表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

第6暦 【六種限戦争】

 私の両親が死んだのは、とても静かな雨の日だったらしい。


 18年前の鏡暦40年。南極に次々とやってくる人類たちは、各々の勢力下を明白にさせるために南極に領土線を定めようとしていた。

 たった数人の統治官が遠い自国や親会社へ資材を送り出すために尋常でない程の土地の所有権を主張する。もともと棲んでいた亜人達にはその時、何が起きているのかまったく分かっていなかっただろう。

 これを知った"NEO-UU"財団の一部の"万能人"たちは“現代賢者”へと名を改め、南極に先駆した人間を追い出すことを目的に、南極への介入を決意する。

 NEO-UU財団は滅びていく国々を吸収し、新秩序の頂点へと君臨した組織。万能人はそこから生み出された超人集団とでも言えばいいだろうか。他の国や企業はNEO-UU財団との対立を恐れて先駆していた者にあっさりと撤退命令を出した。

 だが、納得できず南極に残った者も少なくなかった。現代賢者と抵抗者の戦争が始まった。

 現代賢者の圧倒的な力の前に抵抗者は成すすべなく殲滅されたが、戦闘のあった半月ほどの期間でゲリラ化した抵抗者によって犠牲になった亜人も多かった。

 そこからこの戦争は"現代賢者戦争"と呼ばれる。

 私の両親はその戦争で抵抗者側のゲリラ戦術に巻き込まれて死んだ。だが、母親の腹の中で私は微かに生きていて、奇跡的に一命を取り止めたという。


現代賢者たちは戦争が終結すると荒れた南極の復興に力を入れ始めた。その一つに、遠征隊の発足がある。戦争で身寄りの無くなった幼い亜人たちはこの現代賢者が保護対象とする遠征部隊に集まることが推奨され、そこでは飢えも寒さも凌ぐことができた。両親がいない私もそこに引き取られることになった。

 物心がついてくると私は親がいない原因である「戦争」というのものに興味を持ち始めた。現代賢者戦争はたった半月の戦いで全体の死者、行方不明者を合わせると約3000人。それだけの短期間でこれだけの大人数が死ぬ戦争にまだ納得がいかなかった。それに、この時まだ私は戦争を好奇心の目で見ていた。


 初めて戦争と対面したのは6歳の頃だ。あの日も、静かな小雨が降っていた。30人ほどの規模の長期の遠征隊に配属され、東域にある爬虫亜人の小さな村を折り返し、西域の亜人軍本部へ帰るところだった。

 ふと、空の彼方此方に黄色や赤色の竜避けに使われる"忌竜煙"が山々から生えているように立ち昇っていることに誰かが気がついた。その煙は一つ、また一つと周りを取り囲むように増えていった。周辺の町や本部からそういった事前告知は全く無く、隊長の現代賢者も眉をしかめていた。隊を止め、本部にあの煙は一体何なのかと無線で聞いていた。

 この時の遠征隊には若く面倒見のいい兵亜人が4人付き添いで加わっていた。彼らも隊長の側で無線の声に耳を傾けていた。


《ついに始まってしまった!"忌竜煙"の上がっている場所は我々の排他を目的としている亜人らの襲撃跡だ!亜人軍の中にも裏切者がいる!そちらに鎮圧軍を派遣する。他の現代賢者達との合流を最優先しろ!》


 それを聞くや否や、兵亜人たちは全員小銃"Anofar"の銃口を隊長の頭に向けた。さすがの現代賢者も唐突に向けられた4つの銃口を退けることはできない。兵亜人たちは何の躊躇いなく発砲した。

 隊長の脳みそが芋虫のように空中で狂い踊り、砕けて紅く染まった頭の破片が地面に飛散する。それを追うように身体も糸が断ち切られた操り人形のように力なく血だまりに崩れ落ちていった。

しかし、それを目の当たりにしても誰一人悲鳴も上げなかった。

当時年齢が10もいかない子供だった私たちには、いったいその時何が起こったのか理解しきれなかったからだ。

 兵亜人らは死体になった隊長の手から無線機を引き剥がし、すうっと息を吸い大声で叫んだ。


「南極の未来、"六種限"の実現のために現代賢者を追い出さなければならない。今からこの隊を"現代賢者"撲滅隊とする。逆らう者は容赦なく射殺する!」


 後から聞くに、六種限という思想は南極の5種の亜人と竜種を合わせた6種のみの南極を指すものらしい。つまりは、人類への不信感が拭いきれなかった亜人たちが後から来た現代賢者も追い出したかったのだろう。


