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「ちょっと、仕事の話」


そう言うと、湊が手を止める。

フライパンの火を弱めて、まっすぐこっちを見る。


この人、ほんとに顔に出る。


「なんかあったんですか」


「怒られたとかじゃないよ」


「そこ心配してません」


少しだけ笑ってしまう。


ダイニングテーブルに向かい合って座る。


「で?」


呼吸をひとつ。


「主任候補、って言われた」


一瞬、湊が固まる。


「……え」


「来期の体制で、名前挙がってるって」


沈黙。


数秒。


そのあと、勢いよく立ち上がる。


「すごいやないですか!」


びっくりする。


「え、ちょ、声」


「いやだって!主任ってあれですよね、リーダー的な」


「まあ、そんな感じ」


目がきらきらしてる。


まるで自分のことみたい。


その顔を見て、少しだけ胸が軽くなる。


でも。


「責任、重くなるよ」


ぽつりと言うと、湊の顔が少しだけ落ち着く。


「クレーム最終判断とか、新人教育とか、売上管理も」


「……忙しくなりますね」


現実的。


そう、忙しくなる。

今より確実に。


「受けるんですか」


「まだ、考えさせてって言ってある」


湊は少しだけ黙る。


真面目な顔。


「遥花さんは、どうしたいんですか」


その問いが、まっすぐすぎる。


どうしたい。


できるかどうかじゃなくて。


「……やりたい気持ちは、ある」


正直に言う。


「ここまでやってきたし」


少し、声が小さくなる。


「でも」


「でも?」


「もし、もっと忙しくなったら」


言葉を選ぶ。


「今みたいに、ちゃんと隣にいられるかなって」


言った瞬間、少し後悔する。


弱音みたいで。


でも、湊は笑わなかった。


むしろ、少しだけ呆れた顔。


「それ、俺の心配ですか」


「え」


「俺、そんな頼りないです?」


「そういう意味じゃ」


「俺、2年目ですけど」


少しだけ背筋を伸ばす。


「一応、社会人です」


その言い方が少し可愛い。


でも、目は真剣。


「忙しくなっても」


一歩、近づく。


「隣に立つのはやめませんよ」


胸が、きゅっとなる。


「むしろ」


少し照れくさそうに笑う。


「主任の彼氏とか、ちょっとかっこよくないです?」


台無し。


思わず吹き出す。


「なにそれ」


「自慢します」


「誰に」


「悠に」


さっきまで重かった空気が、少しだけ軽くなる。


湊が静かに続ける。


「受けたいなら、受けたほうがいいです」


「……でも」


「俺のこと理由にせんといてください」


優しいのに、強い。


その言葉に、はっとする。


私は無意識に、“バランス”を取ろうとしてた。


でも。


歩幅は合わせられる。


立ち止まってもいい。


あの時、そう言ったのは私だ。


湊が、そっと手を握る。


「俺、隣で頑張ってる遥花さん、好きなんで」


ずるい。


「だから」


少し照れながら。


「主任、似合うと思います」


胸の奥が、じわっと温かい。


「……受けようかな」


ぽつり。


湊がにやっと笑う。


「決まりですね」


「まだ正式じゃないし」


「いや、もう顔が決めてます」


そう言って、指を絡める。


「忙しくなったら」


少しだけ低い声。


「その分、甘やかします」


「どっちが」


「俺が」


自信満々。

その強がりが、今は嬉しい。


春は変化の季節。


でも。


隣は、変わらない。



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