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【渡り来た者】

正午に差し掛かった頃だろうか、静かな荒野を一つのエンジン音が突っ切ってこの駐屯地に向かって来ている事に気が付いた。

そのエンジン音は駐屯地の前でフェードアウトしたかと思うと、代わりにラッパのようなクラックションが鳴り響いた。

それらの音の主は四輪の機動装甲車だ。その中には誰も座っていない。

自動操縦でここまで来たということはどうやら本部からの任務の為の支給物らしい。


「気前いいっすね。これ使え、って事でしょう?」


駐屯地の窓から身を乗り出したトヤが言った。


「本部もこの一件を重要視してるんだろう。じゃあ出るか。荷物をチェックするぞ。」


自分の装備を早々に整えた私は駐屯地の玄関で他の隊員を待つことにした。

ここ最近は適当な装備でも遂行できる任務ばかりだったので、古株の隊員でもそこは安心できない。

最初に玄関に来たのはルライラだった。

ボディ・アーマーで強付いているせいか、いつもより軍服に着られれている感じが増している。

それに自分の丈ほどあるライフルケースを抱えおり、ギリー・スーツの入った袋を腰にぶら下げて、草木の生い繁る南域で非常に有利となる装備で身を固めている。

私はルライラの持つライフルケースを見ながら聞いた。


「それの中身は"Dusk Hawk"か?」


「そうです」


すぐさまルライラが返事した。

ルライラの扱う狙撃用のアンチ・マテリアル・ライフルの"Dusk Hawk"は軽量化されたタイプであるが、それでも10kgほどの重さがある。

普通の10歳の少女ではとても持てる代物ではないだろう。

それに加えて、まだ沢山の装備が任務では必要となる。


「双眼鏡、コンパス、ハンドガン、サーマルシステム、ガスマスク、GPS端末機、ハイドレーション、緊急食、衛生セット…弾倉全てに弾はしっかり入っているな?」


一つ一つを自身に取り出させて確認する。何度も何度も訓練した甲斐があり、ものの数十秒間に装備確認は終了した。


「よし、優秀だ。装甲車で皆を待て」


「ありがとうございます」


ルライラは照れ臭そうに礼をした。

私は彼女の眼の下にまだ残っていた隈を親指でさするように軽く押し揉んでやり言う。


「期待してるぞ。ルライラ」


「はい!」


ルライラが駐屯地を出ると今度はカーザが廊下の奥からやって来た。

縦に長いリュックサックに、支援火器"Spam Porcupine"をベルトで肩から掛けている。


「残念、一番乗りはルライラだ。」


「あぁ、さっき見えましたよ。いつか追い越されると思っていましたが、まさか今回とは…」


カーザは口調は悔しそうだが、少し嬉しそうな顔をした。

部下が成長を実感すれば嬉しくないはずはない。


「装備確認お願いいたします」


ルライラと同じような手順で一つ一つの装備の名を挙げる。


「…残りは"Spam Porcupine"の弾薬、と。うん。いいぞ。」


「そういえば、曹長は"六種限"派がどういった形で行動していると予想しておられるのですか?」


カーザは取り出した弾帯を丁寧にまとめながら思い出した様に言う。

急な質問をかけられて、私は左手を口元へもっていき考えを述べる。


「ふむ…、多くても小隊程度、もしかすると、片手で数えられるほどしかいないのもあり得る。数が多いならば拠点があるだろうし、数人であれば常に移動しているだろう。

あの地図に曖昧な明記しか無かったのを考えると、私は後者だと思うぞ」


「楽に勝てるなら越したことはないですね。」


「『鳥を刺す毛虫』だ。追い詰めた敵にこそ油断するな」


南極の諺だ。世界には似たような意味を持つ言葉が幾つもあるらしい。


「油断してるように聞こえてしまったなら、すいません。そんなつもりじゃありませんよ」


「そうだ。カーザ伍長、貴様には装甲車の運転を頼みたい」


「了解」


そう言い残すとカーザは頑丈に作られたブーツを履いて外へ出た。

