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「王国から帝国へ:中編」

中編になります、なかなか苦戦しました。

では、どうぞ。

「王国から帝国へ:中編」



―――――あれから、2年の時が過ぎた。

アベルとシルフェが2度目の誓いを胸に抱いてからの、2年間。

彼らの誓いにも関わらず、戦乱に満ちた2年間だったと言える。



まず、アベル達が隣国の1つを攻め滅ぼしたことその物を危険視する国々が増えた。

また各地で彼らに触発された民衆暴動が頻発し、各国の王族・貴族はその鎮圧に追われる事になった。

しかし過去の例と違い、民衆の暴動は収まる兆しを見せなかった。

何故なら彼らは、アベルという成功例を知ってしまったからである。

情報の伝達を商人などに頼らざるを得ないとは言え、それでも名声は聞こえてくるのだ。



「革命の指導者、民衆の守護者アベル様に続け!」



各地で同様の声が響き、それまで押さえ付けられていた民衆の不満が一気に爆発した。

軍の兵士の大半も平民出身という状態の国も多く、瞬く間に民兵と軍の離反兵が結びついて内戦状態に陥る国もあった。

アベル達は各地を転戦しながら、戦いながら、それでも粘り強く双方の対話を説いて回った。



「巻き込まれる民の犠牲を最小限に、それだけを考えて貰いたいんだ。どうか僕を信じてほしい」



もちろん、楽な道では無かった。

数十年、あるいは数百年間続いた戦乱を、2年の話し合いで解決できるはずも無かったからだ。

それでも諦めずに説き、戦い、民衆の救い、導き続けるアベルの姿に多くの人が魅せられ始めた。

少しずつ、味方が増え始めた。

彼ならこの戦乱を終わらせてくれるのではないか、そう信じ始める人々が増え始めた。



「任せて・・・・・・私に良い策がある」



そしてそれを、シルフェを始めとする仲間達が支えた。

その支えは、少しずつだが増えて行った。

徐々に、徐々に・・・本当に、少しずつ。

シルフェが各地にアベルの考えを、想いを伝え、情報を広げて、誰もにわかりやすく説いた。

もう、こんな戦乱に疲れる毎日はやめにしないかと―――――。



それでも当然、多くの血が流れた。

裏切られることもあった、戦いが避けられない時もあった、想いが伝わらない時もあった。

しかし、2年。

この2年間で、アベルは大陸南部で最大の勢力を持つまでになっていた。



「僕は今ここに、この場の代表として南大陸同盟の結成を宣言する!」



そして、今日。

彼を支え続けたシルフェの目の前、巨大な円卓の席の一つについたアベルがそう宣言した。

その円卓には、20人を超える大陸南部諸国の首脳や代表者が座っている。

議場の扉から一番遠い場所に座したアベルの手には、分厚い本が持たれていた。

その表紙には、古い言葉で「南大陸同盟条約」と記されている。



アベルの宣言に、一同が起立して拍手で応える。

この拍手こそが、同盟への賛意を表明する証となるのだ。

中には不満そうな表情を隠さない者もいたが、大多数の人間は笑顔だった。

これで、少なくとも大陸中部より南側では戦乱が終わるのだから。

同盟が維持される限り、各国は現在の国境線の移動を何があろうとも認めないと言う内容なのだから。



「ありがとう、皆さんのおかげで大陸南部に平和が訪れる。皆さんは歴史に残る英雄だ」



アベルの言葉を、シルフェは大部分の嬉しさと小さな寂しさを込めて見つめていた。

彼は2年前の誓いを果たすために行動している、彼女もまたそうだ。

しかし彼は王で、彼女は軍師に過ぎない。

優れた頭脳を持つ彼女は、自分が今後どうすべきなのかを余す所なく理解していた。



  ◆  ◆  ◆



アベル達南大陸諸国の首脳が同盟の設立を宣言した場所は、大陸中央部にほど誓い都市だった。

大陸屈指の商業都市の一つで、今後は南大陸同盟の連絡都市であると同時に大陸北部への足がかりとなる都市である。

アベル達のいた大陸最南端とは、気候も風土も文化も何もかもが違う。



「しっかし、アレだよなー」



そしてその都市の郊外、アベル軍が駐屯する陣の中では祝いの酒宴が開かれていた。

天幕の外では兵士達の愉快そうな声が聞こえる、その様子に微妙な表情を浮かべるのはシグルスだった。

2年前に比べて身体の傷はさらに増え、それが彼が潜り抜けて来た修羅場の数を教えてもいた。

手に持った酒器を―――2年前に比べて随分と上質の―――弄びながら、彼は溜息を吐く。



「随分と遠くの存在になっちまったよな、アベルも」

「・・・そうだな」



応じるのは、向かい合って酒器を煽るキューウェルだった。

今や南大陸最強とも呼ばれる重装歩兵団の団長であり、シグルスと共に「アベルの双剣」とも呼ばれる。

いつも通りの厳格な表情の中には、僅かながらシグルスと同じ感情を見て取ることができる。

すなわち、寂しさ・・・のような感情だ。



「2年前だったら、今ここにはアベルやシルフェもいてよ? アベルの酒の弱さだったりシルフェの姐さんの酒癖の悪さについてからかって楽しんでたはずなんだよ。それが今やキューウェルの旦那の面白くもねぇ顔を見て飲まなきゃなんねんだから、まったくもって面白くなくなっちまったよな」

