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第6暦 【WILCO 】

  鏡暦58年10月9日 07:03

      南極大陸 西域亜人軍 第50隊ヴァプラ駐屯地    



「…曹長…メフサー曹長!」


 発砲音しか響かない静かな射撃場で、誰かが上着の裾をぐいっと引っ張った。人差し指の腹に触れていたトリガーがその衝撃でいとも簡単に後方に下がる。


「むっ…!」


撃ち放たれた拳銃Metloceの銃弾は、赤い円で印された的の遥か後方の壁に衝突し砕け落ちた。それを見届けて、メフサーと呼ばれた女性は大きく息を吐きだして肩の緊張を解いた。


「悪い、ルライラ。まったく気がつかなかった」


メフサーはヘッドホンを耳から外して振り返ると、森林迷彩の軍服を身につけた小さな少女の顔を見下ろした。


「もう10回は呼びました。朝ご飯です」


ルライラはそう言うと、直ぐに射撃場から出ていってしまった。メフサーは手に持っていたMetloceを左腰のホルスターに収め、周囲に散らばった薬莢を拾い集めると射撃場を後にした。

 

「今日の食事番は誰だ?」


廊下を歩いているルライラに後ろにまとめた黒髪を揺らしながら追いつき、聞きそびれた事を尋ねる。


「トヤ兵長です」


 たった一言の返答にメフサーは違和感を覚えた。いつもだったらこの後面白おかしく話を広げてくるはずなのだが、今日のルライラはどこか元気がなく思えた。


「……どうした、体調でも悪いか?」


「曹長、もしかして何も覚えていないのですか…!?」


「なに?」


 ルライラのその言葉で、メフサーは今日が何かの記念日だったりしたかと考えるが、やはり何にも思い当たりはしない。ルライラが痺れを切らしたように怒りの理由をあらわにする。


「昨日、曹長の部屋がうるさくて寝れなかったんですよ!何やってたんですか!?」


 よほど堪えていたのか、ルライラは激しく言及した。その言葉にメフサーは首をかしげた。


「音…?まさかそんな。他の皆もその音を聞いたと?」


「駐屯地中に響いてましたよ!あ、でもパジャは普通に寝てました」


「そうか……ルライラ、部屋に戻る。先に食べててもいいぞ」


急にくるりと来た道を引き返すのを見てルライラが叫ぶ。


「あ、ちょっと!…もう!ご飯冷めちゃいますよ!」


ルライラの言葉に返事もせずに、メフサーは早歩きで自分の部屋に向かった。


キッチンが隣にある広部屋にはルライラ上等兵に加え、トヤ兵長、カーザ伍長、パジャ上等兵の男3人組も、もう椅子に座っており、円形のテーブルには5人分の料理がメストレーに盛り付けられていた。


「おはようごさいます。メフサー曹長」


最初にこちらに気がついたのはカーザ伍長だった。

軍の規律を重点において行動する軍人肌の爬虫亜人で、男性の"爬虫亜人"中では図体が大きく、メフサーよりも背が高い。年齢メフサーより上なのだが、軍の階級はメフサーの方が上に位置している。心なしか、そんなカーザの目の下には隈ができているように見える。


