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第1暦 【お告げ】

  鏡暦58年10月8日 03:53

      南極大陸 東域平原地帯




真夜中の草原を、一匹の騎竜が疾走して行く。  

静かに、そして放たれた矢のように早く突き進む騎竜の背には裂けまくりの布をまとった男が乗っていた。

暗い眼前を睨む男の目はどこか気だるげで、辟易としていた。

空にちぎり捨てられたように散在する雲の合間から、突然月が覗いた。日の光とはまた違う鈍く柔らかい光が地上に降り注ぎ、草原に聳えるように生えている一本の樹木の姿を浮かび上がらせた。

男が手綱をピンッと弾くように引くと、騎竜は長い首を毒蛇のようにもたげて足元の草を轢き潰し、躍動させていた四肢を止めた。 


「大人しく待っていろ」


男は息ひとつ乱していない竜の鞍からひらりと草原に降りると、騎竜の横腹に積んでいた麻袋を持って丘の上の木へと歩き出した。まとっていたボロ衣を草むらの露で濡らし、虫の音をかき分け進む。


「止まれ。そこからでも話はできる」


月の光が届かない木の陰から、若い声が降りる。男が木を見上げると、二つの赤い点が影の中に開いた。

周囲に響いていた虫の音が全て止まり、草原に無音が立ち込めていた。


「アリサカ……だな?」

 

男の問いに対して、二つの赤い点は枝から警戒するかのようにずるりと長い尾を垂らしてきた。

その尾は、白く、わずかに空色を帯びている。


「……言っておくが人殺しは受け付けてないぜ」


 夜中にやって来る者などやましい考えをもっているに違いない、といったような不機嫌そうな態度に男は耳も貸さなかった。淡々と目的を言及しはじめる。


「調査依頼だ。近頃、不自然な地震が南域の密林地帯で度々見られるようになった。お前に依頼したいのは、その地域一区間を探索することだ」


アリサカと呼ばれた赤い双眼が細まった。


「待ちなよ。その口ぶりじゃあ誰かが地震を起こしているとでも?面白い冗談だ」

 

「あぁ、そう睨んでいる。報酬は先に出す」


 嘲るような質問に男は即答し、先ほど騎竜から降ろした麻袋を放った。赤い瞳がそれを追うと麻袋は軽く木の根元に着地した。中身は詰まっているが、重量はあまりないように感じられる。


「薫製肉だ。そのままでも2週間はもつが、現代賢者の保存技術があればもっと長持ちするだろう」


 そう付け加えると男の望む答えがアリサカから得られるのに時間はそう掛からなかった。


「……考えは分からねぇが随分と気前良いじゃないか。その依頼、受けよう。――だが、俺は反人類勢力に手は貸したくない。あんたがそういった輩じゃないという簡単な証明がほしい。何者だ?現代賢者でもなさそうだし、俺と同じ亜人でもなさそうだ」


依頼を受ける側としてのこだわりか、強い口調でボロ衣の男に問いかける。まだ不信感が拭いきれていない証拠でもあった。男は手持ち無沙汰になったように静かに視線を落とした。


「証明はできない。しかしお前の思っているようなものでもない。俺の名はノクアだ。今は、今はそれだけを知っていればいい」

 

 その呟きに対して、アリサカは追求もしなければ返事すらなかった。白い尻尾は垂れさがったまま、もうあの2つの赤い目もいつのまにか影の中に消え失せてしまっていた。


ボロ衣の男はおもむろに踵を返して己の来た道を戻り、草原に腰を下ろしていた騎竜を立ち上らせる。手綱を握りしめると騎竜は空気を鋭く裂くようないななきをあげて、湾曲した爪で草原を走り出す。


「次は西域だ」


また再び雲が月の光を遮り、草むらの中の一本の木は周囲に溶け込んだ。


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