「・・・同感だ。儂も小生意気な若造の顔を見るよりは軍師殿に絡まれた方が幾分かマシだ」

「言うね?」

「何年もお主と付き合えばな、嫌でもそうなる」



微かに笑い合って、カチン、と酒器をぶつけ合う。

そして一杯空けた後、再び微妙な沈黙。

どことなく、寂寥感の漂う沈黙だった。



2年前・・・そう、2年前であれば、アベルと共に戦勝なり平和の到来を喜べたはずなのに。

今やアベルは近隣5か国を併呑した大陸南部最大の国の王で、大陸南部にシルフェが苦心して張り巡らせた同盟網の代表者で、民衆が畏敬の念を抱く大陸南部の「聖王」で。

もはや、共に革命を駆け抜けた仲間では無いのだった。



「なんつーか・・・つまんなくなっちまうもんだよな、世の中って」

「それが、平和という物だろう」

「そうかい、キューウェルの旦那は大人だよなぁ・・・」



空になった酒器をテーブルの上に転がしながら、シグルスは心底つまらなそうに呟く。

もちろん彼も、表ではあくまでもアベルの臣下の1人として振る舞っている。

しかし心のどこかで、アベルを仲間だと思いたいのだった。

キューウェルもその心情には理解できる点があるので、何も言わなかった。



もう軍を維持するために農民を徴用する必要も、武器や食糧の確保に血眼になる必要も無い。

軍にとっては、良いことだ。

だがどうしてだろう、毎日の食糧に欠いていた日々がひどく懐かしく感じるのは。



「・・・シルフェの姐さんは、どうすんのかね」

「・・・・・・」

「・・・ま、それもアベル次第、か」



答えを求めない呟き、キューウェルはシグルスの酒器を立てると、そこに酒を注いだのだった。

男2人の酒宴は、しばらく続いた。



  ◆  ◆  ◆



とうとう、ここまで来た。

アベルはそう思う、道半ばとは言えそう思うのも無理は無い。

3年前、自分の国で仲間と共に革命を起こしてまで追い求めて来た夢。



大陸に平和を、その想いは今も変わらない。

故郷から遠く離れた大陸中央部にほど近い都市にあっても、心に掲げた理想の旗は下ろさない。

これから先も多くの戦いと犠牲が起こるかもしれない、様々な問題が起こるだろう。

しかしそれも、多くの仲間達と粘り強く努力を続けていれば解決できると信じている。



「見て、シルフェ。皆が笑ってる、失敗もたくさんしたけれど・・・これを見れば、頑張って良かったと思える」



故郷で居城としていた砦とは比較できない程に整った城のテラスで、眼下の城下町を見つめながらアベルがそう告げる。

すでに夜も深まり誰もが休む時間だと言うのに、町では同盟の設立を祝う祭りが賑やかに行われている。

それを嬉しげに見つめながら、アベルは自分の後ろに立つシルフェの方を振り向いた。



「うん・・・」

「もう少し、あと少しで僕達の夢は叶う。まぁ、問題は叶った後だろうけど・・・」

「・・・そうだね」

「・・・シルフェ?」



帽子も脱ぎ、軍師としての正装を解いたシルフェは昔着ていた物に似たゆったりとした服を着ている。

違う点があるとすれば、昔と違って比較的上質な布で作られていることだろうか。

2年前に比べて女性らしさが増した容貌が月明かりの下に映えて、アベルを見つめている。



だがそんな彼女が、今は何故か元気が無いようにアベルには感じられた。

どうしたのかと思って近付くと、シルフェはその場で片膝をつき跪いた。

臣下の礼である、これまで2人きりの時には一度もしたことが無い動作にアベルは驚く。



「・・・アベル陛下」

「し、シルフェ?」

「・・・私の軍師職を、お解きください」

「な・・・何を言い出すんだよ!?」



アベルは驚いた、革命の時から・・・いやそれ以前から自分を支え続けて来たのはシルフェだ。

シルフェ以外に軍師は考えられない、アベルはずっとそう考えていた。

だからシルフェの言葉は、アベルにとっては青天の霹靂にも等しかった。

だが、シルフェにとってはそうでは無かった。



「同盟が成り・・・いえ同盟が成る以前から、陛下の周囲には優秀な人材が集まるようになっております」