「曹長。おはよーございますー」


続いてトヤ兵長がにやけた口で言った。彼は毎日夜遅くまで機械をいじっているので寝不足なんてものとは無縁な存在だ。

高倍率のレンズを取り付けたベレー帽は食事の時にも外さない。


「規則違反!曹長さん夜更かしは規則違反だよ!」


パジャがケタケタと笑いながら言った。

パジャはルライラと同期で歳も体格も大差は無く、茶髪の頭の左側をゴムでくくっている。

たまに廊下で寝ていることもある程にどんな場所でも快眠できるので、ルライラの言う通り昨夜のことも気がつかなかったとしても不思議ではない。


「え、待って。そんな規則あったの?」


「あったよ!そうだ!兵長さんはいつも規則違反してるじゃん!軍法会議もんだねこりゃ!」


比較的元気なトヤとパジャの2人が騒ぎ立てるとカーザが制するように大きな咳をして、

目を瞑った状態で言う。


「一先ず、飯にしましょう。腹が減りました」


「あぁ。待たせてしまったみたいだな」


椅子に座り、私が料理を口に運んだのを合図に皆も料理に手をつける。


しばらく料理を食べる事に口を動かして沈黙が続いた後、カーザが聞き出しにかかってきた。


「……曹長、昨日はあんな夜中にいったい何をなさっていたのですか」


「」


あのような騒音が今後も続くのであれば冷蔵庫の中で寝た方がまだマシです」


それを聞いてパジャが破裂したように笑い出す。


「冷蔵庫の中で寝るって!伍長さん死ぬ気なの!?」



被害も少なかったからか、深刻味のないトヤとパジャの周りだけ普段どおりの雰囲気がまた流れはじめた。

そんな中でルライラがやけに静かだと思い目をやると、彼女はスプーンを持ったまま頭をガックリ項垂れて寝てしまっていた。

それは何時くらいから聞こえ始めたんだ?」


カーザがトヤの方を見ながら言う。


「さぁ…真夜中ではありましたが?」


カーザに話を振られて得意げな表情でトヤが伝える。


「2時43分。ちゃんと抑えときましたっ」


「よし、黙っていいぞ」


2時半過ぎ、夢の中で時計を見たときは確かそのくらいの時間を針が差していた。


「丁度その頃、駐屯所内で不審者を見かけた者はいないか?」


隣で眠りこけるルライラを揺さぶり起こして、皆にとって突拍子もないことを不意に問いかける。


「不審者?俺は騒音で起きて曹長の部屋の前まで来ましたが不審者など見ていませんよ。鍵が掛かっていた以上、曹長しか部屋の中のことは知らないはずです。まさか不審者のせいとか言うわけじゃありませんよね」


カーザが悲観したように言った。


「…鍵?」


「…それはおかしいです。曹長は、寝る時でも鍵を掛けません…」


カーザの発言に反応して、まだ眠たそうにしているルライラが私よりも素早く指摘した。


「何で?」


「あいつ、たまに曹長さんの部屋で寝ることあるんだ。寂しい、とか言って」


ルライラの発言を疑問に思ったトヤとパジャがヒソヒソ声で会話をする。


「まぁ、そういうわけで鍵は掛けない主義なんだ」


私の発言を聞き、カーザの険しかった表情に困惑が混じる。


「…すると、昨晩の2時半過ぎの騒音が鳴っていたその時間だけ、『鍵の無い部屋』に『鍵が掛かっていた』ことになりますが…?」


話の断片だけ聞きながら普段通りの気分で朝食を食べていたパジャ、トヤもカーザの発言で事の奇怪さに気付いたようだ。


「ご、伍長さんの勘違いじゃないの?寝ぼけてたりしたんだよ、きっと」


「そ、そうそう、隣の客室にでもノックしてたんじゃないっすか?」


2人は否定するように話に入ってきた。


「そんな馬鹿な…。それはそれで、なぜ急に不審者の話なんて出したのですか?」


カーザもこれを否定する。

鍵の話題をこれ以上続けても終点にたどり着けそうにない。

話の逸れを修整しようとするカーザの問いに答える。


「ボロ布纏って、明らかに不審者だ、って奴が私の部屋にいたんだよ。ちょうどその2時半くらいにな」


その時間に起きていた1人であるトヤが反応する。


「2時半以前に駐屯所内を移動しているような足音なんてなかったっすよ。戸締まりも完璧だったのに。それにここに誰か侵入されていたなんて、普通、事になりますよ」


「だから私も夢だと思ったんだ。そいつは10年前にテロを起こした、あの"六種限"派の話をしていた。『南域のテール川に"六種限"が潜伏している』と言っていた」


するとパジャが鋭い指摘をする。


「曹長さんなら夢だとしてもそいつを捕まえそうだけどなぁ。眠かったの?」


全ての分隊駐屯地は同族の"兵亜人"でもその分隊の者以外は入ってはならず、"現代賢者"でさえ本部からの使役された者しか入れてはならない決まりがある。


「それが不思議なんだ。金縛りって言うかな?意識は起きている時のように鮮明だったというのに、そいつの気配を感じ取ってから声も出せない、指の一つも動かせない状態になっていた。一方的にそいつの話を聞けただげだ。」


