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 接続が戻ると僕はエレベーターのなかにいた。ストレッチャーに乗せられ、胸元と腰の辺りを太いベルトで固縛されていて身動きが取れない。毛布が掛けられていて眼には映らないが、手首と足首もフレームに縛り付けられているようだ。薄青の割烹着みたいなのを着たふたりが左右でハンドル部分を抑えていたが、ドアのほうを向いているため顔は見えない。幸い口は動かせた。

「あのう、すみません。消防の方ですよね? 意識が戻りました。自分で歩けると思います」

 救命救急センターは重篤な患者用に高度な医療技術を提供するための三次医療機関で、床に打ち付けただろう額はジンジン痛むが、一時的な電気ショック――おそらくはスタンガンの類だと思う。裾で引っかけたワイヤーかなにかが感知装置になっていたはずだ――で倒れた程度の僕が世話になるのは申し訳ない。

「黙れ」

 右手の救命士――だと思う――が、僕の顔も見ずに言った。

「だっ、黙れとはなんですか! 僕はあなた方の負担を思ってですね――」

 左手にいた男が酸素マスクみたいなものを手にすると無言で僕の顔に被せる。

「だから、こんな物は……」

 顔をよじって外そうにも男の力は強く僕はミノムシ状態、ものの数秒で意識の接続は切れた。

 次に肉体に意識が戻ったのは……いまはまだわからない。額から鼻筋にぴたりと張り付くマスクを着けられ拘束も解かれてなかったからだ。ただ、微かに聞こえる波音から海が近いことは想像がつく。今回のように不測の事態に見舞われた時、意識だけをバルクに残したまま体勢を立て直し、再調査を済ませた上で仕事に臨めればいいのだが、そう上手くはいかない。残念ながら三次元宇宙に肉体が構築されている以上、接続が回復した時点で意識はすぐに引き戻される。従って情報収集は臭覚と聴覚に頼らざるを得ない。低くブーンと唸りを立てるのは室外機のファンだろう。そしてこの生臭さ、僕はここが水産加工場か、あるいはその近くであることを情報に加える。

「気がついたようだな」

 前方でしゃがれ声が上がる。もう少し状況の把握に時間が欲しかったのだが、鼻をひくひくさせたのがいけなかったようだ。

「ここはどこなんです? 僕はどうしてここに? 今は何時でしょうか?」

「ここはわたしが個人的に借りている倉庫のようなものだ」

 すると都内か?

「時刻は水曜の――」腕時計でも見たのか回答に少し間があった。「午前九時五十分を回ったところだ」

 なんと、僕は呑気に五時間近くも気を失っていた計算になる。

 僕は問いかけの方向性を変化させてスルーされた二つ目の質問の答えを探ってみる。

「で、そちら様は?」

「おいおい、君は自分が付け狙っていた男の声も知らんのか」

 羽柴か……。となると二つ目の質問に答えがなかった理由は明白、自分の胸に手を当てて考えろ、ということだ。自らの絶対優位を確信しているのか、羽柴の声は楽しげにさえ感じられる。闖入者を捕えてみれば身に寸鉄帯びぬ華奢な若者で、それがいまや目隠しをされ縛り付けられた毛刈り作業前の羊同然なのだから当たり前と言えば当たり前の話だが――。だけど、どうして僕が来ることがわかったのだろう。しかも、あの念入りな仕掛け、飛ばし屋に関しての予備知識があったとしか思えない。果たせるかな、羽柴は次の言葉で僕の推察を裏付けた。

「多くの場合、君らとの身体的接触は肉体の一部を失い気概まで失くすようだ。突然、現れたかと思えば忽然と消え去る。一体、どんなトリックを使ったのかね。最新のテクノロジーを扱うマジッククリエーターに映像を見せ、思いつく限りの仕掛けについて考察と検証を重ねたが上手くいかなかった。待てよ、変身術を使う場面もあったな。すると全部が君の仕業だったと考えてもいいわけか。いや、体格が違い過ぎる。やはり君らは複数名いなければおかしい」

 映像だって? 弾き飛ばしはビデオカメラのある部屋を避けるか死角を選んで行ってきたはずだ。なんでそんな物が……。

 顔を半分覆われていても僕の狼狽は顕著だったみたいだ。ふっと息を吐くような含み笑いに続いて羽柴が言った。

「警備員室の映像がすべてではないということだ。わたしは猜疑心の強い人間でね。離脱者が出てからその度合いは一層高まった。だが、当時まだ新参扱いされていたわたしの提案、監視システムの増強を拒む評議会メンバーもいた。彼らの拒絶を無視してまで施策を進めれば議会内に軋轢も生じる。ならばどうする? 簡単だ、カメラが増えたことを知らせねばいい」

「あっ! あの肖像画――」

 アンドロポフ博士の個人オフィスやFRBの会議室で感じた誰かに見られているような感覚は気のせいではなかったのだ。木を隠すなら森――僕は使い古されたトラップにまんまと引っかかってしまった自分自身の迂闊さを呪った。

 羽柴は肯定の代わりにもう一度小さく笑ってから言った。

「おお、そうだ。君に礼を言うのを忘れていたよ。SL社で粉微塵になった冷凍保存者のなかには評議会のナンバー1がいた。あの変わり者のファレルをどう説得したんだね? まあいい、おいおい訊ねていくとしよう。次回の会合を待って、わたしは評議会議長の栄誉を授かることになる。」

 ペイシェント・ケア・ベイ内部にもカメラが隠されていたのか……。いや、もしかするとファレル博士のところから映像を持ち出したのかもしれない。いずれにせよ、どこかの時点から僕たち飛ばし屋の仕事を羽柴は監視しており、調子に乗ったマヌケを捕える機会を窺っていたのだ。だけど礼とはまた――。


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