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第4歴 【空は歪む】

太陽が遥か頭上へと上がり、レンガ造りの町に活気が見えだした。今日成すべき事を見定めた現代賢者がひとり、またひとりと街の中で務めへと動き始める。


「そろそろ暖まってきたかい?」


コーヒーおじさんはカフェ店を回しながらカウンター台に溶けるように寄り掛かっているアリサカに尋ねた。アリサカは「まだ」と短く返事して再び瞼を落とす。

 あれから他の現代賢者達からも青いシートに関する情報を仰いだが決定打となるものは得られなかった。どうも漠然とし過ぎているらしい。


「それよりコルシーはどこに行った?」


話しかけられた弾みでアリサカは横に座っていたはずのコルシーが忽然と消えていたことに気がついた。


「さっき今度こそ住人登録を済ませてくる、って役場に向かっただろう?聞いてなかったか?」


「そうだっけか」


やれやれと呆れるコーヒーおじさんは垂れるアリサカに続けて言った。


「東南域に向かうんだろう?もしラグーナタ村に寄ることがあれば、セレラにコルシーが南極に来たぞと伝えてやってくれ。きっと喜ぶだろうからな」


「なに?知り合いなのか!?よりにもよってセレラと!?」


 アリサカは身体に電気が走ったかのように仰天して飛び起きた。コーヒーおじさんが口にしたセレラという人物は良くない意味で名の知られた現代賢者である。知り合った人の髪の毛を集めているとか、身の青い林檎を栽培しているだとか、噂という名の事実は数知れない。


「私も昨日コルシーから聞いたんだが、なんでも先輩後輩の関係なんだとよ」


「万能人研修時代の?」


アリサカは心底意外そうな表情を見せた。コルシーからセレラの持っている奇妙な印象は微塵も感じられなかったからだ。それだけにショックな事だ。


「そうだ。1年程度の付き合いだったらしいが、セレラを簡単に忘れられる奴はいないだろう。おっと、そういえばそのセレラの方は今大変なことになって……」


 更に思い出した事を告げようとしたコーヒーおじさんの声を遮るように、突如城壁の四方に設置された各メガホンが一斉に全身を釣りあげるような不快を呼び起こす音を吐き出し始めた。


「何の警報だ……?」


そのサイレンを聞いて屋内にいた住人が武器を片手にぞろぞろと外に飛び出してくる。


「旅の出鼻をくじかれたな。これは危険生物が近くに出没した時の警報だよ。落ち着くまで町にいたほうがいい」


おじさんは慣れたような口調でアリサカにそう忠告すると家の奥から銃器を持ち出してきた。


「伊達にここに住んでないな。用意が早い」


『10/8 AM10:43。推定7m程度の生体不明の飛行生物が西南西から推定時速60kmの速さで降下接近中。警備は直ちに対空兵器の安全装置を解除せよ。高度3.4km、距離4.9km、射角43°。第一、第三高射砲は威嚇空砲を。第一、第二、第三対空砲は弾帯を装填し待機するように。町に滞在している者は有事に迅速に対応できるように備えよ。 繰り返す……』


サイレン音に上乗せされたアナウンスが、同じくメガホンから発せられる。その知らせに町の住人は湧きに湧いた。『生体不明』の生物を一目見たさに皆、西南西の空に視線やカメラのレンズ向けている。


「 ……7m。人喰い鳥かも」


アリサカは皆が見上げる空よりも、城壁から張り出る側防塔の上に間隔よく置かれた銃座に乗り込んでいく見張りたちの様子を見ていた。


『AM10:49。高度600m、距離2,1km、射角15°、約時速46km。飛行生物は城壁の町中心部へと進路をとっている。威嚇射撃、開始』


アナウンスがそう告げた途端に2門の砲が爆発の轟音と白煙が噴き出した。思わず耳を塞ごうとするアリサカを待たずに同じ爆発音が立て続けに町と草原に鳴り響いた。その爆発音の間を埋めるように空に住人の喝采が送られている。


