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「本日付で、主任を命じます」

分かっていたはずなのに

紙の重さがやけに現実味を帯びていた。


周りの「おめでとうございます」に笑って返しながら

胸の奥が少しだけざわつく。


嬉しい。

でも、それ以上に。


――ちゃんとやれるのかな。


そんなことを思ってしまった自分に、少しだけ嫌気がさした。





帰りは、いつもより少し遅くなった。


鍵を開けて、部屋に入る。

灯りがついていた。


「あ、おかえりなさい」


キッチンから顔を出した湊が、いつもみたいに笑う。


その“いつも”に、ほっとする。


「ただいま」


「今日、遅かったですね」


「うん、ちょっと…」


言いかけて、やめる。

言葉にしたら、急に実感してしまいそうで。


でも。


「……主任になった」


小さくそう言うと、

一瞬だけ目を丸くして、すぐに柔らかく笑った。


「おめでとうございます」


すぐ近くまで来て、自然に頭を撫でられる。


「すごいですね」


その一言が、思った以上に胸に落ちた。





「ご飯、できてますよ」


テーブルに並んだそれを見て、少し驚く。


「作ったの?」


「まあ、簡単なやつですけど」


少しだけ照れたみたいに目を逸らすのが、らしい。


「……おいしい」


「よかった」


そのやり取りだけで、なんだか十分だった。





「……忙しくなりそうですね」


ぽつり、と湊が言う。


「うん」


正直、不安はある。

責任も増えるし、人を見る立場になる。


間違えたら、自分だけじゃ済まない。


「でも」


横を見ると、湊がこっちを見てた。


「大丈夫ですよ」


その言い方は、軽くもなく、無責任でもなくて。

ただ、当たり前みたいに。


「遥花さんなら、できるって思ってます」


根拠なんてないはずなのに、

その言葉は、不思議なくらい揺れなかった。


「……もし」


少しだけ、声が弱くなる。


「無理そうだったら?」


自分でも驚くくらい、素直な言葉だった。


少しの沈黙。


それから、隣で小さく笑う気配。


「その時は」


手が、そっと重なる。


「俺が支えます」


迷いのない声。


「……頼りになるね」


そう言うと、


「今さらですか?」


って、少しだけ得意げに笑う。

その顔に、思わず笑ってしまう。


肩が触れる距離。


そのまま、なんとなく寄りかかる。


拒まれないのを分かってる距離。


何も言わなくても、ちゃんとそこにいる。


「……ありがとう」


ぽつりと落とすと、


「どういたしまして」


って、すぐ返ってくる。


主任になった日。


不安もあったはずなのに。


思い出すのは、多分この時間だ。




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