12
「こんなんで本当にうまくいくんでしょうね」
世界的カリスマだったJにクレームを突き付けた僕は、Jの操り人形と化した朴に銃を突きつけられ、とっちゃん坊やのいる集会場を目指していた。およそ100メートルおきにしか灯りのない地下トンネルは黴臭くて寒い。
「綿密に計画したんだ。任せておきたまえ」
いい考えがある、そう言ってJが僕に披露したプランは『日本人のスパイを捕まえた李が、集会場にいるとっちゃん坊やのところまで連行していく。その先は成り行き次第で、しかし、なるべく多くの幹部を道連れにして弾き飛ばしてやりたい』というものだった。これを綿密と言うなら辞書から〝杜撰〟の二文字が消える。くどいようだが〝死に直せる〟僕だ、いきなり撃たれでもしたら元も子もない。そんな危なっかしい作戦に僕が従ったのは、ひとえにリアルタイムで接するJの強烈な魅力のせいに他ならない。
彼のオファーを撥ねつけるのは、自らの良心に背くことのように思えていた。
「お願いしますよ。しかし寒いな、ここは」
壁から染み出した水が随所で凍っている――つまり気温は氷点下。雰囲気を出すため、とJがどこからか調達してきた人民服は安物の化学繊維製で防寒の役目など果たすはずもなく、立襟でこすれる首が痛かった。
「そろそろ着く。各々がた、ゆめゆめ油断召さるな」
時代考証もへったくれもあったもんではない。Jはたったひとりの義士である僕の耳に顔を寄せ、そう囁いた。腕時計を見ると、かれこれ二時間近くは歩いた計算になる。眼をすがめるとこの国の国旗が描かれた鉄扉が見えてきていた。
「わかりました」
打刀を持たない僕は金打で応じるのを諦めた。討ち入りごっこはここまでだ、慎重に行こう――。近づいてくる赤い星を見据え、固く唇を引き結んだ。
油の切れた鉄扉を押すと、幽霊屋敷のドアさながらに軋んだ。整列した兵士たちには誰が入ってきたのか知りたくて堪らない様子が見て取れるが、とっちゃん坊やの逆鱗に触れるのを恐れてか、隊列を乱してまで振り返ろうとする者はいなかった。
「우물쭈물하지 마라. 빨리 걸!」
Jの芝居が始まったようで僕は背中を銃口で押された。長い隊列を脇目に、僕は演壇に向かって歩き始める。それぞれの表情が判別可能な距離ではないが、檀上は明らかに不穏な動きを見せている。整列した兵士たちは眼だけで僕たちが歩くのを追う。軍事副委員長の朴は知っているがあのギョロ眼は誰だ、という空気が漂っていた。
演壇の少し前で僕を立ち止らせると、Jに意識を乗っ取られた朴は直立不動の姿勢をとる。
「제 1 서기 각하 토노에보고합니다!」
続いてJの同時通訳が届く。――報告します! 第一書記閣下殿。
「끼리 부위원장 누구야, 그것은」
とっちゃん坊やが言った。――同士副委員長、誰なんだ、それは?
「서해 위성 발 사장에 비집고 들어 가고있었습니다. 적국의 스파이 것이라고 생각합니다」
――西海衛星発射場に入り込もうとしていました。敵国のスパイではないかと。
「신성한 이날을 더럽히는 괘씸한 놈. 어느 나라 간첩이다」
とっちゃん坊やが顎をしゃくると右後方にいた銀縁眼鏡でいかにも黒髪に染めてます候の男が席を立ち、僕の前に来て言った。
――神聖なるこの日を汚す不届きものめ。どこの国のスパイだ。その眼鏡はそう言っている。
「僕はどう答えれば?」
「곁눈질 잖아!」
振り返ってJに訊ねる僕の向う脛を銀縁眼鏡が思い切り蹴った。
「いたっ!」
蹴られたところをさすろうと屈むと、今度は鼻面を蹴り上げられ、僕はひっくり返る。耳のなかに生暖かいものが流れ込んできた。
Jの思考が届く。――黙っていたほうがいい。それとすぐに立たないとまた蹴りつけられるぞ。
覚えてやがれ、おまえだけは絶対に見逃してやらないからな。心中で毒づきながら僕が」立ち上がるとコンクリートの床に鮮血の染みが広がっていった。Jが声を張る。
「실례입니다 만 말씀드립니다! 각하 스스로 조사 주무 편이 좋은 것은 없습니까」
――デブ直々に取り調べをしたらどうかと提案してみた。
「그럴 필요는 없다」
とっちゃん坊やは演壇の中心に座ったまま手をひらひらと振った。
「하지만 만약 동료가 있으면」
――用意はいいか? デブに近づくぞ。Jの通訳に、僕は小さく頷いた。
「미사일의 발사를 5 분 빨리하면된다. 그것 부위원장 허가없이 외국인과 접하는 것은 중죄 인 것은 알고 있겠지? 이 두 사람을 총살형에 처한다」とっちゃん坊やが立ち上がる。そしてにやりと笑って続けた。「경기 지어이다」
「첫째 중대 총을 놓아 라!」
銀縁眼鏡が言うと兵士たちは僕のほうにくるりと向きを変え自動小銃を掲げ持つ。
――まずいな。
Jからの訳は届かなくても事態が悪化しているのは向けられた無数の銃口を見ればわかる。