《…六種限だと?お前らのそのやり方は一つの世代を潰すんだ!仮に私たちに勝利できたとしても、南極に負の連鎖が起きるぞ……》


 無線機の向こうで現代賢者が兵亜人たちを咎めるが、彼らはまったく気にも留めない。


「仮なんかの話じゃない。俺らには遺伝竜がついているんだからな」


と横に控えていた兵亜人が無線機の相手に嘲り笑う。


《遺伝竜が味方する…?》


「すぐにわかるさ」


 兵亜人は無線機を切り、まだ状況が飲み込めていない私たちに迫ってきた。その顔に今まで接してきたような優しさはなく、私たちに命令という名の脅迫をした。


「これから現代賢者と戦争だ。お前らは最前線で戦え」

 

 それを聞くと皆どよめいた。周りを見ると、どうしていいか分からず泣き出したり、ポカンと立ち尽くしたままの者いた。

 兵亜人は4人。全員小銃Anofarを持っている。それに比べ、私たち遠征隊員に配布されていたのは護身用の小口径の拳銃"Metloce"とその弾丸が10発のみ。そもそも遠征隊は兵亜人を育てる場ではなく、自然の中で生き残る術を学ぶために創設された。私達の射術の経験や知識は申し訳程度しかなかった。

 今思えば実に無謀だった。私はMetloceをホルスターから抜き去り、スライドが前進したのを確認すると隙も何も考えずに兵亜人の一人にトリガーを引いた。それが私の六種限に対する答えだった。

 Metloceの弾は端にいた兵亜人の右腕をかすめて飛んでいった。私の「走れ!」という叫びと発砲音で隊員たちは我を取り戻して一目散に道の傍の藪へと駈け出した。


「何をしている!足を撃ってでも取っ捕まえろ!」


 後方から怒声と悲声、銃声が響いた。藪に飛び込んで地面に潰れるように伏せる。葉の合間から元居た場所の様子を伺うと、逃げ遅れた隊員の2、3人が被弾してうずくまっていた。

 私は繁った葉から体を木の根に移し、もう一度Metloceのスライドを前進させた。さっき撃った反動がまだ手に痺れが残っていたが、さっきよりもよく、よく狙いをつけて、撃った。


「くそぉっ!撃たれた!」


 一瞬の爆発音を発して銃弾は狙った場所、兵亜人の右膝へと喰い込んで裏側からも鮮血が噴き出した。撃たれた兵亜人は叫び声を上げて地面に崩れ落ちた。足は膝下からおかしな方向に曲り、だくだくと血が流れ出ていたのを覚えている。

兵亜人らが藪へやたらめったら射撃してきたのを見て私は頭を引っ込めると、後方からも銃弾が飛んできていた。他の隊員もMetloceを取り出して不慣れながらも兵亜人らに撃ち返していた。

 それほど長くない間、撃ち合いが続いた後にこれ以上は不毛だと判断したのか兵亜人たちは右膝を負傷した者を庇い、向かいの藪へ逃げていった。

 この銃撃戦で遠征隊30人中2人が死亡。5人が負傷、4人が行方不明になった。私たち遠征隊は死んだ仲間の認識票≪ドッグタグ≫の半分を取って、西へ西へと進んだ。急ぎかつ、慎重に。途中に四方が赤茶色の高い壁に囲われた現代賢者の移住地を見つけたが、壁の上には誰も居らず、門も鉄板で何重にも補強されて外からの呼びかけは全く届かなかった。

 西域の鎮圧軍と合流することだけが助かる道だと信じ、私達はまだ忌竜煙が立ち昇っている襲撃跡も通った。通商の荷車を襲ったのか、積荷は全て奪われて傍らには現代賢者に雇われていたと思われる蒐集亜人の死体が転がっていた。息絶えた後も執拗に銃弾を撃ち込まれたのだろう。死体はどれもこれも地面に叩きつけられたトマトのように頭を潰されて、内臓を撒き散らしたまま放棄されていた。

 さらに、私たちは六種限の他に竜にも気を配らなければならなかった。忌竜煙で遠ざけられていたとはいえ、竜たちは常時死体を探すハゲタカのように上空から監視していた。空に群がる竜たちが木々の合間から見えていた時は気が気ではなかった。ノイローゼを起こす隊員を気遣いながら必死に進んだ。


 東域は混沌とした戦場と化していた。誰を信じればいいのか分からない恐怖は神経に一時の安心も与えない。そんな状態が5日も続けば、サバイバル術を一通り学んできた遠征隊にも限界が見え始める。

 毎日の全人分の食料と水の確保ができない事が増え、負傷者がいたこともあって日に日に進む距離が短くなった。行く手の西の空には次から次へと新しい"忌竜煙"が焚かれていく。六種限の亜人たちも西へ集中してきている事の現れだった。

