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「察しがいいな」

 僕が想像する最悪のシナリオは、そのまま老人の脳に届いていたらしい。

「おめでたいことに人類は自らの軛を開発してくれたのだ。儂は、近い将来、これを次世代情報端末として流通させようと考えている。ヨタバイト規模のクラウドサーバーは現在開発中だが、完成の暁には人類の思考すべてを蓄積し、データベース化する。個性・多様性は修正の対象となる。人類には外へ向かう力を供出するためだけの存在になってもらう。都合の良いことにこの三次元宇宙は、おまえたちが処分した者どもで溢れかえっている」

 それを聞かされても不思議と怒りは湧き起こらなかった。

「サトゥルヌスは、儂が人類の強欲を煽ったように言うが決してそうではない。儂はただ、〝外に向かう力として存在する〟のみ。それは人類で言うところの本能のようなものだ。富と権力を求めこの者の許へやってくる者は、既にその時点で欲望の権化みたいなものだった。王族、貴族、政治家に実業家。地位の高い者ほどそれは顕著だった。歴史を紐解いてみればわかる。侵略戦争、宗教弾圧、敵対的買収、どれもが己が地位を高め維持するために行われてきたものだ。全宇宙にたった数十億しかいない同族を憎悪し、蔑み、貶め、更にはその存在さえ否定しようとする。そんな下劣な生命体の棲み家を保護してやる必要がどこにある」

 言われてみれば……。なんだか僕の思考は自他の境界が危うくなっているようで、老人の回想が僕自身の実体験のように感じられていた。

「この老いぼれはよく働いてくれた。おまえを捕えるまでは、と細胞の再生が止まった肉体を維持してきたが、それも今日までだ。儂が離れた途端、この身体は灰と化して消え去るだろう。探したぞ、ルシファー。この六名を率いて単一だった意識体を取り戻すのだ。今度ばかりは誰にも邪魔はさせん」

 僕の時代認識が正確なら老人の回想のなかでフォトンの鱗粉を煌めかせて消えゆく誰かの装束は18~19世紀のもので、老人は、ドイツ語で〝赤い表札〟を意味する姓を名乗っていた。老人の思考は〝待ち侘びたものがやっと手に入る〟ことで潤いに満ちていた。少し前に同じ経験をした僕はシンパシーを感じずにはいられない。歓喜の思考が堰を切ったように流れ込んでくる。

「おまえはいま、外へ向かう力で作られた磁場のなかにいる。電荷を持たぬそれは、おまえの力だけではどうにもできまい。自らも消滅すると知って助けに来る者もおるまいがな。さあ、我を受け入れよ」

 暗黒が抗おうとする意志を締め上げてくる。唯一、電脳の侵蝕を拒んでいた記憶の聖域が諦観の白旗を掲げようとした時、沈殿していく異物を切り裂くように途が開けた。

 J? 

 彼のバイブレーションを認識した僕はグラビトンを感じた。浮き上がっていた身体がソファに落ちる。

「宇宙は善き意思に従う。それをあなたが指し示すのよ。持田幸の意識はなくなっちゃうけど、巧巳ならきっと探し出してくれるわよね」

 幸? 

 明晰な思考が僕に戻ってくると同時に、数で勝る斥力の磁場に自らを犠牲にしてJが風穴を開け、それを通して幸がメッセージを運び、そしてふたりとも消滅してしまったことを僕は知った。

 ひんやりとしたソファの感触が僕の四肢に力を取り戻させる、僕はヘッドセットをかなぐり捨てた。

「Scheisse!」

 ドイツ語で毒づいた老人が僕を指さすと、ピーターたちが眼を開く。その瞳には感情の光というものがなかった。関節の柔軟さを感じさせない動きで六名が僕に近づいてくる。

「飛ぶがいい。だが、忘れるな。人類の欲望は底なしだ。次はもっと早くおまえを見つけ出し、その身体をいただく」

「飛びませんよ」

 もうバルクに幸が来ることもない。僕が為すべきことはただひとつだった。

 人類は僕同様、未熟で愚かだが、過ちに気づけば積極的に訂正しようともする。その機会を奪うのは神と呼ばれる存在にだって許されないことだ。

 イデア(観念)こそが高次の現実で物質はその写像に過ぎない――時を駆ける翼を折った時、僕たちは人類が真理に到達してくれることを期待したのだった。

「なにを考えている……」

 終始余裕を漂わせていた老人の口調に当惑の翳が過る。

 体細胞の電荷を反転させた僕は力の作用する方向を限定しなかった。90兆ジュールの6300倍の解放エネルギーはそれを倍加させるべく対象物を求め貪欲に広がっていった。


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