そう、これもまた2年前とは決定的に違う要素だった。

シルフェが軍師に就いたのはアベルを支えられる文官が他にいなかったことと、シルフェ以上に優れた人材がいなかったと言う事情が大きい。

しかし今は違う。



文官の数はもちろん、軍議などでシルフェ以上に深い知見を伺わせる意見も多数出るようになった。

もはや、革命の時のようにシルフェが軍師として文官のトップに居座り続けるのは難しい。

シルフェはそう考えていたし、国が成長してなおかつての仲間を厚遇し続けるのは、政治的に拙い。

だからシルフェは言う、自分の軍師職を解いてほしいと。

もはや自分は、アベルの理想の足を引っ張る段階に来ているのだと。



「・・・できない」



アベルも言う、自分の傍にあって自分を助けるのはシルフェ以外には考えられないと。

幼い頃の誓いを共有するシルフェにしか、自分を本当の意味で支えることはできないと。

王佐である軍師は、軍事や政治だけでなく王の心をも支えられる人間がなるべきだと。

もっと言えば、王を除けばただ1人、王となれる人間だけがなれるのだと。

そしてそれ以上に、シルフェ以外の人間を頼ると言う発想が無かった。



「アベル陛下、どうか」

「僕を陛下なんて呼ぶな!!」

「・・・ッ」



2人きりの時、シルフェは常にアベルのことを「アベル」と呼んだ。

それが今日になって「陛下」などと呼ばれて、アベルは自分の感情を抑えることができなかった。

シルフェを怒鳴ってしまったことを後悔しつつも、アベルはシルフェの薄い肩を両手で掴んだ。



「どうしてだシルフェ、これまで通り僕の傍にいてほしいんだ」

「・・・私はもう、軍師としてアベル陛下の傍にいる必要のない人間です・・・」

「僕がいてほしいと願っても、ダメなのか」

「私以上に、軍師の勤まる人間は多くいます・・・その中でわざわざ私を軍師に据えておくのは、臣下の間で不公平感が出ます・・・」



わかっている、アベルにもその程度のことはわかっていた。

だが感情が納得しない、自分はシルフェに理想の実現を見せるために努力している面もあるのに。

とにかく傍にいてほしい、その感情だけが先行していた。

気が付けば、アベルの身体は勝手に動いていた。



「・・・陛下・・・!?」

「アベルだ・・・ッ」



気が付けば、アベルはシルフェの細い身体を抱きしめていた。

狂おしい、そう思えるほどにアベルは今、シルフェのことを想っていた。

実の所、これは子供じみた独占欲に過ぎないかもしれない。

シルフェの髪の中に指先を埋めて頭を抱きながら、アベルはそう思った。



だがそれでも良いと思った、それでシルフェが傍にいてくれるなら良いと思った。

シルフェが傍にいない日々が訪れるくらいなら、それで良いと思った。

自分とシルフェ、2人がいればできないことなど何も無いと思える。

それは逆に、どちらかが離れればそれで終わってしまうとも言えた。



「アベ・・・へ、陛下、どうか、離して・・・」



シルフェは恐ろしかった、このまま進むのが恐ろしかった。

このまま進めば、止まれなくなることがわかっていたからだ。

彼女の優秀な頭脳が、このまま事の推移を許せば取り返しのつかないことになると告げていた。

それはダメだと、彼女の理性が警鐘を鳴らす。

たとえそれを望んでいるのだとしても、拒絶しなければならないのだと。



怯えるように震えるシルフェの姿が、アベルの心をかき乱した。

アベルの手がシルフェの頬を覆い、アベルの目が涙に濡れるシルフェの瞳を覗き込む。

戦慄くように開いたシルフェの形の良い小さな唇に、アベルが自分のそれを押し付けた。

涙に濡れた瞳が、大きく見開かれた。

シルフェは唇に感じる熱と、目の前に広がる光景に幸福と恐怖とを同時に感じた。



「ふっ・・・は、だめ、あべ・・・やめ・・・っ」

「・・・!」

「んん・・・っ!」



いったんは離した物の、より強く抱かれて口付けられる。

そうなるともう、非力なシルフェにはどうすることもできない。