残るはトヤとパジャ、私はまだ時間が掛かることを覚悟した。


ルライラとカーザが玄関から出て行って30分、いや1時間経ったかもしれない。

その間、自分の装備を何度も確認したり、"Metloce"をホルスターから取り出して素早く構える練習をしたり、無線機についた埃を落としたりする暇さえあった。

そしてやっと、トヤとパジャがやって来た。私は目を疑った。2人とも何やら円柱形の兵器を背負って現れたからだ。


「兵長さんこれ本当に使う時あるの?めっちゃ重いんだけど」


パジャが不安そうにトヤに聞く。


「"六種限"の奴らは戦車で反乱を起こしたからな。こいつで片っ端から撃破しなきゃ勝てはしないぜ」


円柱形の正体は、駐屯地の防護システムに備わっていた対車両ランチャーだった。

言わずもがな、"六種限"派は当時ゲリラ戦術を行っていただけあって車両は使っていない。

それ以前に"現代賢者"が反乱を予想して"亜人軍"に配備していなかった。

私は悪びれもない顔でやって来た2人に低い声で言った。


「…ジョークには良いものと悪いものがある。貴様らのは、どっちだ」


トヤが間髪入れずに答えた。


「面白いでしょ?」


「馬鹿野郎!さっさと戻してこい!2つともだ!!」


「分かりましたぁ!って、俺だけっすか!?」


トヤが本気で驚いたように聞き返したり


「当たり前だ!パジャ上等兵に戯言を吹き込んだのは誰だ!」


「俺…です!」


なんでこんな大事になってしまったんだろうというような顔でトヤが返事をした。


「そういうことだ!さっさと行け!」


「ちょっと今回は失敗だったな。ほら貸しな」


それでも悪びれのなさそうなトヤがパジャに言い、対車両ランチャーを受け取って早足で階段を上がって行った。

トヤが見えなくなると、私は唖然としているパジャに視線を向けた。


「パジャ上等兵。お前もそうやすやすと騙されるんじゃない。少し考えれば分かることだろう。」


「いやぁ…、上官さんの言うことだから、ね?」


パジャがあたふたと言い訳をする。


「そういうことじゃなくてだな…。史実と違うだろ?上官とはいえ、あからさまな嘘なら無視していいんだぞ。とくにトヤ兵長は」


「分かった。次からはそうしますっ」


本当に分かったのか多少不安ではあるが、私はパジャの装備を早く確認することにした。 時間も随分と押してしまっている。

さっきの対車両ランチャーの件が無ければ、 パジャの装備は見た限り変な点はない。装備確認を終えてパジャへの伝え事をした。


「今回の任務から"Anofar"の使用許可が降りたぞ。使い方は分かるな?」


パジャはそれを聞くとえっ、と驚きと喜びの声を上げた。

今までパジャは、本部から拳銃"Metloce"の使用しか許可されていなかったのでこの事は大きな朗報だった。

すぐ横の壁に立てかけ置いていた"Anofar"とその弾倉手渡すと、パジャは2、3度私と"Anofar"を交互に見た。


「ん…?曹長さんの銃は…?あ、そうか!曹長さんにはボロっちい銃があったもんね!」


パジャは私の右腰のあたりに括りついた小銃StG-44(ヘーネル)を見て軽快な笑い声を上げた。


「なっ、この野郎!ボロっちいは余計だ」


私はゴムで束ねられたパジャの髪を掴んでぐいと上に引っ張って言った。


「痛い痛い痛い!すいませんでした!ごめんなさいでした!」


だが確かに、ルライラの"Dusk Hawk"やカーザの"Spam Porcupine"に比べるとこのStG-44は骨董品と言われても仕方ないほどの旧世代の銃だ。

持ち主であった"現代賢者"は、新素材のフレームに変えたり、便利なアクセサリーを取り付けたりしたようだが、それでも元々の無骨さが滲み出ている。


「これは私がお前やルライラより小さい頃に"六種限戦争"の功績を讃えられて貰い受けた銃でな、何十年も前に南極のほぼ裏側の国で作られて、赤道辺りの国へと渡り、"現代賢者"がそこで鹵獲して"現代賢者戦争"で使われたらしい。各地を点と点として戦争に参加してきた銃だ。ボロっちいが今でもちゃんと撃てるぞ。」


