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「わたしは――」羽柴が続ける。「過去に幾つもの予言をし、それを的中させてきた」

 一流のイリュージョニストなら読心術全般に精通しているものだし、過去に過去を予言する、わかりやすく言えば〝三か月前の出来事を半年前に予言する〟程度のことはこなす。予知夢を発行証明書付郵便で送る、というややこしい手法で的中率98パーセントを誇っていたある予言者は、マスコミに取り上げられて以降の的中率は半分以下に落ちた。それも曖昧な記述を拡大解釈してやっと、だ。ニ十世紀最大の予言者と言われたE・Kは日本沈没の日を予言したが、それから二十年近く経ったこの三次元宇宙でも日本は沈んでない。そしてフィリピンを直撃し死者・行方不明者八千人を出した台風と、ロシアのウクライナ侵攻を予言した者は世界に誰ひとりとしていないのだ。

「それが堕天使ルシファーの力なんですか?」

「堕天使などというのはキリスト教徒どものプロパガンダが創り上げたものだ。〝光をもたらす者〟と理解すべきだ。彼こそが人類に知恵を授けてくれた全能者なのだからな。ゼウスから火を盗んで人類にもたらしたプロメテウス神話も、実はルシファーを描いたものだ。彼は姿を変え、幾度も地上に顕現しては人類に介入してきた。偉大な思想家の誕生もルネッサンスも産業革命も彼の助けなくしては起こり得なかった」

「……はあ」

 一体、羽柴はこれをどんな顔で話しているのだろう。僕がA・Gに語った神の使徒についてのよもやま話の向こうを張っておちょくっているのだろうか。表情が見えない以上、なんとも判断をつけかねる。長口説になりそうなのは望むところでも返答に困る。

「君はいまの世界が正しい姿だと思うかね。史上かつてなかったほど所得格差は拡大し、いまや世界はプルノトミー(一部の超富裕層が富を独占する経済圏)とそれ以外に分割されつつある。このままでは遠からず中産階級は消滅してしまう。これだけはなんとしても食い止めねばならん」

〝彼ら〟の戦略のひとつである『人口の大幅な削減』に軌道修正の必要性が生じたわけだ。ミドルクラスあっての資本家であって、貧困層ばかり残っても搾取対象にはならない。そんな簡単な理屈が、何故いままでわからなかったのだろう。いかにも左翼らしい発言の側面にはそんな事情があったのだ、と僕は推測する。

「民意に量りながらでは改革は進まん。だがらこそ世界統一政府の成立を急ぎ、富の再分配を行政強制にしてしまうのだよ。即時強制に従わない者には執行罰として過料を科す。どうであれ財産は没収されることになる。それがルシファーの意思でわたしの使命なのだ」

 本当に必要なところに富が分配されるならいい考えのようにも思えるが、それが公平なのかと言えば必ずしもそうではない。現代の高所得者は資本所得ではなく賃金所得によって財を成した者が主流を占める。つまり、〝それなりの犠牲を払い自力で獲得した成功者たち〟で〝彼ら〟とも親交が深い。いきなり『私財をすべて召し上げる』と言われればかなりの混乱が予想される。

「それはルシフェリアンの総意なのですか?」

 僕は初めて〝彼ら〟の上位三階層――オリンピアンズ、大ドルイド評議会、プロビデンス・アイ――の別名を口に出した。

「どんな組織にも意見の相違はある」羽柴は上手く韻を踏む。「幸い、反対派の急先鋒は君がバラバラにしてくれた。お蔭で採決にリバイブを待つ必要もなくなった」

 それがさっきの〝礼〟か……。僕は図らずも羽柴の計略に手を貸したことになる。

「だが、なにせ我々は大所帯でね」落胆する僕に羽柴が言った。「この先、また離反者が出ないとも限らん。そこで二つ目の質問だ。君らのアレはどこのクリエーターが開発したものかな」

 傷跡一つ残さずに身体の一部を奪い、相手の人生観まで変えてしまう――そんなことがトリックで可能だと信じるなんてどうかしてる。

「あれは体質なんです」

 縄抜けなどの脱出術を得意とする奇術師には、極端に関節の可動域が広い多重関節の持ち主が存在する。一度、死んで神に教わったんです、と説明するよりは説得力があるかと思ったがそうは問屋が卸してくれない。

「なるほど、そうきたか。しかし断言しよう、君はいずれ話す気になる。準備が整ったようだ」

 短いノックの後にドアが開き、誰かが入ってくる。今度は足音が二組、力強く床を踏み締めるものに混じって当惑のスタッカートが響いていた。

 ハイヒール? 女性が引きずられているのか? 

「ご苦労だった。女はそこの椅子に縛り付けておけ」

「はっ」

 低い声で短く返答があって女性のものと思われる呻き声とひとが争うような物音、ドスンという音に続いてまた女性の呻き声、ベルトを締め外しするような音がして静かになった。

 まさか幸? だけどどうやって? ここは、幸があの列車に乗らなかった三次元宇宙なのか? 遮断された視覚が不安の澱を激しく撹拌する。

「じゅっ、準備が整えば目隠しは外してもらえる約束でしたよねっ!」

「外してやるとも、わたしは約束を守る男だからな。但し、警告しておく。目隠しの外れた君がどこかへ消えれば、その女は死ぬ。わたし、若しくはわたしの部下に何らかの異変が起きれば、やはりその女は死ぬ」

 羽柴はそこにいる誰だかの殺害予告を、業務連絡を読み上げるような口調で言った。


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