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R・F「どういうことなんです?」

A・G「先週のことだ。いつものようにここに向かう車のなか、新聞に眼を通すわたしの横に見知らぬ若い男があらわれた。デザイナーズブランドのスーツを着たその男は神の使いとは程遠い、まるで証券マンのようだった」

R・F「どうしてそんな男を乗せたのですか?」

A・G「乗せたのではない。突然、わたしの隣にあらわれたのだ。運転手などは、腰を抜かしてハンドル操作を誤り、危うく人通りの激しい歩道に乗り上げるところだった」

R・F「突然……ですか」

A・G「このジジイ、とうとう焼きが回ったか――そんな顔をしておるな」

 疑いの眼差しで身体を反らすR・Fの考えを読んだかのようなA・Gの発言に、R・Fはとんでもないとばかりに手を横に振った。

A・G「まあよい」A・Gは慈父のように柔和な眼をした。「その男は言った。『強欲の炎がおまえの身を焼き尽くすだろう』とな。そして男は手を伸ばし、わたしの身体に触れた。意識を失ったのかもしれないが、車の位置から判断する限り、それもほんの数秒だったはずだ。気づいた時、男はおらず、この腕はきれいさっぱりなくなっていた。しかし、そこには傷跡さえなかったのだ。出血も痛みもない。優秀な外科医に診せてみたが『レーザーメスを使ってもこうはならない』とのことだった。神の使い以外の誰にそんなことができる? 彼に触れられた時、わたしは明確なビジョンを受け取った。啓示と言ってもいい。ひとの肉体はいつか必ず滅びがそれで終わりではない。彼は精神と言っていたが魂と言ったほうが君にもわかりやすかろう。過ぎたる欲望は体内に斥力というものを呼び込み、募らせ、最後には魂の離脱、つまり肉体の死を早めさす。そして欲望に囚われたまま久遠の闇を彷徨い続けることになるのだそうだ。評議会の面々のように長寿に固執するのは本末転倒であるわけだ。善い行いを心掛けよ、彼はわたしにそう言い残していったような気がする」

 弾け飛んだ飛ばし屋とターゲットは、まるで別の次元に向かうことになっている。A・Gの言うとおりなら接触時、飛ばし屋の思考が流出し共有されたのだと考えるべきだろう。それは僕の知らない情報だった。

R・F「いや、それは……」恍惚の表情で語るA・Gに、R・Fは鼻白む。新手の感染症か何かではないのか――そう自分に言い聞かせたふうで、思い直したように言い添えた。「あなたのその腕の再生も、なくすことになった要因も、未来には取り除けるかもしれないではないですか。なればこそ――」

A・G「来たるべきファースト・ライフサイクルの終焉に備え、富を貯え続ける必要がある、そう言いたいのかね? 君がL・B社から受け取った給与は5億ドルだったな。それだけあれば家族全員のクライオニクス費用を財団に納めても釣りがくるだろう。その上、何を望むのだ。愛人の分まで面倒みてやるつもりかな」

R・F「あなたまでがそんなことを――。あれはストック・オプションを行使した上での総額です。正当な権利でしょう!」

 辛辣なA・Gの指摘に、R・Fは気色ばんで答えた。

A・G「正当か……、その基準も神の使いに接すれば変わる。わたしはこの腕と共に富にも永遠の生にも興味も失った。近々、オリンピアンズも脱退しようと考えている」

R・F「まっ、待ってください、あなたが――」

A・G「そうなれば、だ!」話の腰を折るな、とばかりにR・Hの制止は一蹴される。「次にオリンピアンズの委員として推挙されるのは君しかおらん。わたしが今回の頼みを断ったところで痛くも痒くもなかろう」

 衝撃と緩和、当惑と安堵を揺れ動いた後、R・Fの表情は憫笑に落ち着いた。

R・F「そういうことでしたら……」

 その反応に、厳しい顔つきだったA・Gも思わず口元を緩める。

A・G「ふっ、正直な男だ。きっと君はこの足で評議会に向かい、わたしに言ったのと同じ提案をするのだろうな」

R・F「いえ、すぐに、というわけでは……」

 そう言うR・Fの靴先はドアのほうに向いていた。

A・G「いつか君も自らの行いを悔やむ時がくる。君がマテリアルと呼んだひとびとへの仕打ちをな。わたしはヒストリーチャンネルを観ていて、人類がほんの十五万年前、アフリカの盆地に住む単一民族だったことを知った。我々は同族を蔑み、搾取し、あろうことか死に追いやってきたのだ」

 A・Gの眼鏡が涙で曇った。

R・F「御冗談を、名を売りたい遺伝子学者の戯言でも聞かれたのでしょう。わたしたちの肌は黒くないじゃありませんか」

A・G「その遺伝子だが、我々に体内にはミトコンドリアDNAというものがある。これは必ず母親から子に受け継がれるものだ。その特性を生かした調査では、現代ヨーロッパ人は旧石器時代の七名の女性に端を発しており、更に母方を追跡すればひとりのアフリカ人女性にたどり着くそうだ。エバ(アダム&イブのイブを指している)は黒人だったのだよ」

R・F「なるほど、そうでしたか……。いけない! 次の約束があるのを忘れていました」

 どう安く見積もっても数百万円は下らない腕時計に眼を遣ってR・Fが言った。

馬鹿馬鹿しい。これ以上、ボケの始まった年寄りに付き合っていられるか――そんな本音が冷笑に透けて見える。

 そろそろ出番だな――散らばった体分子を集める要領にも慣れた僕は、A・Gの援護射撃に向かおうとしていた。但し、今回は少々A・Gに訊ねたいこともあり、R・Fの到着十五分前に実体化先をコーディネイトした。


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