「もうそれ何回聞いたか分かんないんだけど…」


引っ張られた髪を労ってパジャが言う。


「お前がこの銃を馬鹿にするから何回も聞かせるのさ。準備ができたのなら装甲車に乗って待っていろ」


私が恒例とも言える昔話をしているのを屋上から帰ってきたトヤもパジャの後ろで暇そうに聞いていた。

パジャが駐屯地から飛び出して行った後にトヤが言った。


「その話好きっすね。曹長。でもとっくの昔に"亜人軍"の標準火器はこの!"Nitrous"になったんすよ!?流行に乗らないと」


トヤが無駄に力の入った声で言った。

"Nitrous"は"六種限戦争"後に"Anofar"に変わって"亜人軍"に配備された銃だ。

単発でしか発砲できない"Anofar"と違い、連射と3点バーストの切り替えが可能で装弾数が10発も多い弾倉が使える。


「これが一番私に合うんだ。左利き用に作られた銃なんてそうそう無い。それより早く装備を見せろ。皆を待たせているぞ」


「あちゃー。俺がビリなんすね」


「別に珍しくないだろ」


トヤの装備にも抜けているものは無かった。

ただ、逆に余計な物が多い。一つ、また一つと用途の分からないものがリュックサックから現れてくる。


「…なんだこれは」


手榴弾ほどの大きさの真っ黒な目玉のような気味の悪い球体を取り出して、私はトヤに聞いた。


「超小型地雷探知機っすね。半径50mの地雷を感知しアラームで知らせてレーザー

で場所まで特定できます。そんな形だけど投げちゃダメっすよ。まだ試作段階なんで」


私はトヤの説明の中に変な箇所を感じ、聞き返した。


「『試作段階』?」


「自作品っすから。ちゃんと成果が上げられるか楽しみっすねぇ」


誇らしげにトヤが言った。


「あ〜…、素晴らしいな。実にいい。だがなトヤ兵長。広くて車両も入れないジャングルで地雷なんて普通使うか?それに奴らの10年前の火薬なんて、もう湿気て使い物にならないだろ」


私は何ともどうしようもない気分になりながらも、このガジェットの実用性は無いという事実を伝えた。

しばらく沈黙が続いた。


「じゃそれ除外で…」


「まぁ、アイディアは悪くないな。今度本部に出展しといてやるよ…」


気を取り直して今度は変に膨らんでいるリュックサックの横のポケットに手を突っ込むとヌルりと生物的な感触の物体に触れた。

一瞬手を引いたが、私はそれを鷲掴みにして一気に取り出した。

私の手に握られていたのは、魚だった。それも生の。

あまりにも不意を突かれて思考が止まる。


「おいおいおい…、そこまでして食料調達が嫌なのかお前は…!」


「あ、それっすか?食べないっすよ」


さっきの超小型地雷探知機でゲンナリして怪訝そうな口調でトヤが否定する。


「じゃあ冷蔵庫に戻してこいよ!」


私の困惑っぷりを察知したのか、トヤは一瞬でテンションを戻してニヤリと口角を上げた。


「それは魚型のドローンです。本部でもドローンの開発が急がれているじゃあないっすか。それの先駆けとして俺も作ってみました」


「嘘をつくな!見た目も感触も魚だ!」


トヤは魚の入っていたリュックサックのポケットからリモコンのような物を取り出しボタンをポチポチと押した。

すると、廊下に置かれた魚が息を吹き返したようにのたうち回りだした。胸ビレや口まで動いて実に苦しそうに。


「これは知り合いの"現代賢者"さんと一緒に開発したやつなんすけど、人工筋肉の性質を調べて試行錯誤して本物っぽい動きを出しました。あと外見は完全防腐された本物の魚の皮で、その皮と人口筋肉の間に繊維の細かい金属片が入っていて任意のタイミングでドッカン!辺りに何百もの鉄針をばら撒けるっす」


その光景を見て言葉を失っていた私にまたトヤが事細かに説明した。


「そ、そこまでやっといて用途は自爆攻撃用なのか…」


もはや私の理解の範疇を超えていて、頭が痛くなってきた。


「もう分かった…。基本装備は揃っているんだ。さっさと行け」


「まだいろいろあるっすよ」


物足りなさそうにトヤが言う。


「他は任務中必要になった時にだけ出してくれ…」


今は、発明品展覧会に付き合っている場合ではない。


やっと全員が乗り込んだ装甲車は目的地へと進みだした。

装甲車は西域の荒地をものともせずにどんどん進んであっという間に駐屯地は地平線に埋もれて見えなくなった。

カーザが運転席でハンドルを取り、ルライラが装甲車上部に空いた銃座から上半身を乗り出して乾いた風に当たりながら周囲に目を見張らせている。


「ルライラちゃん。何か面白い物見えない?」


装甲に覆われたお世辞にも広いとは言えない車内から、トヤがルライラに質問した。


「キョクアジサシの群れが北へと飛んで行くのが見えます。もうすぐ冬が来るんですね」


ルライラが上空に広がる景色を報告した。


「何匹か落として食うか…」


私がぼんやりと呟いた発言にルライラが激しく抗議する。


「ダメです!絶対ダメ!!」


「ルライラ、あんまり大声出さないでくれない…?」


ルライラの大声に何故かパジャが、か細い声で反応した。


「おいパジャ、お前もしかして…」


カーザがバックミラーでパジャを見た。私も釣られてバックミラー見ると、パジャの青ざめた顔が写っていた。


「…酔った」








「偽りの友人よりも明らかな敵の方がましである。」___ドイツの諺

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