、徐々にブーゲンビルの戦線が崩壊しかかっている。補給戦がトルキスタンのほうが上で、戦線の穴を埋めるのが早い。そして、こちらにも動きがあった。

「来たぞ!」

 白いフードを被った十人の部隊がこちらにやってきた。

「奴等、ヴァイスを装着してないぞ。スラスターの音もブーストの音もしない」

 メンボの言葉に、

「舐めているんだろう。森から出てきたらぶった切ってやる」

 カロラはクレイモアを抜き、今か今かと待ち構えている。そんな彼にタウォンが、

「舐めないほうがいい。ヴァイスを装着しない理由があるんだろう」

「無駄口は後だ! 行くぞ!!」

 リストのプロファチ隊を先頭に接敵する。三人が銃で牽制し、リストが突っ込んだ。スラスターを吹かしながら、フード部隊の一人にクレイモアを腹部に向かって刺す。が、姿勢を低くしてかわされた。腕を伸ばした状態のリストは隙だらけだった。懐に入られ首にある間接部分を小型のクレイモアで刺された。リストは首を押さえ、呻き声をあげながら倒れた。三人は怖気づき、後方に退いた。

「よくも!!」

 ルチアーノ隊とマンガーノ隊がリストの仇を討つために突っ込む。リストを殺した奴の後ろから四人出てきた。

「六対三か! 負けるものかよ!!」

 カロラが銃を撃つ。だが、動きながら当てるほどの技術はなく、フードにことごとくかわされる。

「突っ込むな! リストがやられたんだぞ」

 タウォンが注意を促すが遅い。ルチアーノ隊もマンガーノ隊もクレイモアを構え突っ込もうとしていた。そこに、フード越しに奴らが撃ってきた。突出していたランツとカロラの足に当たったが、銃弾ではなかった。それは脚部装甲に付着し、高い音を一定感覚で鳴らしている。

「離れろ!!」

 カロラはそれが何であるか気づき、他の皆を離れさせた。瞬間、カロラとランツの上半身は宙に打ち上げられた。脚部に着いたそれは爆発したのだ。

「この野郎!!」

 生き残ったルチアーノ隊とマンガーノ隊が敵を殺しにかかった。全員で銃を撃ち、一人を殺した。またクレイモアで一人に対して全員で切りかかって殺した。

「僕らも行くぞ!」

 僕の率いるマランツァーノ隊とタウォン率いるガリアーノ一隊が行く。

「分散しろよ。まだ他の武器があるかもしれん」

 隊を分解し、二人一組を作った。それぞれ別方向からフード部隊に当たった。僕はノイドと共に三人のフードに狙いを絞った。ノイドが先頭を切り、姿勢を低くした状態で足を切りにかかった。予想通り、フードはジャンプをしてそれをかわした。ジャンプした一人に銃弾をぶち込む。弾は額に命中し、空中で弾を受けたフードは、後ろ向きに倒れた。そして着地をするフード二人に下から横向きに切りつけた。一人は回避できずのまま二つになったが、一人は着地をした時姿勢を低くしていた。下から上に上がるクレイモアを回避し、僕の首を狙う。

「させるか!」

 ノイドが僕に向かってクレイモアを突き刺してくる。それを横向きブースターを吹かすことによって回避した。すると、ノイドのクレイモアが僕を狙っていたフードの胸を貫いた。

「ああ!」

 内部から焼かれフードは、体を震わせながら事切れた。他の皆も着実に戦果をあげていた。タウォンが一人、メンボも一人と敵はたった三人となった。圧倒的不利を悟ったフードは、爆弾式ではない銃でこちらを牽制しながら森に姿を隠した。

「あいつらはなんだよ……」

 息を途切れさせながらタウォンがぼやく。初めて見た敵だった。今時ガルグイユやヴァイスのようなパワードスーツを装着しない奴は、せいぜい補給部隊だけだ。それを奇襲部隊が……。

「わからない。それよりも」

 殺された三人を見る。誰も動かず、血を垂れ流し内臓が生き物のようにうねっている。人を殺した時、僕の何かはいつも欠ける。そして戦友が動かぬ肉片となった姿を見た時、それは大きく欠けた。なぜお前が生きている! 俺も生きていたかった! どうして俺だけが! そんな声がどこからともなく聞こえてくる。戦友が、敵が僕を恨み、殺そうとする。頭が痛い。皆にばれない様に、少しだけ俯き頭を押さえる。

「久しぶりだな」

 同じように、三人の死体を見ていたメンボは呟いた。

「ああ。それにリストが死んだ。誰がアルフォート隊を指揮するよ」

 タウォンは次のことを考えていた。誰もタウォンを責めない。人の死に慣れてしまった人ばかりだ。一般兵は前線でたくさん死んでいる。その中に友人がいた奴はいるし、戦場で見る死体は日常と化した。

