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会社の前。

人の出入りが増えてくる時間帯。


少し離れた場所で、遥花は静かに立っていた。


スーツ姿の人たちが通り過ぎる中で

目線だけで探す。


──いた。


見慣れた背中。


その隣に、もう一人。


少し距離が近い。

何か話しかけながら、横に並んで歩いている女の子。


(……ああ、あの子か)


一瞬だけ、理解する。


でも、それ以上は何も思わない。


ただ、そのまま見ている。





「橘さんて、電車ですかぁ?」


甘ったるい声。


「はい。」


湊は軽く息を吐いて

いつも通りの温度で返す。


ふと、顔を上げた。


視線が、止まる。


「……遥花さん」


空気が変わる。


隣に誰がいるかなんて、もう頭にないみたいに

そのまま、まっすぐ駆け寄る。


「なんで……」


少し息が上がってる。


「どうしたんですか」


その声は、明らかにさっきと違った。

やわらかくて、まっすぐで、隠してない。


遥花は少しだけ笑って、


「お迎え」


それだけ言う。

それで、十分だった。


「……っ」


一瞬、言葉を失う。

嬉しさを隠せてない顔。


「連絡、くれたら」


「うん、しようと思ったけど」


少しだけ首を傾ける。


「その顔見たかったから」


また、一瞬止まる。


わかりやすい。





「……あの、橘さん」


後ろから、控えめな声。

そこで、やっと現実に戻る。


湊が振り返る。


「ああ、すみません」


思い出したみたいに言う。

遥花も、そのタイミングで視線を向ける。


自然に一歩引いて、軽く会釈する。


「いつもお世話になってます」


丁寧で、やわらかい声。


それだけ。


それ以上は踏み込まない。


後輩は一瞬だけ言葉に詰まって、


「あ……いえ……こちらこそ……」


と、小さく返す。


視線が揺れてる。


さっきまでの距離感が、もうない。


湊は、少しだけ間を置いてから、


「じゃあ、お疲れ様です」


きっぱり言う。


迷いがない。


「え、あ……はい……」


後輩が何か言いかける前に、


そのまま遥花の方へ体を向ける。


もう、そっちしか見てない。


「帰りましょうか」


当たり前みたいに言う声。


「うん」


それに頷く遥花。


並んで歩き出す。


距離は、自然と近い。





少し離れてから。


ぽつりと、


「……さっきの人」


湊が言う。


「うん?」


「後輩です」


遥花はくすっと笑って、


「知ってる」


「え」


「顔に出てた」


一瞬、黙る。


それから、小さくため息。


「……ですよね」


「でも」


遥花が少しだけ横を見る。


「ちゃんとしてたよ」


その一言で、


湊の表情が、少しだけ緩む。


「……当たり前です」


少しだけ照れた声。


そのまま、手が触れる。


さっきより、近い距離。




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