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「次はアレだ」

 リチャード翁、いや、リチャード翁に意識を乗っ取られたファレル――この際、もう誰でもいい。とにかく彼は、デュワー上部に突き出たハンドルを指して言った。そうそう都合よく脚立が置いてあるはずもなく、ドゥームズデイ・プレッパーズのところにも木登り用の安全帯は置いてなかった。僕は仕方なく鉄骨の柱を上り、デュワーの上、三十センチくらいの高さに巡らされたメタルメッシュ製のキャットウォークを這い進んで行く。体格のいいアメリカ人電気工事士が乗っかっても大丈夫なだけあって、痩せ型の僕が乗った程度ではびくともしない。ナンバー001のデュワーの隣まで進むと慎重に上に飛び乗った。

 ワイヤーの通されてないLアングルの工作物をハンドルの根本に結束バンドでゆわえ、雷管を差し込む。それが済めば隣、そしてまた隣、とデュワーの上を飛び移りながら八基全部に細工を施す。オペレーション・オシャカ、フェーズ2の完了だ。僕は再びキャットウォークに飛び移り、上ってきた柱を目指す。床に降り立った僕は、作業終了を報告した。

「なかなか身軽じゃないか、まるでましらのようだった」かちかち山を知らない神もましら(、、、)はご存じなようだ。紛うことなき神憑り状態のファレル博士はにたりと笑って乱杭歯を見せる。

「見ものだぞ」彼は、手押し車にあった起爆装置を手にするとペイシェント・ケア・ベイの奥に向かって歩き出す。「液体窒素が流れ出る。そこにいたら君も氷漬けになるぞ」

 さりとて廊下に出ればビデオカメラがある。僕は慌ててデュワーの傍を離れ、手招きするボマー・イン・ホワイト(白衣の爆弾魔)の許へと走った。

「では、まず一基」

 起爆装置に博士の節くれ立った指がかかる。局面はフェーズ3に突入しようとしていた。

 えっ! ここで?「ちょっ、ちょっと待ってください。耳栓とかはないんですか? 爆発で何か飛んできたりはしませんか? 火災はどうなんです?」

 僕は思いつく限りの憂懼を訴えた。

「C―4を詰めた部材の形状は見ただろう? 正確な円錐形ではないが、適正な炸薬量と相俟ってモンロー効果が期待できる。爆風はデュワーだけに向かうようになっているのだよ」

「へえ……」

 Lアングルを曲げたのはそのためだったのか。物理音痴の僕にモンロー効果が何なのかはわからない。だが、博士の真剣な眼差しから察するにブロンド美人のスカートがまくれ上がる現象とは縁がなさそうだった。

「音は、そうだな。キックの16ビートを想像してくれたまえ」

「キック……ですか?」

「ベースドラムのことだ」

「はあ……」

 未だかつて耳にしたことのないものを想像しろというのが無理な話だ。僕は両手で耳を塞ぐことにした。それを見た博士は起爆装置を床に据える。3―2―1―、スイッチを押さないほうの指を折ることで僕にカウントダウンを送ってくれた。

 ドンドンドンドンッ! 僕の聴覚はドンを4つしか捉えきれなかったが、爆発はきっちり二小節分あったはずだ。室温が一気に下降し、デュワーから流出した液体窒素が気化してもうもうと蒸気を上げる中、マンホールの蓋を放り投げた時のような音が響いていた。白煙が薄まりと、爆薬帯を巻いた箇所から千切れ落ちたデゥワー下部が見えてきた。

 今度は単発の爆発音がした。ハンドル部分に仕掛けたものは十五秒遅れで雷管に通電されるよう設定されている。鈍い音と共に、デュワー内で吊り下げられていた氷漬け遺体が落下してきた。体毛を剃り上げられたそれはなまっちろくて精気がまったく感じられない。死んでいるのだから当たり前か……。だけど、このままではまずい。リチャード翁の計算通りバラバラに砕け散らない遺体を見て僕は思った。デュワーの筒の部分に下肢が引っかかった遺体は、体重を頭部だけで支える格好で倒立状態を保っている。「已むを得ん、ハンドルに仕掛けたのを外して遺体に付け替えてきてくれたまえ」いまにも博士の口からそんな言葉が飛び出すのではないかと、僕は冷や冷やして情勢を見守る。すると――。

 遺体がピシッと音を立て、間髪空けず首の部分が折れる。その先は一瞬の出来事だった。雪崩式に落下してきた胴体の肩甲骨付近に亀裂が走り、冬山の氷壁が縦に裂けるように遺体が崩れ落ちた。

「大成功だ」

 博士の相好が崩れ、それに呼応するかのようなタイミングでサイレンが鳴り響く。所内に警報が発動されたのだった。

 ペイシェント・ケア・ベイのドアはピックアップトラックに積んであったバンパージャッキでつっかえ棒をしてあるが、ドアヒンジを溶断されればお終いだ。ここまできて夜警に姿を見られたくはない。

「残りをセットしてバルクに戻りましょう」

「そうだな」博士の指が起爆装置のダイヤルを回し、雷管を選択しては次々と起爆タイミングを設定していく。

「爆発は一分後だ」

 デジタル表示のタイマーが時を刻み始めるとリチャード翁は博士から抜け出た。


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