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 僕は随分と外国語を覚えた。と言っても「おまえは誰だ」のフランス語やイタリア語、「ここで何をしている」のスペイン語やラテン語などという偏ったセンテンスではあったが。

 新世界秩序の成立に血道を上げる〝彼ら〟の巨大なヒエラルキー。その三十三階級目にオリンピアンズと呼ばれる最高上層部がある。リチャード翁の語るところによれば、企業や政治リーダー全体を支配する数百ものシンクタンクを擁し、そのカモフラージュのためのフロント組織から成る巨大官僚制度を持っているそうだ。リストにある名前の後ろには、クイーンにプリンスにプリンセスにサーにバロンにデュークになんとか何世にと、それはもうそうそうたる顔ぶれで、飛ばし屋でもしてない限り、生涯、お目にかかれないようなビッグ・ネームのオンパレードだった。はて、政治家や実業家はいないのかと読み直してみれば、出るわ出るわ……。英語表記の上、ファーストネームが先に記述する方式がとられていたためピンとこないだけだった。ハーバード出の元国務長官や、やはり元国務長官で陸軍大将だった者。世界銀行の元総裁やらヨーロッパ各国の中央銀行現役の総裁にFRB(連邦準備銀行)の議長まで揃っている。コウが「ただのバカ」と断じたフォーティースリーと僕が弾き飛ばした元副大統領を含むホワイトハウスの三悪人は、下部組織の人間ということでオリンピアンズの名簿からは漏れていた。国民が大勢死んでいくなか、フォーティースリーはエアフォースワンでとんびのようにくるくる上空を飛び回っており、真っ先に官邸の地下壕に避難した副大統領などは、その頭文字とおりの〝Chicken〟とリチャード翁が判断したのかもしれない。驚いたのはそこにポープ(ローマ教皇)の名があったことだ。下部組織には数々のフリーメーソンリーがあり、ローマカトリック教会は十八世紀にその友愛結社を教書でもって破門している。それはニ十世紀に解かれたが、教会側は、未だフリーメーソンを危険視する姿勢を崩してない。となると、こうした宗教的対立をも〝彼ら〟に偽装されていたことにはならないだろうか。オリンピアンズのメンバーは同時にNATO(北大西洋条約機構)とローマクラブの会員でもあり、その上、参謀本部であるタヴィストック研究所やRIIA(王位国際問題研究所)、CFR(外交問題評議会)にビルダーバーグ会議にTC(日米欧三極委員会)、聖ヨハネに円卓会議にローマクラブにと、数え上げればきりがないほどの下部組織を有するのだから、民族的対立に関しても意のままに操れたことだろう。各国政府などはやっとその下に位置するに過ぎなかった。また、各種メディアも〝彼ら〟の支配下にあるため、情報は〝彼ら〟にとって都合良く捻じ曲げられたプロパガンダと変わる。各種選挙では投票前どころか告示、あるいは公示以前に勝者が決まっていた。最早ひとびとは何を信じればよいのか――と、悲観していても始まらない。僕は次のターゲットを消化するため三次元宇宙に飛んだ。


 僕が実体化したのは、あるグローバルな保険グループの会長兼CEO執務室だった。粉飾決算や保険法・証券法違反の容疑で前会長とCFOが起訴されるなど、スキャンダルが絶えないが、年間売上高は軽く一千億ドルを超える大企業だ。癌・医療・障害の第三分野保険のシェアも確実に伸ばしつつあるが、保険金支払いの審査は異常に厳しく、支払を拒否された被保険者からの不服申し立てによる訴訟を山ほど抱えていた。『まともなことをしていて金持ちにはなれない』を体現するかのようだった。

 今回の標的であるそこの会長兼CEOはというと、下半身裸で大画面モニターに映る児童ポルノを鑑賞しながらマスターベーションの真っ最中だった。すぐ横に立った僕の登場にも気づかない。禿頭に汗を滲ませ、思うよう反応してくれないペニスを必死でしごいている。赤く火照った鉤鼻はせっかちなハゲワシを思わせる。「いい歳して」あまりの滑稽さに、思わず口を突いて出てしまう言葉があった。「なーにやってんだか」

 老人はギョッとした顔で僕のほうを向いた。そしてドアのほうを見遣ると再び僕を向く。何か言いたそうに口はパクパク動くのだが、なかなか声にならない。無理もない、人払いを済ませた上でお楽しみに励もうとしていたところに突如として僕があらわれたのだから。

 いい加減聞き飽きた「おまえは誰だ、どうやってここに入ってきた」の英語ヴァージョンを老人が口にする。僕はオリンピアンズのメンバーを相手にする時の決め台詞で応じる。

「我が名はエン・ソフ(〝彼ら〟が唯一、信奉する神の名)なり」

 これを僕はリチャード翁に教わったヘブライ語で言っているのだが、文字は右から左に、数字はアラビア数字を使って左から右に、と書かれるため、こう表記するに止める。

「何を言っている?」

 僕の実家ワンフロア分の広さはあろうかというオフィスを見回す。調度にも装飾品にもカネがかかっていそうだった。

「だーかーらー」これは日本語で言った。「神だよ、神。正確にはその使いだけどね」

 そして右手を差し出す。人差し指と中指、薬指と小指をくっつけて開く〝ライオンの握手法〟と呼ばれるフリーメーソン高位の者だけに許される秘密の握手法だ。

「Why are you here?」

 オリンピアンズの傘下には英国情報部があり、そこはCIAやモサド(イスラエル諜報特務庁)とも密接に繋がっている。僕を組織の暗殺者とでも思ったのか、老人は中学生でもわかる英語を震える声で発した。

「急いでるんだよ。はやくしろってば」

 差し出した手を老人の眼の高さまで上げると、老人はおずおずとその手を握り返してくる。その刹那の更に刹那のまた刹那、僕と老人の身体は別の宇宙へと弾け飛んだ。


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