第2暦 【城壁の町】
秋晴れの爽やかな朝。鐘の音はすっかり空の中に染み入り、鐘本体はユラユラと揺れて銀色の朝陽を振り撒いている。
アリサカは自身を目覚めさせたその鐘を見つめて、木の枝の上でぼーっと惚けていた。瞼が半分落ち、空が曇っていればまた眠りついてしまいそうな状態だ。
「はぁ……」
身体が温まりさえすれば目が覚めるだろう。アリサカは強い眠気をどうにか振り払い、のそのそと木から降りはじめた。慣れ切った動作で片足を地上に下ろして得た感触には、草むらでも地面のでもない異物感があった。肩越しに足下を確認すると、踏んづけていたものは麻袋で、同時に昨晩の出来事を一瞬にして思い出す。
「ノクア……この辺じゃ聞かない名だ」
アリサカは中身の詰まった麻袋を拾い上げて、日を浴びている草むらの上に腰かけた。麻布の口を結んでいた硬い縄を手探りでほどくと、ノクアの言っていた通りに薫製された肉隗が中から覗き見えた。
しかし、アリサカは入っているのは薫製肉だけではなく、折り入れられた分厚い紙のようなものも目に留めた。麻袋に手を突っ込んで中から取り出してすぐさま広げると、黒い×印の付いていること以外は何の変哲もない東域と南域を拡大した南極の地図のようだった。
裏にも何か書かれていないだろうか、とアリサカが腕を動かした拍子に地図の裏から何かが剥がれ落ちた。
不意に落ちたその物体は、草むらの一角を青く長方形に帯びさせていた。
「なんだこれは?」
なんと不明瞭な依頼であろうか。アリサカは空に立ち昇る白煙を見上げると麻袋をかかえて重い腰を上げた。
赤茶土色の壁の向こうから昇る煙は、南極外から移住してきた現代賢者と呼ばれる人類が今日の活動を始めた合図だ。広大な草原に建設された壁は危険な生物や飛来する竜種を退けるためであり、更にその上には固定砲台と対空砲が重々しく並び立っている。その容貌から、この町は“城壁の町”と呼ばれている。
壁の塔防塔で大きな欠伸を空に向けている一人の見張り番が壁に近づいてくる人影を捉えた。
紅い二本の角を埋め込んである帽子を被り、左右に伸びた横垂れの付いたコートのような服の上にオレンジ色のパーカーを羽織った青年。腰からは青白い鱗の生えた身の丈よりも長い尾が生えている。見張り番は胸壁から身を乗り出すまでもなく、一目で何者か判別のついた。
「おはようさん、アリサカ。町に用かい?」
「あぁ、おはよう。また情報収集だ」
見張り番が開門の合図を送ると、門が唸るような音を立てながら少しずつ動き出し、程なくして人が充分通れるほどに開かれた。門の向こう側と外の草原は明らかに異なる世界。人類はもともとこの南極にはいなかった存在だから、と現代賢者は自身を自然から隔離して生活している。
ごゆっくり、と笑顔で送る見張り番に、アリサカも軽く手で感謝を表して分厚い門へとつま先を進めた。