 今まで通りの行動をとっても隊が助かる望みは薄く、私は希望が小さくなっていくのを感じた。 私達はまた無謀な賭けを考え出した。五体満足の3人が隊から分離し、単独で西へ進み六種限派を追い抜いて鎮圧隊と強引に合流。待機する遠征隊の位置まで鎮圧軍を導いてくる、というものだった。

 余力のあった私は、その鎮圧軍との合流の役をかって出た。残る隊員たちは私を含めた3人にわずかな食料とMetloceの弾を10発づつ分け与えてくれた。自害用の弾すらも託す隊員もいた。

 遠征隊が潜む座標をしっかりと覚えて、私は忌竜煙の合間を縫う様にして一心不乱に西へ進んだ。


 しだいに銃声が鳴り止まない森林帯に差し掛かった。そこが鎮圧軍と六種限派の戦いの最前線だと私は確信した。一週間前に体験した銃撃戦の比ではないほどの銃弾が広い範囲を飛び交い、一度その範囲に入れば蜂の巣になることは避けられないと幼い私でも判断できた。

 この時、私のいた位置は六種限派陣営のほぼ前線。この位置からなんとか鎮圧軍に私がいることをどうにか伝えられる方法がないかと頭を抱えた。

森の奥から六種限のゲリラが、巣に水をぶち撒けられたアリのように涌いて出てきてくる。その中には兵亜人だけでなく普通の風貌の亜人も見受けられた。そして、どうやら森林地帯と草原地帯の境界がそのまま両陣営の前線になって小競り合いが続いているようだった。

 ふと黄色や赤に混じって青色の煙の忌竜煙が1つ、鎮圧隊の陣営に焚かれてあることに気が付いた。

それを見て私は、遭難信号の1つに「三本の煙まとめて立てる」方法を思い出した。煙なら六種限派の忌竜煙がその辺に焚かれており、加えて未使用のものも多く散らばっている。

 次々と湧いてくる六種限派に気付かれないように同じ色の忌竜煙を3本集め、点火し、一箇所にまとめ置いた。他の忌竜煙は無造作に置かれていたために、もくもくと上がる密接した3つ煙は大きく目立った。

 すると戦況が動いた。草原から銃弾をものともしない装甲に覆われた車が20台ほど、耳を覆いたくなるほどの轟音を上げて森林に強襲してきたのだ。車の上の機銃はそれぞれ生きているかのようにひとりでに動き、周囲に次々と銃弾を吐き出す。

 それを見た六種限派の亜人たちはたまらず後退、さっきまでの暴走は幻だったかのように車は全て停止していた。不思議に思って死体の下から這い出して近づいてみると、中はもぬけの殻で車の操縦者すらいなかった。亜人軍のマークが車体に付いていたがこんな重武装の車は今まで見たことがなかった。

 不意に、車からカチリと音が鳴って鉄のドアがゆっくりと空いた。座席のシートには紙が置かれておりそれには「Allow to ride(乗車を許可する)」とだけ書かれていた。

 私は高い座席にやっとの思いでよじ登ると、目の前の難しそうな機器やメーターが著しく動きだし、車にエンジンがかかった。私を乗せた車はその場で旋回し、でこぼこに荒れた腐葉土を蹴散らしながら草原へ戻っていく。

 森から飛び出すと、見慣れた"亜人軍"の旗が幾つも見えた。草原を埋め尽くすほどの人数の鎮圧軍がそこにいた。

その光景を見た途端、自然に涙が溢れ出た。やっと帰ってこれたのだ、と私は身も心も緊張から解放されてやっと泣くことが許された気がした。



 私は子の後鎮圧軍に遠征隊のいる場所を知らせ、その日の内に他の隊員も救助された。別動した他の2人は死体で発見された。

 その後、西域制圧軍と亜人軍が東域を包囲し、城壁の町、港の町からも鎮圧軍が派遣。東域の外部と内部から掃討作戦を展開し、六種限の勢力は殲滅された。

六種限派の勢力の発生と現代賢者との戦争。この戦争はそのまま"六種限戦争"と名付けられた。反乱を起こした六種限派の死者は約6000人。現代賢者の死者73人。東域の亜人からは約1300人が犠牲になり、私が所属していた遠征隊からも救助までに6人の死者が出ていた。


 しかし、多くの現代賢者はまだこの戦争は終わっていないと言う。なぜなら、あの反乱を起こした"六種限"の首謀者は未だに判明していないのだから。


「ようこそ、メフサー。キミが来るのを待っていたよ」


 同じような悲劇を招かない為に、喰い止める為に、私は南極の秩序を守るべく結成された亜人軍へ志願した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