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オートロックを抜けて
エレベーターに乗る。
扉が閉まった瞬間。
「……嬉しかったです」
ぽつり、と落ちる声。
さっきまで我慢してたのが
少しだけ漏れたみたいな言い方。
「迎え来てくれると思ってなかったんで」
横を見ると、ほんの少しだけ口元が緩んでる。
「そんな顔する?」
くすっと笑うと、
「します」
即答。
「だって、普通に無理です」
「なにが」
「好きな人が、仕事終わりに待ってるの」
少しだけ間。
「耐えれるわけないじゃないですか」
さらっと言うくせに、耳だけちょっと赤い。
「ねえ」
少し近づく。
「さっきの後輩ちゃん」
「……はい」
「結構ぐいぐい来るね」
一瞬だけ、眉が動く。
「来ますね」
「モテてるじゃん」
軽く言うと、
ぴたり、と止まる。
「やめてください」
少し低い声。
「そういうの、いらないです」
真っ直ぐこっちを見る。
「俺、あの人にどう思われてもどうでもいいんで」
一歩、距離が縮まる。
「遥花さんにどう思われるかの方が、よっぽど大事です」
ちょうどそのタイミングで
エレベーターが止まる。
扉が開く。
無言のまま降りて、部屋の前。
鍵を開ける音。
中に入って、ドアを閉めた瞬間。
「……はぁ」
小さく息を吐く音。
振り返ると、
もう距離が近い。
さっきまで我慢してた分
全部ここで解放されるみたいに。
「ちょっといいですか」
聞いてるくせに、待ってない。
腕が伸びて、そのまま引き寄せられる。
「……会いたかったです」
さっきより、もっと素直。
「ふふ、毎日会ってるよ」
「足りないです」
少しだけ顔を上げる。
距離が近い。
目が合う。
一瞬だけ、迷うみたいに止まってから、
そっと、額が触れる。
「……今日、疲れてないですか」
声は優しいのに、
手は、ちゃんと離さない。
「大丈夫」
そう答えると
少しだけ安心したみたいに息を吐く。
「じゃあ、もうちょっとだけ」
“もうちょっと”の距離じゃない。
そのまま、ゆっくり唇が重なる。
軽くじゃない。
でも、乱暴でもない。
ちゃんと大事にしてるキス。
離れたあと、
「……やばいですね」
小さく笑う。
「なにが?」
「止まらなくなりそうです」
言いながら、また近づいてくる。
少しだけ押し返す。
「ご飯、どうするの」
現実的なことを言うと、
一瞬、固まる。
それから、
「……後でもいいですか」
「今それ考えられないです」
思わず笑うと、
「笑わないでください」
ちょっと拗ねた声。
でも、そのまま手を取る。
逃がさないみたいに。