「とりあえず、僕がやるよ」

 メンボがそう言って、オラン大尉に限定通信で指示を仰ぐ。

「はい。わかりました」

「なんだって?」

 僕の問いにメンボは、

「勝った。トルキスタンの勝利だ!」

 メンボの興奮した声に、誰も喜びの声をあげなかった。国は勝った。でも、僕らの失ったものは、余りにも大きかった。メンボもそれを察せれない人間ではない。一時の興奮を鎮め、

「アルフォート隊はこのまま独立した隊で行くと。それと、ここの近くにあるゼーガっていう町で補給を行った後、オラン大尉指揮下に入る」

「三人はどうするの?」

 珍しくヌーが発言した。それにタウォンが答えた。

「どうするもなにも、運べないだろ。俺達にそんな体力はない」

「タウォンの言う通りだ。ここに置いて行く」

「……わかった」

 タウォンとメンボの意見を聞き、ヌーはそれ以上何も言わなかった。誰だって置いていきたくはない。だけれど、ここは戦場だ。皆、自分が生き延びることで精一杯なんだ。

 急いで、アルフォート隊の再編成を行い、僕らはゼーガに向かった。戦友が死んだ。誰も涙を流さず、話に出すこともない。それでも、誰一人哀しいと思わない人はいなかっただろう。見えぬ涙をただ流すだけだった。


 ゼーガに着いたとき、誰一人まともに動ける者はいなかった。皆疲労がピークに達したのだ。オラン大尉もそうだった。大尉は前線指揮をしていたし、敵と交戦した。僕らよりも疲れていた。それでも僕らを訓練所に戻すために、動いてくれた。オラン大尉はゼーガに残って指揮をすると、メンボが言った。僕らはトラックに乗せられ、訓練所に戻った。

 トラックに乗ると皆直ぐに寝た。僕も眠たかったが、寝たくなかった。またあの夢を見る。見たくなかった。自分を失いそうで、怖かった。でも、僕の抵抗は破れ睡魔に飲まれた。

 お前は人を殺したんだ。鬼だ。殺人鬼だ。人を殺すのに抵抗がないなんてな。生きたかった。死にたくなかった。まだ恋さえしたことなかったのに。まだ親孝行さえしてないのに。残された家族は飢えて死ぬ。父が死に、俺も死んだ。残ったのは母だけだ。お前は多くの人間を、俺らを不幸にした。殺した。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる!!!!

「うわああああああああああ!!!」

 悪夢から目を覚ました。周りを見渡すと、まだトラックの中だった。

「またか?」

 声のする方を見ると、ノイドが体を起こしていた。

「ごめん。起こしてしまった」

「いいさ。どうせここじゃあ、熟睡もできないよ。最近やつれてるよな」

「そうかな」

「ああ。まるで亡霊に命を吸われているみたいだ」

 その言葉にゾッとした。殺した人間に殺される。いやだ! 死にたくない!! 心からそう思った。勝手だというのはわかっている。それでも、死を選びたくはなかった。もし死を選ぶとするなら、それは僕が殺人鬼になったときだろう。

「悪い。冗談だ」

 言葉を返さない僕を怒ったと思ったらしい。ノイドは謝罪の言葉を言った。

「気にしないでくれ。これは僕の問題なんだから」

「前に言ったろ? 相談に乗るって」

 そんなこともあった。まるで数十年前のことのようだ。甘えて見てもいいのだろうか。ふとそんな考えが過ぎった。

「力にもなるよ。今は違うんだから」

「……ありがとう」

 礼を言い、そして語る。

「人を殺し始めてから、僕の心の何かはずっと欠け続けているんだ。何かはわからないんだけれど、とても大切なものなんだと思う。それはずっと欠けていて、もう半分もないのかもしれない。怖いんだ。もしそれが全部欠けたとき、僕はオラン大尉が言った殺人鬼とやらに、なってしまうんじゃないかって」

「ロテって子が来なければなんて思うなよ」

「思うもんか。ロテは僕のためにここまで来てくれたんだ。それがわからないほど、愚かじゃないよ」

「そう、だったらいい。……僕は忘れるように努力しているよ。殺した人はなんていないし、死んだ人間もない。全部忘れて心をクリーンに保つんだ。そうすれば体は軽くなる」

「器用だな。僕にはそんなことできない。殺した人がそうさせてくれないんだ。ずっと僕のことを恨んでいる。夢で言うんだ。殺してやるって」

「責任感が強いんだな。なんというか、面倒な性格だよ」

「十五年付き合ってるんだ。慣れたよ」

「悪い」

 ノイドは笑う。

「何が」

 僕も笑う。お互い気づいたんだ。僕は、壊れるんだって。


 訓練所についてから、僕の悪夢は現実にまで出てくるようになった。どこからともなく、死人の声が聞こえてくる。視線の端には僕が殺した人間が顔を覗かしている。食べ物は死人の肉片に、水は血に、ベッドは死体に。すべてが悪夢に犯されていく。

