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「へえ、瞬間移動かぁ――。かっこいいいじゃない、あたしがついててあげなくたってタクちゃんもちゃんと努力してるのね。えらい、えらい」

 自らの発言に賛同するようにコウはうんうんと頷く。だけど、どうにも褒められている気分になれない。

 今回の彼女は国営放送の某気象予報士を模していた。その気象予報士は滑舌があまり良くなく、彼女の挨拶を真似た父がよく「はいはい、こんばんにゃ」と言っていた記憶がある。

「Jにスパルタ式で鍛えられたお蔭だよ」

 もとより立体として不完全な僕だ。体細胞を量子レベルに分解して別の座標に再構築が可能なことにもっと早く気づくべきだった。次元と飛び越えるほどのエネルギーは必要ない。量子間に働く力――グルーオン――を解いてやるだけでいい。

 人類が到達してない領域である。物理音痴の僕の説明では誤謬が生じるやもしれないが、量子力学的解釈ではこうなる。『相対的強さで言うならグラビトンの40乗倍でも、影響範囲は1Å(オングストローム)の10万分の1の更に1万分の1となる1フェムメートルしかないグルーオンは、2と小数値で形成された僕にとって、さほど〝強い力〟ではない』。光速に近い速度で移動中の僕に、初速730m/sである銃弾が止まって見えるのも当然と言えば当然のことだった。

「それにしたって凄いわよ。さすがはタクちゃん、あたしが見込んだだけのことはあるわ」

「ところで――」他の飛ばし屋の能力を知った今、逃げ足だけ早くなったことを自慢気に語る気にはなれない。僕は話題を転じることにした。「アフリカはどんな様子だったんだい?」

 それでもその能力差が歴然としているのか、あるいは将来、僕にも獲得できるものなのかには興味がある。

「聞きたい?」

 姿をあらわして以来、終始にこやかだったコウの表情に憂愁のカーテンが引かれる。

「君が戻ったってことは任務完了の証しだろう? 別の飛ばし屋がどんな仕事ぶりだったのか、知りたくはあるね」

「ターゲットは全部、弾き飛ばしてやったわ」

「そのわりには浮かない顔じゃないか」

「肉体に留まる精神の愚かしさをあれだけ見せつけられれば気分だって塞ぐわよ。解放の父であるM氏が命懸けで示したものなんか、とっくに忘れ去られていたんだから。腐敗した政府の打倒とか民族解放を謳い文句にしたってやってことは夜盗や山賊と変わりない。略奪と暴行、利権争いが国民同士の対立を悪化させるだけ。強硬派のリーダーと、武器や資金援助で紛争を煽っていた奴らもぜんぶ弾き飛ばして停戦にこぎつけるとするでしょう? 親が見つけられた子はいい。家族を失くした元少女兵たちは売春婦に身を墜とすしかないの。日本なら中学校に行っているような年頃の子たちが、たった二百円ぽっちで身体を売る現実がそこにあった。ダイヤモンドの露店堀をするたくさんの元少年兵も見た。採掘業者の元締めは少年たちに僅かな食事と三十円ほどの日当で働かせていた。元締めは元締めで仲介人に買い叩かれる。資本主義ってのは――」そこで言葉を切ったコウは嘆息と共に言った。「搾取のことを言うのね。さすがに無力感を感じずにはいられなかったわ」

 物事には多様な側面があり、あるひとにとっての凶事が別の誰かにとっては吉兆となり得るとかひとは言う。だが、自由競争が許されるのは平時であって、悲哀と荒廃の蔓延する世界では禁忌とされるべきだ。

「世界は間違った方向に進んでいるみたいだね」

 代案なき批判はしばしば非難の対象になる。だけど、僕にだって意見を言う権利くらいはあるはずだ。

「ええ。共和制で落ち着きかけたある国ではね――」童顔の気象予報士は険しい顔でまくし立てる。「政権を取った大統領が自分の任期を伸ばすために憲法を改正させたり政敵の暗殺を指示していたりしたわ。アフリカ屈指の産油国であるその国は、年間150億ドルもの外貨を稼ぎながら3分の2が使途不明のまま消えていく。政府は利権あさりに一生懸命で、警官の給料さえ払ってあげない。必然、治安は悪化の一途をたどり白昼でも強盗事件が頻発する。給料の遅配は教育の現場でも深刻な問題になっているの。国づくりのかなめとされる教育にお金が回ってこないから頭脳流出は進むばかり。でも希望がないわけじゃない。例えばここ――」 コウが映し出す映像はアフリカ大陸の東端に位置するアデン湾に面した小さな共和制国家だった。「ここはまだ国際的に承認された国家ではないけど、内戦に住民自身の手で終止符を打つことのできた稀有な例ね」一転、コウの声が弾んだ。「地区の長老たちが自主的に集まり話し合った。銃を国に渡そう。暴力はもうたくさんだ、と。武器を手放すことに難色を示した若者には根気よく説得に当たった。いま、国民は誘拐や銃撃を心配することなくどこへでも自由に行ける」


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