5.なにやってんだ叔父(二度目)【前編】
じーっと目の前の猫を見つめる。
キジトラと呼ばれる種類である。
蒼い眼でこちらをじーっと見返してくる。
「旦那ぁ、照れるじゃねえですかい。そんなにじーっと見ねえでくだせえよ。」
猫が口を利いた。
とうとう俺は自分の頭を疑う羽目になってしまった。
見つめあう、猫と俺。
ロマンスが生まれる要素は、皆無。嬉しくない。
じいっと睨むようにこちらを見ていた猫は、眼をぱちくりさせた。
「あれ、キミ、もしかしてまだ20かそこら?なんだあ、てっきりもっと年上なのかと勘違いしちゃったー。」
いるよな、こういうおっさん。相手が格下だと知るとやたら態度でかくなるやつ。
「そんなに引いた眼で見ないでー。」
猫は「えーん」と泣きまねをした。
まあいい。
俺の頭がおかしくなっていようと、そんなことは大して重要ではない。
いま、最も重要なのは、|目前に立ってしゃべって会話のできる猫がいるという事実。
何としてでもこいつから情報を引き出す。
俺の無意識からでた幻覚だったとしても、幻覚を消す手掛かりはどこに落ちているか分からないのだ。会話してみる価値はある。
そして、この変な土壁トンネルを普通の部屋に戻すのだ!
「ここは、ダンジョンと呼ばれる場所なんです。魔物がうじゃうじゃいて危険だなの。だから一般人は来ちゃダーメ。前までは秀臣クンが掃除に来てたんだけど、最近来なくなっちゃってさあ。どんどんいろんなものが湧いてきてるのよ。さすがにちょっと上からも苦情が来始めてるから、そろそろインフラ止めてちょっと脅そうか迷ってるんだよねえ。」
全部喋った。
何も聞かぬうちから全部喋った。
「魔物の数が増えすぎてて、そろそろそっちの世界まで溢れちゃいそうなんだよねー。そろそろ来るかな、来るかなーって首を長くして待ってんのに、待てど暮らせど秀臣は来ない。ダンジョンの掃除をちゃんとする代わりに衣食住は保証してやるって契約だったのにさあー。いきなり来なくなりやがって、まったく。こっちだって上からの圧力がそろそろきついんだっての。」
衝撃の情報がかなり詰め込まれていた気がするが、次々と押し寄せる情報の洪水に、ツッコミどころが分からない。
ダンジョン?
契約?
魔物?
そっちの世界?
…秀臣?
胃のあたりがずん、と沈んだように重い。
「あの」
「なんだあ、」
「秀臣は」
「うん」
「秀臣は先日、逝去いたしました。」
「はあー?」
猫は目玉が零れ落ちるのではないかというほど驚いている。
「アイツ死んだのか?」
「はい」
「お前は何なんだ?」
「秀臣の甥の翔です。」
俺はこれまでの経緯をざっくりと掻い摘んで話した。
キジトラ猫は、黙ってうんうんと頷いている。
叔父の死因の話になるとキジトラはひっくり返って、笑いながらあちらこちらへ転がった。
丸い物体が転がるのは、さながらサッカーボールのようであった。
「アイツらしい死因だなあ。」だそうである。
叔父のことを何も知らぬ俺はうんともすんとも返せない。