 これが顕著になったのは、砦の戦いが終わったあとの事だ。トキスタン軍の損耗は激しく、軍の再編成が行われた。そこで、少しばかりの休みをもらった。僕とロテは久しぶりに地元に帰った。家に帰ると、そこは埃だらけだった。母さんの部屋に行って見たが、そこも埃だらけだった。捜す当てもないので、その日はロテの家に泊まらせてもらった。

次の日、凶報が来た。憲兵が僕の家に来て、こう言った。ガーナ・レスダンは死んだと。愛人に強い麻薬を注射され続け、ショックで死んだと。その愛人は高級貴族で訴えることはできなかった。

そして、憲兵はさらにこう言った。僕の父、ポール・レスダンは名誉の死を遂げた。ニ階級特進だ。お前も父に負けないような、立派な軍人になれ。憲兵はそう言って、僕の前からいなくなった。

最低の母が死んだ。幼い時から、戦場と家を行き来していた父が死んだ。父さんも、母さんと同じように愛人を作っていた。母さんは、それを知っていて何も言わなかった。むしろ、愛人を作った。それでも、親を放棄した愚かな親でも、僕の親だった。最後まで自分の欲に生きた両親に涙した。僕の胸にある何かが、大きく欠けたそこからだ。悪夢が現実を侵してきたのは。

唯一、この悪夢から逃れられるのは、戦場だけだった。あそこは命を狩る場所だ。自分が死なず、相手を殺すそれだけを考え、行動する。頭が回転し興奮する。そうすると、悪夢が風のようにどこかへ行く。

 悪夢から逃れるために、僕は命令外の戦場にも出た。もしバレたら軍法会議ものだが、戦場は多くの兵士がいる。バレる事はなかった。人を多く殺す度に、僕が戦場へ行く度に、周りの雰囲気は良い物へと変わっていった。僕の行為が、トルキスタン軍を更に優位にさせたようだった。ブーゲンビルの主要都市を尽く奪い、燃やした。

戦場から帰ると、悪夢がまた襲ってくる。寝ることも食べることもできず、日に日に僕は衰弱して行った。アルフォート隊もロテも心配してくれたが、今の僕には邪魔だった。人を殺したかった。

 殺人鬼ナブラ。戦場ではそう呼ばれるようになった。人を殺すために生まれ、人を殺すために生きているような存在だと、誰かが行った。そうだ。殺さないと悪夢が来る。死人が僕を殺すんだ。

「ナブラ、もうやめて。もう戦争をしないで!」

 戦場から帰ってきた僕にロテが手を合わせて請う。だが声なんて聞こえやしない。僕の耳は死人の声でいっぱいなんだ。目の前に立つロテを押し、ベッドに横になる。

「どうして……こんなことに。ああ、私さえここに来なければ、きっと!」

 後悔の言葉を吐き、ロテは涙を流す。僕にはロテの涙を拭うことさえできない。悪夢を飛び越え、現実にやってくる悪霊との戦いで精一杯なんだ。しばらくすると、メンボがやって来て、

「召集がかかった。ブーゲンビルの最後の要塞都市を攻める。」

「やめて!! ナブラはもう限界よ」

「そんなことはみんなわかってる! でも、どうしようもないんだ。軍人ってのは上の命令を善悪関係なく、遂行しなきゃならないんだから」

「だったら、私も連れてってよ。このまま死んでしまうわ」

「僕の権限でそんなこと……」

「黙っていればいいじゃない! 男でしょ。女の涙に答えてよ!」

「……わかった。毛布を持って来い。それに覆いかぶさってろ。おい! ナブラ行くぞ」

 メンボに連れられ、抜け殻のようになった僕は戦場へと向かった。最後の戦いが僕を待っていた。ここで、僕とロテは死ぬ。


 戦場に着き、仲間にガルグイユを着せられた僕は、アルフォート隊と共に要塞都市の左側を攻略することになった。アルフォート隊は今や歴戦の勇者だ。遠距離砲の発射で戦闘は始まった。

