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~第一章~ 中年ダメ男

もしも過去に戻る事が出来たら、あなたはどうしますか?違う道を選び、未来を変える自信はあるでしょうか。

過去に戻り、人生をやり直すたびに出る、中年ダメ男の物語。

~第一章~


いつの間にか、東京を出ていた。ノロノロと自転車を押す。

こんな日に雨なんて、泣きっ面に蜂だ。

雨で濡れ、背広がずっしりと重い。でも、そんな事は気にならない。

日没近い時間帯だが、空には暗雲が立ち込め、もはや時間帯など分からない。

少しばかり歩くと、ぼんやりとした歓楽街のネオン光が見えて来た。

ノロノロと足を踏み入れると、傘をさしながら歩いている人が視線を送って来る。

どことなく寂れている雰囲気があり、雨のせいか人気も少ない。

傘を差した呼び込みの男が近寄ってきた。

傘を持つ手をこっちに伸ばし、声をかけて来た。

「お父さん、そんな格好で自転車押してたら、風邪ひくよ。うちに寄って行きなよ。」

お父さん?俺は妻も子もいないぞ。

「いや、遠慮しとく。」

ため息交じりに答える。

「そんなこと言わずにさ。かわいい子、いるよ。遠慮なんかしないでさ。」

「本当にいいんだ。ほっといてくれ。」

少し強めに行ったら、男は驚いたように後ずさりして行った。横目で男が引きさがって行くのを確認しながら自転車を押し続けた。

雨はさっきより、やや小降りになって来た。

またもや別の男が声をかけて来た。しかし今度は雰囲気がまるで違う、気の良さそうな、エプロンをした小柄なおじさんだった。

「ちょっとあんた、傘もささずに、風邪ひくよ。タオルでもなんでもあげるからさ、うちに入りなさい。」

男のビアダルの腹が目立つ。

中年男の招く店には暖簾がかかっていた。

居酒屋か。

人生最後の酒だ。いいだろう。

暖簾をくぐり、店に入ると客が誰一人としていない事に気がついた。

店内はいかにも居酒屋という雰囲気を醸し出していて、席はすべてカウンター席だった。古臭いにおいが立ち込めており、椅子も木製のスツールだ。まるで全てが木製だと思える程だった。

「あんた、どないしたのさ。そんな格好してよ。」

タオルを渡され、一礼した。

「まぁ、腰かけなさい。ほら。」

やたらと命令口調の男だ。

カウンター前の椅子に腰をかけた。

「なんか酒ある?」

「そりゃもう。見ればわかるでしょう。居酒屋だからね。ビール、焼酎、日本酒。ワイン以外なら何でもあるさ。」

男は得意げに言う。

奥の壁に目をやると、確かに酒瓶がずらりと並んでいた。

「じゃ、あんたのおすすめの日本酒をロックでもらおうか。」

「ほお、私の?わかった、任せときなさい。」

壁にびっしりと並んだ酒瓶の中から一本引き抜き、冷凍庫から氷を出してすぐにロックを用意してくれた。

グラスを口に近づけ、一口飲む。

喉が焼けるような感覚がたまらない。邪念も一緒に焼き尽くされるようだ。

「旨い。」

ついつい言葉をこぼした。即座に男の反応があった。

「そりゃそうよ。俺のお勧めさ。それだけじゃ寂しいだろう。なんか作ってあげるよ。」

「いや、遠慮しておくよ。」

「そうかい?」

「ああ、腹減ってないんだ。酒だけでいい。」

納得したような素振りを見せ、男は対面に腰をかけた。

「ここ、あんたの店か?」

男が会話をしたそうにしていたので、切り出した。

「そうよ。私が初代の飯塚だ。そして、そいつがうちの二代目。息子だ。」

え、誰かいたのか。

飯塚が親指をさした方に目を向けると、若い男が厨房への入り口のそばで座っていた。頭だけぺこりと下げて来た。

「ふーん。俺は西島。西島輝夫(にしじまてるお)。」

「そうかい。恰好から見ると、サラリーマンですかい?」

サラリーマン?今まではな。

「職はもうねぇよ。まぁ、サラリーマンやろうとしてたけどよ。」

飯塚はキョトンとした顔になったが、すぐに謝って来た。

「はあ、それはどうも失礼しました。」

「いいよ、別に。悪いのは俺自身だ。自業自得もいいとこさ。」

そう。俺の人生がどうしようもないものだ。俺自身の問題。

「人生やりなおしてぇよ。」

ロックをグイッと飲みほし、音を立ててカウンターの上に置いた。

飯塚がお代わりを注いでくれ、優しく微笑んで来た。

「金はいらないからよ、今日は飲んできなさい。」

驚いて飯塚を見返した。

こんな人も世の中にいるのか?優しすぎだろ。

「本気かよ。」

「ああ、本気よ。別に酒瓶一本空けられたくらいでうちは破産しないからな。繁盛繁盛!」

飯塚は身を乗り出してげらげらと笑った。思わずこっちも笑みがこぼれた。

結局、その店で五時間は飲んでいた。

夜中の一時を回った頃、店を出る事にした。

「店長、ありがとうよ。代金だ。釣りはいらねぇよ。」

呂律の怪しい口調で、一万円札をカウンタートップにスッと置いた。

「おいおい、いいって言ったろう。」

飯塚が追いかけてきたが、速足で外に出た。

押して来た自転車にまたがり、全速力でこいだ。

飯塚の呼び掛ける声と歓楽街のネオンが遠ざかって行く。がむしゃらに自転車をこいだので、どこに来たのかはさっぱり分からなくなった。

息を切らし、自転車から降りた。気がつくと、夜空には星が広がっていた。

どうやら雨はやんだみたいだ。

酒をずいぶんと飲んできたせいだろう。足元がふらつく。

また自転車を押していると、公園に辿り着いた。

千鳥足で中に入り、ベンチに腰をかけた。背広の中から煙草の箱を取り出し、一本くわえた。

人生最後のタバコ。

ライターで火をつけようとしたが、なかなかつかなかった。空気は勿論、先ほど雨に濡れていたせいで煙草自体も湿っていた。

苛立ちが立ち込めて来る。昔からの悪い癖だ。何事にもすぐに苛立ちを感じる、短気な性格。短気は損気と言うが、その通りだ。会社を辞めさせられた原因もそこにある。

カチカチとライターの音を立てながら煙草と格闘してみるが全然火がつかない。

「あー、くそっ!!!」

ライターを近くの草むらに投げ込み、煙草を地面に放り投げた。

舌打ちをしてベンチに思いっきり横になると、睡魔が襲ってきた。

眠い。あー、本当に眠い・・・もういいや、とりあえず寝ちまえ。

寝る間際にもう一度呟いた。

「こんな事になるんだったら・・・人生、やり直してぇ。」

街灯に蛾が何匹か群がっていた。

「やり直してぇよ・・・」

公園の時計が夜中の二時を回った時にはぐっすりと深い眠りに入っていた。


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