表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/49

07

 ――これも違う。

 他人の意識に潜り込んだ経験はないが、鳥の巣頭御一行様のそれがどんなものかは容易に想像がつく。欲望まみれの澱んだ意識と幾度も同化せねばならない倦怠が、Jの思考をざらつかせているように感じられた。Jが意識を乗っ取った影武者はいま、中国、ロシアと国境を接する経済特区にいた。経済の破綻した国家にそぐわぬその一角で出迎えるのは初代最高権力者のバカでかい肖像画だ。海を見下ろす高台には外国人専用のホテルや大型のショッピングセンターが建ち並び、中国資本による加工食品、セメント、自動車などの工業団地も進出している。後に党の行政トップに就任する鳥の巣頭の義弟Cが外貨獲得のために開発を進めていたものだ。

 閑散としたカジノの奥まったテーブルでは鳥の巣頭がバカ笑いをしているところだ。Jは既に影武者の意識から離れ僕の隣に戻っている。ゲームの進行から察する鳥の巣頭はバカラに興じている最中のようだ。

「鳥の巣頭が勝ってるみたいですね」

 Jが答える。「あいつに勝たせないと国家反逆罪で処刑されるんだから胴元も必死だよ」

「イカサマなんですか?」

「そういうことだな」

 いつか父は僕に言った。勝つとわかっている喧嘩に挑むのは卑怯者のやることだ、と。腕っぷしにからきし自信のない僕がそんな場面に遭遇することはついぞなかったが絶対に負けないギャンブルが楽しくもなんともないことくらいはわかる。

「또한이긴거야(また勝ったぞ)」

「대원수지는 모르는군요(元帥様は負け知らずですね」

 だけど鳥の巣頭の影武者とその側近どもは50とか100とか数字の書かれたチップが手元に届くたびにエキサイトしている。先軍政治を公式イデオロギーとするこの国では財力イコール統治エネルギーという図式が確立されており、世界第五位の常備軍を維持するためにカネはどれだけあっても充分ということはないらしい。

「Нет такой рассказ глупо!(そんなバカな話があるか!)」

 キャッシャー(換金所)で赤毛の大男が騒いでいた。

「なんでしょう?」

「よくわからないが、きっとルーブルとウォンの交換レートにクレームをつけているんじゃないか。先代と違って鳥の巣頭はロシアを軽視していたようだからな」

「저 녀석은?(あいつは?)」

「아마 러시아 무역상이 아닐까 생각합니다(おそらくロシアの貿易商ではないかと――)」

「내가 즐기고있는 것을 방해되고 짜증처형하라(ひとが愉快な気分でいるところを――。無粋なヤツだ、処刑してかまわん!)」

 鳥の巣頭が言うとどこからかカーキ色の軍服を着た警護官がふたり現れ、赤毛の大男を連れ去って行く。

「すっかり本物気取りだな」

 Jが吐き捨てるように言った。騒動が収まると鳥の巣頭どもはテーブルのカードに視線を戻し何事もなかったかのようにゲームを続ける。

「そうだ! いいことを思いついたぞ」Jが僕に伝えた発案はその悪戯っ子のような笑顔とは裏腹にとても物騒なものだった。「僕はもう一度あの男の意識に戻ってワインを頼む。そこで実体化した君がウエイターに化けて近づき、できるだけ多くのアソシエイツ(側近)を道連れにしてディックが指定した三次元宇宙に弾き飛ばしてやろう」

「はあ……」

「なんだ、気乗りしないのか?」

 Jは眉を寄せて僕を見た。

「そういうわけではありませんが複数名を弾き飛ばすとなると対象は肉体のかなりの部分を失うことになります」

「弾き飛ばされる連中に生命の危機が及ぶ、そう言いたいんだな」

「ええ」

 どういった理屈か弾き飛ばされる時に失われる質量は手足の先からとなっているが、それが複数名ともなれば身体の半分以上をなくすわけで、それでも生存できる人間などいるはずがない。橋田の時は不可抗力だったが、意図して行うとなればそれは明らかな殺人行為だ。

「鳥の巣頭の両隣にいるCとOは、どのみち政権を継いだ息子に処刑されることになる。それにディックが指定する三次元宇宙は第三次世界大戦が起きる世界、君も見た死の灰が舞う世界だ。どんな姿になってようとたいした代わりはない」

「ええっ!」

 初耳だった。弾き飛ばす先が限定されているのはそんな理由からだったのか――。驚く僕に

「ディックから聞かされてないのか? 浄化、更生の期待できない精神の持ち主はひとつところに集め、然る後、その三次元宇宙ぐるみ消滅させる予定だと」

「……そうだったんですか」

 確かにその方法なら斥力の源泉を効率よく断てる。だけどなぜリチャード翁は僕にそれを教えてくれなかったのだろう。コウは知っていたのだろうか。

「用意はいいか? 行くぞ」

「……はい」

 思考にまとわりつく躊躇の薄膜を掻き分けるようにして僕はJに続いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