「金縛り?…例えるなら、あれはディスプレイへの入力端子が抜けた状態のコンピューター。弾頭のない弾を装填した銃。

脳しか覚醒していない状態で、音は聞こえたかもしれませんが目を開けることはできません。やっぱし夢じゃないっすかね」


スプーンを皿に置いて、トヤがつらつらと言った。


「そこでこれの登場だ」


私は、広部屋に来る前に部屋に取りに帰った古ぼけた地図と赤い半透明のプレートを円卓の上に出した。

全員の視線がそれに集まる。


「なんですか?それは」


隣の椅子に座っているルライラが真っ先に反応する。


「何も言わず見せても納得してもらえそうになかったからな」


私は丸められたその地図を皆が見える様テーブルの中心に広げた。

その地図には南極全土が載っており、東南域の一角と南域の二箇所に小さな青いバツ印がついている。

しかし、本命は地図の隅に並べられている"竜種"の中でも最上位である"晴竜"の血で筆記された文字だ。


「"ハレット"…!?

…『始まりの遺伝子…は…死んでい…ない。…ノクア』」


カーザが地図に記された"ハレット"を読み上げると駐屯地内はしんと静まり返った。


「始まりの遺伝子とは、六種限派の間で用いられた暗号かまたは合言葉だ。それが、死んでいないということは、『"六種限"派の生き残りがいる』という意味になる」


カーザの言葉を聞いて、トヤが大きなため息をつく。


「駐屯地に浸入して、部屋の鍵を勝手に掛けて、騒音を流し、金縛りにかける…全く恐ろしいことをするっすね。。曹長、どうするんですか?」


私は"六種限戦争"を思い出し、少しだけ考えた。


「そうだな…あの戦いから10年経つ。"晴竜"だろうと普通の亜人だろうと、奴らを追える情報が入ったのなら野放しにはできない。決着をつけなければ…」


「そう言いながらも、パジャとルライラが気掛かりみたいですね。…違いますか」


私の心中を突く言葉がカーザの口から聞こえてくる。


「それは…」


「子守り分隊になって早一年半…、でしたっけ?生物退治の依頼しか入ってこなくなりましたからねぇ」



トヤ、ルライラ、パジャの3人は"六種限戦争"で親を失って遠征隊に入隊し、カーザは愛人を殺されてこの"ヴァプラ分隊"に入ってきていた。

私も同期をその戦争で失い、"亜人軍"に入隊する決意を固めた。

ここに集まっている者は全てあの戦争の犠牲者だ。

まだ"六種限戦争"の首謀者が見つかっておらず、戦争が完全に終結したと言えない状況を恐ろしく思った者達の分隊なのかもしれない。


「そうかい。むしろ安心した。"兵亜人"にもなっていざという時に自分の命が惜しくなる奴がいなくて…。そうだな、私達であの戦争を終わらせよう。

そうなると本部に申告しなければな。この件が別の分隊に任されないように祈っときな」


私は、料理を食べ終えて空になったメストレーを持って席を立った。

それを見て全員がしまった、という顔をした。

皆、話に集中しすぎて朝食を食べることを忘れていたようだ。

"亜人軍"には上司より早く食事に有り付く者、上司より長く食事を取る者は軽い違反になる。


「これで規則違反の件は帳消しだな」


私はメストレーをシンク台に置き、勝ち誇ってそう言った。


広部屋を出た後、私は本部と連絡を取るため無線室に入った。

初めての依頼がくるかもしれないという期待感からかルライラとパジャも少し経って無線室に来た。


「ルライラ。お前も寝たほうがいいんじゃないのか?そんなんじゃぶっ倒れるぞ」


ルライラと同じく寝不足のカーザは食事が終わると少し仮眠する、と言って自室に戻っていた。

"六種限"の残党の件が任務になればすぐさま駐屯地から出発しなければならないからだ。

いくら意気込みがあっても寝不足というコンディションでは体力がもたないだろう。

しかしルライラは


「大丈夫です!」


と一点張りで譲らない。

ここはどういう手を使っても仮眠させておこう。


「ふーん。分隊の奴らから聞いた話だが、哨戒中に寝むりこけた偵察兵は遠征隊戻りにされるらしいぞ」


「……」


あっさりと上手くいった。

私の嘘を間にうけてルライラは早々と無線室から退室していった。やはり強がっていたようだ。


「で、お前は?」


「え?あのさ、曹長さんが出したこのシート。何に使うのか気になるから"現代賢者"さんに聞いてみてよ」


パジャはさっき私が出した半透明な赤いシートを指し見せて言った。