脳髄が蕩けるような幸福と、心が凍りつくような恐怖。

心と頭脳、感情と理性が発する相反する主張に、瞳から涙が零れる。



しかしそんな感情と理性の対立も、口付けが深く長い物に変わって行くにつれて氷解していった。

アベルの胸を押していたシルフェの手が、いつの間にかアベルの背中に回されてた。

涙に濡れていた瞳は夢見るように閉ざされ、されるがままだった口付けも今やシルフェの側からも応じるような形になっている。

求められるだけではなく、求めて、求め合うような形へと。



「・・・して、る・・・」



そうなればもう、止まれなかった。

こんな甘い感情に負けてしまえば、もう理性で押さえ付けることはできなかった。

幼い頃から数えて10年以上胸に秘めて来た想い、シルフェの頭脳が心の説得を放棄するには十分過ぎる圧力だった。



「あい、してる・・・愛してる、愛してる、アベル・・・アベル、アベル、アベル・・・ッ」

「シルフェ・・・僕も・・・」



大陸南部に平和が訪れたはずのその日、王と軍師は別の形で絆を深めることになった。

それが王国にとってどのような結果をもたらすのかは、まだ誰にもわからない。

ただ今は・・・ただただ、幸福だけがそこにあった。



  ◆  ◆  ◆



―――――燃える。

穏やかな光に包まれる大陸南部とは対照的に、そこは紅蓮の炎に包まれていた。

大陸極北部の氷河地帯との境目の国で、それは起こっていた。



まさに大陸南部で平和の祭典が祝われている最中、大陸北部では逆に戦乱が激しさを増していた。

それは静かに、まさに吹雪く直前の雪の如くしとやかに進められていた。

誰もが気にしない、気にした時にはすでに遅い極北の吹雪のように。



「ま・・・待ってくれ、許してくれ!」



極北部と北部を隔てる切り立った山々の間、細く狭い抜け道の途上で1人の男が尻の下の雪をかき分けるように後ずさっていた。

ゴワゴワとした毛皮に覆われた無骨な革鎧を着こんでおり、飾り付けられた金や装飾が彼の身分の高さを現しているようだった。

まぁ、でっぷりと太った腹と脂肪で膨らみきった顔を見れば、程度は知れると言う物だが。



彼の周りには、大きな荷台がいくつも転がっており・・・雪がしとしとと降りしきる夜にも関わらず火が放たれて燃えていた。

寒風に煽られて、火の粉が周囲を照らす。

雪に覆われた地面には男の物と良く似た革鎧を着た男達が無数に倒れており、その身体からは無数の矢がハリネズミのように突き出していた。



「お、俺は騙されたんだ、俺は止めようとしたんだ! そしたら部下が・・・そう、部下のせいなんだよ!」



何事かを喚きながら片手を振り、必死で後ずさる男の前には・・・20代にさしかかったかどうかと言う年の頃の女がいた。

黒曜石で彩られた髪留めと軽鎧を身に着け、身長よりも大きな大鎌を手に持った黒髪の女。

表情は凍りついたように動かず、命乞いをする男を冷めきった瞳で見下ろしている。

足元で踏みにじっているのは、先程まで男の兵だった人間が持っていた軍旗だった。



雪の中で静かに立つその姿は、氷の柱がそこにあるのではないかと言うイメージすら相手に与える。

そして細道の両側の切り立った崖には、防寒具を纏った無数の人間が弓らしき武器を構えていた。

どうやら、この男の連れを全滅させたのはこの弓隊らしい。



「た、頼む! 助けてくれ、降伏でも何でもする! アンタ達の主に忠誠を誓う、この通りだ!」



とうとう男はその場に跪き、額を雪道に擦りつけて懇願し始めた。

女が何も言わないことに不安を抱いたことも一因だが、雪の中に半ば埋もれている斧の柄を女に見えないように握るための大げさな行動でもあった。



・・・その姿を静かに見つめていた女は、何も言わないままに目を閉じた。

そしてそのまま男に背中を見せるように振り返り、小さく一歩を踏みしめる。

それを好機と見た男はそれまでの態度を一変させ、密かに握っていた斧を振り上げて飛びかかった。



「馬鹿が! 死にさらあああああああぁぁぁ・・・・・・あえ?」



