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家に着いて、ドアを閉めると
一気に現実に戻る。
靴を脱いだところで、湊が言う。
「改めて、ありがとうございました」
「ん?」
「俺の家族に、ちゃんと向き合ってくれたこと」
いつもより少し低い声。
「俺、今日ちょっと怖かったんです」
「怖い?」
「もし、嫌な思いさせたらどうしよって」
その言葉に、胸がきゅっとなる。
「してないよ」
「……ほんまに?」
「ほんと」
少しだけ近づく。
「俺、ああいうの得意ちゃうから」
「知ってる」
「でも」
少しだけ目を逸らして、照れたように笑う。
「ちゃんと形にしたいなって思ってます」
静かな決意。
重くない。
でも、軽くもない。
私はゆっくり息を吐く。
「急がなくていいよ」
「急いでません」
すぐ返ってくる。
「でも、曖昧にはしないです」
母と同じ言葉。
思わず笑ってしまう。
「親子だね」
「やめてください」
そのやりとりが、やけに安心する。
リビングの明かりが柔らかい。
ソファに並んで座ると、今日一日の緊張がやっと抜ける。
湊がそっと指を絡めてくる。
強くはない。
でも、離さない。
「……帰ってきた感じしますね」
「うん」
「ちゃんと、二人の家って感じ」
その言葉に、胸がじんわりする。
今日、私は“迎えられた”。
そして今は、“帰ってきた”。
その両方が、ちゃんと心の中に残っている。
湊が小さく言う。
「来年も、一緒に帰りましょう」
来年。
少し先の未来。
でも、ちゃんと隣にいる前提の言葉。
私はその手を握り返す。
「うん」
外はもう暗い。
でも、この部屋の中は、ちゃんとあたたかい。




