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04

「やあ、君がタクミかい」

「あ、あなたは……」

「よろしく。僕のことはJと呼んでくれ」

 四十枚目のリストを手に僕の前にあらわれたのは、六十年代、音楽でもその生き様でも世界中の若者を熱狂の渦に巻き込んだ四人組ロックバンドでヴォーカルとリズムギターを担当していたあのひとだった。肩までの長い髪を真ん中で分け、伸び放題の髭をたくわえた様は、若かりし頃の彼が『いまや僕らは彼の人気を超えた』と語ったイエスを彷彿とさせる。ニューヨークは高級住宅街で殺害された時の彼ではなく、二度目の妻となる日本人女性と知り合った当時の禅や空にのめりこんでいた頃の、いわゆるヒッピースタイルの彼だった。

「は……、はじめまして。柘植巧巳と申します」

 ――殺す理由も死ぬ理由もない。欲張ることも飢えることもない。誰もがただ平和に生きている世界を想像してみよう。

 彼が亡くなった時、やっと四歳になった僕は彼らのライブ映像を見たことがない。だけど彼の葬儀で流れていた曲は幼い僕の胸を打った。父に和訳を頼み、歌える部分だけをカタカナで歌っていたものだ。

「そう、しゃちほこばらなくていい。君たちこそが僕の理想とする世界の実現の礎となるんだから」

 流暢な日本語は日本人女性を妻にしているせいかと思ったが、考えてみればリチャード翁の言葉もそうだった。きっと僕に理解可能なイメージに変換されているのだろうと理解する。

「はいっ! この柘植巧巳、微力ながら粉骨砕身、ディックさんの命に従って日夜――」

「テイク・イット・イージー」

 Jは人懐こい笑みを浮かべると僕の二の腕をパンパンと叩く。

「あの……、ディックさんやコウはどうしているんですか?」

「ふたりはいま、アフリカ方面の応援に行っている。ソマリアが鎮静化すればギニアで、ギニアが収まればシエラレオネやスーダンと、内戦の火種は尽きない。民族紛争もいつしか政治指導者たちの利権をめぐる私利私欲剥き出しの縄張り争いと化してしまっている。元をただせば――。いや、長くなるから止めておこう。とにかく対抗する勢力は子どもさらって兵力にし、彼らが復讐心を抱かぬよう親を殺させる。そんな獣にも劣る行為が日常的に行われている。たった三名の――なんとか言ったな……」

「飛ばし屋のことですか?」

「そう! それだ。たった三名の飛ばし屋で悠長に事を構えていては事態の収拾どころか新たな戦火の口火を切ることにもなりかねない。そう判断したディックは一気に片を付けようとしているようだ」

 だとするとJが持っているリストには比較的難易度の低いターゲットが記されているのだろうか。

「そうだったんですか……。それであなたが代理に?」

「そうだ。だが、このふたりの処置も緊急を要する」

 Jはリストを僕に向けて言った。

「こいつら……ですか」

 そこには人民服に身を包んだ色つき眼鏡に鳥の巣ヘアーの小男と、妙な具合に頭の側面を刈り上げたとっちゃん坊やのプロフィールが記されていた。

「市場原理主義者どもも目障りには違いないが、やつらならミサイルなど発射することはない。ところがこいつらときたら――」

 ミサイルだって? 「また、そんなことをしようとしているのですか?」

「ああ、ひどいもんだ。2009年と2012年の発射実験では、いくつかの三次元宇宙で日本と韓国の国土を直撃する。両者とも無人島だったため死者は出ていないがね」

「えっ!」

 僕はその三次元宇宙を見ていなかった。

「君の国の都知事は相当右寄りなようだな。国民を煽って政権に詰め寄り、あわや戦争かというところで米中が仲裁に入って事なきを得た。半島ではDMZ(非武装地帯)で小競り合いがあったが、こちらも戦争までには発展してない。だが――」

 Jはとっちゃん坊やのほうを指して続ける。

「無事……と言うのも変だが、ミサイルが日本上空を通過して太平洋に落ちたほうの三次元宇宙ではそのもじゃもじゃ頭が急死する。公式発表は心筋梗塞だが、労働党行政部長ら前総書記長のシンパに一服盛られたというのが本当のところだ。歴史は繰り返すとはよく言ったものだな。そして急遽、最高職責に据えられたのが次男であるこっちのデブだが、こいつは図体がデカいのみで指導力もカリスマ性もない。そこでこいつの権威を高めるようと軍部は暴挙に出る。またぞろミサイルの発射実験を敢行したわけだ。そのミサイルは沖縄の米軍基地に着弾して数百名の死者を出した。それが第三次世界大戦を勃発さすことになる」

「アメリカが応戦したんですか? 中国はどんなスタンスを選択したんです。ロシアは? 中東の国々は参戦したんですか?」

「自分の眼で見るといい」

 矢継ぎ早に質問を浴びせる僕に見せてくれたのは文字通りの廃墟だった。


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