グラリ、と男の視界が揺れる。

斧を振り上げた体勢のまま、身体が動かない・・・だが、視界だけが動いていた。

雪の中に頬をしたたかに打ちつけられても、身体の感触が無かった。

黒ずんでいく男の視界に映った最後の光景は、大鎌を振り切った女の後姿と、首を失って遅れて倒れ伏す自分の身体だった―――――。



一閃・・・それはまさに、大鎌の一閃だった。

背中を見せた位置から踏み出した足を軸に回転して大鎌を振るい、まるで舞うかのように通り過ぎる。

後に残った男は、身体と首が離されたことに死の直前まで気付かなかった。

血が噴き出したのは、残された身体が倒れた後のことだった。



「将軍!!」



女が鎌を振るって血と飛ばしていると、防寒具に身を包んだ弓兵が複数人やってきた。

彼らは地面に転がる男の首を見ると、自分達の勝利を確信して喜色を浮かべた。



「おめでとうございます、将軍! これで我が軍は本格的な南下を始めることができますな! 皇帝陛下もさぞやお喜びでありましょう!」

「・・・・・・」

「・・・あ、あー・・・て、帝都より、皇帝陛下の勅使が参られています」



目に見えた追従を行う兵士に何の反応も示さない女将軍に対して、兵は明らかに怯えの表情を浮かべた。

直前までの自分の言動を少し後悔するような色を浮かべて、用件を簡潔に伝える。

それは確かに効果があり、女は能面のような無表情なままで振り向いた。

雪の粉が付着した黒髪が、艶やかに揺れる。

兵士達の後ろに控えていた煌びやかな衣装を着込んだ人物が、胸を張りながら女の前に出る。



「えー・・・えへん、えへん。皇帝陛下のお言葉を、お伝え申し上げる。謹んで排命すべしゅ」



しかしその男は、言葉を続けることが出来なかった。

何故なら女が振り下ろした大鎌の刃が額を割り開き、頭蓋骨を貫いて脳を裂いたからである。

言うまでもなく、致命傷である。

と言うより、助かる見込みを見出す方が難しい。

帝都からの使いという男は、口から奇妙な醜い音を立てて倒れた。



「し、将軍、何を・・・・・・ひっ」

「う・・・ヴェエエ・・・ッ」



1人は女将軍の怜悧な眼差しに怯え、別の1人は人間の頭から脳髄が漏れだす様を見て胃の中の物を戻してしまった。

それら全てに冷たい眼差しを向けた後、女は大鎌を振って汚れを飛ばす。

それが服にかかってまた周囲の兵が小さな悲鳴を上げるが、女はそれをも無視する。



全てを無視して歩を進め、今しがた自分が殺した勅使の男の死体を踏んで歩き始める。

それに驚いたのは、周囲の兵だった。

女の行動に驚いて、慌てて呼び止めようとして・・・言葉を選ぶ。



「し、将軍、どちらに!?」

「・・・・・・帝都へ戻る。皇帝陛下の勅命があるのなら」

「し、しかし、それなら何故に勅使殿を・・・っ」



勅使の名を口にした途端、女将軍は鎌の切っ先を兵の首に当てた。

兵は身体が竦んで動けなくなる・・・と思いきや、腰が抜けて転んでしまった。

女はそれに冷たい目を向けた後、大鎌を戻して勅使「だった」物に視線を一瞬だけ投げる。



「―――――皇帝陛下のお言葉とは、皇帝陛下の口から発せられた物だけを言う。そんな屑の口から発せられる物では断じて無い」



それで、終わりだった。

それ以上は何も言うことが無いとでも言うように、それからは一度も振り返らなかった。

雪の降りしきる夜、女は誰も傍に寄せることなく静かに歩みを進める。

肌に刻まれた紅色の塗料だけが、彼女の生の熱を表現しているかのようだった。



その姿は、冷酷にして怜悧、そして冷徹。

氷のように変わらないその姿勢は、何を前にしても変わらない。

太陽の温もりを知らない、極北の花のように―――――。




中編をお送りしました、一応、次回で最後になります。

ダイジェストなのでバンバン進みますが、伝わっているのかどうか。

では、後編もよろしくお願いいたします。

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