 仲間など構わず、ブースターを吹かし要塞都市に突っ込む。

「ナブラ!!」

 メンボの制止の声は僕の耳に届かず、僕は行く。遠距離砲によって開いた穴から内部に突入した。敵は、僕が一人で来たことに驚き誰も反応しなかった。

「ふふ」

 殺せるぞ! 体を低く、そして上半身と下半身が直角になるようにして、横向きにブースターもスラスターも吹かす。体は高速に回り始めた時、クレイモアを突き出しながら敵の群れに突っ込んだ。クレイモアは敵の足を削ぎ、切断する。僕は回る。体を低く、最も敵のいるところに向かってブーストを吹かす。肉を切断する感触、痛みに反応する声。今は心地よいオーケストラだ。僕の突入で混乱しているところに、遅れて味方が入ってきた。戦いはそれで決まった。一方的な虐殺。ブーゲンビル軍は統率の取れぬまま、トルキスタン軍に狩られた。

「ははははは、はははは」

 人を殺し僕は笑っていた。楽しい。ああ、楽しいぞ!! 

だが、次第に敵はいなくなった。立ち止まって捜してもどこにもいない。外は? と思い見ても撤退しており、豆粒のような背中しか見えない。

「あああああ!」

 殺戮を止めた途端、悪霊共が僕を襲う。

「あああ! 消えろ! 消えろ!!」

 そこら中を飛び回る悪霊にクレイモアを振る。当たらない! なんで!

「うわああああ!!」

 振ったクレイモアが、仲間の一人に当たった。それはノイドだった。僕を止めるために近づいたらしい。クレイモアは腹部を貫き、そこから血が流れる。

「ナ、ブラ」

 最後の言葉を僕は聞くことなく、クレイモアをそのまま抜き、次の標的に狙いを定めた。

「おい! やめろ!!」

「なにやってるんだ!」

「発狂してるぞ!」

「殺人鬼ナブラだ! 敵がいなくなって、味方を狙っている」

 動揺の叫びが僕の耳を幸せにする。叫べ! もっとだ! 誰にも手がつけられなかった。仲間だと思っている人間に次々と殺され、皆距離をとるだけだった。

「どうにかならんのか!」

「どうしようもない。あいつは殺人鬼なんだ!」

「ええい! こうなれば殺せ! 兵士一人に我が軍を滅ぼされてたまるものか!!」

「遠距離砲を使え。中距離砲もだ。なんでもいい。殺せば済むんだ!」

 僕の死まで残りわずかだというのに、僕は殺戮を楽しんだ。直ぐに死なないように、手足から落とし最後に心臓を貫く。さらに、その穴から内臓を取り出して投げつける。

「はははは、はははは」

 笑いが止まらなかった。楽しくて、楽しくて、今の僕は最高に幸せだった。

「ナブラ!」

「おい! 近づくんじゃない!!」

 メンボかな? 叫んでいる。お! 女がいる。まだ殺したことのない女だ! こちらを見ている金髪の女。殺そう。殺したい。

 スラスターを吹かし、近づく。女は手を広げまるで受け入れるように、こちらを見ている。構うもんか! クレイモアを女の腹部に突き刺した。女は口から血を出し、だが倒れない。

「ナブラ、戻ってきて」

 か細い声で何かを言った。うるさい。黙れ! とどめを刺そうと、クレイモアに力を込めた時大きな

弾が僕と女に直撃した。気がつくと空を飛んでいた。体は痛くない。感覚がなく自分の体がないみたいだ。

「どうして、飛んでるんだ? あ、ロ……テ」

 最後に見たのは宙を飛ぶロテの顔だった。そこからは意識は途切れ、何も覚えていない。こうして長きに渡る戦争は終わった。殺人鬼ナブラ・レスダンの力によって、トルキスタン王国が、この世界を総べたのだ。


         ※

 

ブーゲンビル、最後の要塞都市にはたくさんの死体が、残っている。その中にナブラ・レスダンとロテ・ザランの死体もあった。ナブラの死体から光が一つ上がった。ロテの死体からも光が一つ上がった。二つの光は互いを見つけこう話した。

「やあロテ、久しぶり」

「久しぶり。戻ってきてくれたのね」

「ああ、ずいぶん待たせたね」

「ええ。でも、待つのは嫌いじゃないわ。これも、私の身勝手な行動のせいなのだから」

「そんなこと気にしていないよ。よかった。これで悪夢とおさらばだ」

「悩まされてたものね。そう、家に帰りましょう。私たち、まだ何もしていないのだから」

「何をしよう」

「まずは、家を建てましょう。その後、綺麗な花壇を作って、たくさんお料理を振舞うわ」

「久しぶりだな。ロテの料理」

「不味いなんていったら、承知しないわ」

「僕は親になりたいよ」

「子供好きだったけ?」

「ああ。たくさん欲しい」

「贅沢な人」

 光は小さく揺れ、まるで笑っているようだった。そして、

「そろそろ行こう」

「ええ」

 二つの光はゆっくりと、とある町へ向かって飛んでいった。


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