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 フロリダ州はサンタローザ郡、州間高速道路の北部に広がる巨大な工業団地の一画にSL社はある。周囲の建物同様、鉄骨平屋建てを選ぶことで上手く地域に溶け込んではいたが、ガラス面を広く取りながら中が見えない程ティンテッドされたドアと窓が、得体の知れない業務内容にスクリーンを掛けていた。

 ピックアップトラックは正面の駐車場には停まらず、そのまま社屋右手を通って荷物搬入口のある裏手に回る。白線の引かれた駐車スペースに入れるや否や、リチャード翁は運転手の意識から離れ、2000マイル強を、ほぼノンストップで走り続け、午前二時過ぎに到着した男性は、ハンドルに突っ伏すと鼾をかきだした。ものの数分もしないうちに〝ケミカルハザード〟の注意書きのある観音開きドアが開き、手押し車を引いた男性が出てきた。ペイシェント・ケア・ベイ管理責任者で数学博士のマイケル・ファレルだ。よれよれで染みだらけの白衣を身に纏う彼はEH延命財団から引き抜かれた人物で、調査時、極端な猫背と病的な菜食主義のせいで実年齢の六十一歳より十は老けて見えたが、リチャード翁が意識に侵入したいま、背筋はピンと伸び、分厚いレンズの眼鏡は額にずり上げられていた。ファレル博士はピックアップトラックのトノカバーを開くと、リチャード翁プロデュース、ドゥームズデイプレッパーズ苦心の作を手押し車に移し始めた。

 搬入口のすぐ内側にはグライドスライド式のドアがあり、これも掌紋認証式になっている。ファレル博士が掌を押し付けるとワイヤーの巻き取り音がしてドアが開く。所内全域がビデオカメラで監視されているが、職務に異常な使命感を燃やすファレル博士の変人ぶりはEH延命財団時代よりよく知れ渡っており、深夜に所内をうろついても夜警が怪しむことはなかった。潜入のナビゲーターとしてうってつけの人物だと言える。

 手押し車を押してなかに入ると右側が備品倉庫になっていて、左に進むと目的のペイシェント・ケア・ベイの入り口が見えている。壁付けの回転灯は光らずアラームも警報も鳴ってない。リチャード翁が『オペレーション・オシャカ』と銘打った作戦は順調に進行中だった。

「いいぞ。タクミ、来てくれ」

 ファレル博士の掌紋を使ってペイシェント・ケア・ベイに入っていたリチャード翁が僕を呼ぶ。オペレーション・オシャカはフェーズ2に移っていた。

 セキュリティの充実とペイシェント・ケア・ベイ内部の映像はファレル博士のオフィス兼研究室で管理することがSK社への移動の条件だったことが幸いし、僕は誰の眼に留まることもなく実体化することができた。なんと、EH延命財団では患者保管室のドアにごく普通のシリンダー錠を使っていたのだった。

「あれ?」

 実体化した僕は、思ったほどペイシェント・ケア・ベイの温度が低くないことに拍子抜けする。

「どうかしたかね?」

「いや……。人体をマイナス一九六度まで冷やす部屋の割には寒くて堪らない程でもないな、と――」

「冷気が漏れ出す程度の気密性ならデュワーの中身はとうに腐っているだろうな」

「あはは、確かに」

 口調はリチャード翁でも発声器官はファレル博士のものだ。その甲高い声で言われると、どうも調子が狂う。

「のんびりしてる暇はないぞ。中身が詰まっているのはそこからそこまでの八基だ。さあ、手伝ってくれ」

 ファレル博士が手にするワイヤーとLアングルで出来たオブジェは巨人用のブレスレットみたいだった。だけど、それを巻きつけるのは誰かの手首ではなくデュワーだ。直径が一メートルあればひとの腕は回らない。僕はそのための助手として呼ばれたのだった。

「ディックさんなら」ネバダ州からここまでの道中、僕は訪ねた。「ワイヤーの端を抑えておくくらい精神の力でなんとかなるんじゃないですか?」

 それに対しての返答は「君はSF映画の見過ぎではないのか。念動力などというものはこの宇宙に存在しやしない」

 超能力の存在は神によって正式に否定されたのだった。

 デュワー下端より二十センチ上で締め上げたワイヤーの端にスリーブを通し、やっとこのお化けを使ってかしめていくのだが、皮手袋をはめているとこれがなかなか上手く通らない。手袋を脱ぎ、小一時間かけて八基のデュワー全部の細工を終える頃、僕の指先はほつれたワイヤーの素線で血まみれになっていた。続いてLアングルを曲げた部材の穴(ワイヤーの通ってない中心部分のものだ)に電気式雷管を差し込んでいく。

「爆薬を貫通させないよう、尚且つ、振動で抜け落ちたりしないよう、しっかり差し込んでくれ」

 力加減の難しい注文に、僕は血糊で滑る指をジーンズで拭って作業を進める。空調の整ったペイシェント・ケア・ベイだったが、爆薬に雷管を着けるという作業は緊張を強いられる。雷管をセットし終えた僕は汗びっしょりになっていた。


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