「あぁ、分かった。そのかわり通信中はくれぐれも静かにしてろよ」


トヤが頷いたのを見て大きな交信機器のボタンやレバーを動かす。

スピーカーから出るザーッという音が次第にクリアになっていき、向こうの計器の音が聴こえるようになった。

マイクに口に顔を近づけて発音よくする。


「R50。こちらウァプラ。本部、応答願う」


程なくして返事が返ってきた。


《……こちら西域軍事総司令本部。おはようウァプラ分隊。要件は何か?》


「繋がった?」


隣でパジャが小声で囁く。

私は左手の人差し指と親指で円をつくり、繋がったことを伝えた。


「はい。とある男から六種限派の残党の情報が入りました。

南域のジャングルを流れるテール川沿い、座標からだと(−2、−8)付近です」


《情報提供者は一般亜人か?それとも現代賢者?》


「名も名乗らず、夜分に大きな布をマントのように羽織っていたために判別できませんでした。声色から歳は30代くらいかと推測します。それに加え、その男から半透明の赤いシートと、『"始まりの遺伝子"は死んでいない』と"ハレット"で書かれた南極地図を渡されました。画像をそちらに送ります。

赤いシートには特殊な機構が備わってる訳でもない何の変哲も無いものでしたが、何かを意味するものでしょうか」


《ハレット…情報提供者は晴竜だというのか?それに半透明のシート、しかも赤色か…》


向こうが赤色のシートに食いついた。私はその情報を聞き出そうと質問した。


「何かご存知なのですか」


《実は昨日、城壁の町の近くに棲む蒐集亜人も似たような物をもっていたらしい。そいつのシートは青色だったらしいが、関連性がある》


「もしかしてそいつが…?いや、東域の城壁の町から一日でここまで来ることなんて…」


《あぁ不可能だ。それどころかその蒐集亜人は町に飛来した新種の竜に連れさらわれてしまったらしい。

ん?東南域にも印があるな》


あのようなシートがもう一つあることだけが分かった。しかし関係の無い物である可能性もある為に私はあまりその事を詮索しなかった。


「ボロ布の男が言っていた場所は南域の印のほうでしょう。奴はもう一つの印の事には全く触れませんでした」


《そうか、では南域の方の証言だけでもキミは真実だと思うか?》


「…先の戦争で"六種限"派が"亜人軍"の挟撃から逃れるに"南域へ退くしか方法はなかったと考えます。冬が始まるあの時期は北域では猛吹雪が吹き荒れてだしていたでしょうし、大半の分子が充分な準備もせずに寝返った為、食料確保もままならないはずです」


《成る程。"六種限"の残党が存在するならば、潜伏先は南域…、と。地図に印されている位置とも一致する。それがキミの意見か。メフサー曹長》


「そうです」


《六種限がまた力をつける前に先手を打たなければいけないだろう。だが、諸君らには随分休んでもらっていた。自信が無ければ他に適任を探すが……》


「まさか、皆力を持て余していますよ」


《ヴァプラ分隊に令を下す。南域の座(−8.−2)と東南域の探索及び、六種限派残党の存在を調査せよ。30分以内に作戦の手順と参考進路を送る。》


「やった!任…」


「シッ!」


隣で歓喜するパジャの口をメフサーは瞬発的に塞いだ。


「…WILCO≪ウィルコ≫」


《必要とあらば本隊を組織させる。無理はするなよ。ファイナル》


また再び、ザーッという音がスピーカーから流れて本部との通信は終わった。



「…結局このシートは何なのか分からなかったね」


交信機の電源を切り、緊張した肩をほぐすために背伸びする私にパジャがさっきとは裏腹に少し残念そうに言う。


「だが対になるもう一つの青いシートがあるらしいじゃないか。とりあえずお前に預かっていてもらおう。絶対に失くすんじゃないぞ」


その青いシートの持ち主はあのボロ布男と同一人物なのか、それとも私と同じ境遇で誰かからそれを託されたのか。また一つ調べるものが増えた。


「それと、バジャ上等兵、皆に伝えるんだ。本日の正午より東南域に向かう。各自準備をしておけ、とな」


「了解ー!」


パジャは元気な返事をして無線室から飛び出して行った。

1人になった無線室で思わず呟く。


「うーん。忙しくなりそうだ…」






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