「あいつか…!」


 どうやら飛行生物は既に肉眼でもはっきりと視認できるほどの距離にまで迫って来ていたらしい。現代賢者達の視線の先、建物に遮られていない空にその姿が現れる。

空になびく蛇のような脚の無い胴体に、羽先の広がった巨大な白い翼が1対生えている。


「威嚇射撃でも逃げないたぁ度胸がある奴だ!」

「ワイアームの一種だろうか?毛翼だなんて珍しい」

「誰かあいつを見たことあるか?新種じゃないのか!?」


周りでは未知の生物に対する意見、想像、予想を自由に展開している。 そんな中、アリサカは飛行生物を視界に一目捉えただけで血相を変えた。


「おじさん。これまでに町に生物が侵入したことは?」


「そんなこと一度だってあったものか。なんだ?お前さんあの生物を知っているのか?」


「あれは亜人《俺ら》がラングルと呼んでる竜だ!眼を赤く光らせれば見えない力で物を潰し、自分より大きな竜も獲物にすることだってある!紛れも無い危険生物だ!」


「ラングル……?あー、港町で聞いたことがあるな。そこの連中は"遺伝竜"として分類していたような……存在自体胡散臭かったが、あいつのことか」


焦りや恐れをもったアリサカの叫びを受けても、コーヒーおじさんは特に何も起こそうとせずにただ空に飛ぶその竜を眺めていた。


『AM10:51。高度370m、距離1,5km、射角10.5°、約40km/hで役場の塔に接近中。第二、第三対空砲の発砲を許可する』


今度は対空機銃から小粋のいい発砲音が同間隔で連続して響いた。それと同時に水平に伸びた翼がぐらりとよろめく。白い翼に小さな赤い斑点が幾つも滲み浮かんできた。

 するとラングルは身を反転させて自分を撃った対空銃座へ進路を変えた。翼を胴に密着させるように折りたたみ、今までの悠々とした飛行からは想像もつかないほど素早い動作を見せる。


「まずいぞ!」


アリサカは思わず叫んだ。ラングルは更に来る銃撃をものともせず、ミサイルのような速さで対空砲に突っ込んでいく。銃座へと迫ったラングルは壁の上を掠めるように通過すると、対空砲は一瞬でバラバラに砕け散って砲手も空中に投げ出されていた。


『飛行生物は第三対空砲を破壊し2,3km先まで後退。第二対空砲手は速やかに撤退せよ。第一対空砲は対象を狙いつつ待機。第二、第三高射砲も実弾を装填し待機せよ。

飛行生物は旋回し東南から時速230kmで接近中』


第二対空砲はここから一番近い対空砲だ。 とっさに誰かが叫んだ。


「第二対空砲付近から離れろ!」


「ギキイイィィィィィィッッ!!」


ラングルの鳴き声と思しき甲高い怪音がもの凄い早さで接近し、金属がひしゃげる音と鉄屑が周囲に降り注がれた。それを見た周りの"現代賢者"は歓喜と感心の叫びを上げている。


『飛行生物は第二対空砲を破壊した後旋回、様子を伺う。警備銃手は対象を捉えたままで待機し、状況に悪化が見られ次第各自対応せよ。町にいる皆さんは至急屋内に退避してください』


「様子を見るだって!?馬鹿か!このままじゃ……!」


アナウンスの終了と共にサイレンはプツリと切れた。銃座を壊されて万策尽きてしまったのだろうか。いや、どうもそういう事ではないらしい。


「おちつけ、通り過ぎざまにラングルの腹が膨れているのが見えた、飯目当てにここに来たんじゃない、と踏んだのだろう……思い切った決断だ」


「じゃあどうしてここに……?」


空腹で人を喰らいにくる以外、竜が一直線に飛来してくるような理由がこの町にあるのだろうか。


「もっとヒントを出そうか。一つはこの辺一帯は草原地帯だということ、もう一つはあれほど大きな飛行生物の飛び立つには大きな揚力が必要になる為、高所にいることが多いこと」


「羽を休めようとこの町に来たってことか!?」


 この辺にあるのは青々と茂る草むらだけで、竜が留まれるような断崖も無ければ立派な木々も無い。そうなると必然的に高所は町の中に連なる塔くらいしかない。ラングルはそれを目掛けて飛んできたという。


「その通りだ。アリサカ役場に行ってこい」


「え?」


アリサカは脈絡も無ければその意図も分からない発言に思わず喃語で聞き返した。コーヒーおじさんは親指で役場を指しながら続けて述べる。


 「え?じゃない。お前さんは私よりあの竜について知ってそうだ。協力すれば手っ取り早く追い払えるかもしれないぞ」


「アイツを野放しにしたら危険だ。この町で一番高い塔は?」


「ちょうど役場の隣に立っている塔だ」


 アリサカはそれを聞き入れるとカウンタ―台に置いていた荷物を素早く身に着け、住人の溢れる通りへと駆け出した。

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