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リビングに戻ると
湊の父はテレビをぼんやり眺めていた。
湊の母が湯呑みを片付けながら言う。
「もう少しゆっくりしていけばいいのに」
時計を見ると、まだ三時前。
長居しすぎでもない、早すぎもしない
ちょうどいい時間。
「いえ、今日はこれで失礼します」
玄関で靴を履くとき、背中に視線を感じる。
振り返ると、湊の父が静かに言った。
「また来なさい」
それだけ。
でも、その一言に、胸の奥が少しだけ温かくなる。
「はい。ありがとうございます」
湊の母は最後にこう言う。
「次はもっと楽に来てね。
緊張してるの、丸わかりだったわよ」
思わず笑ってしまう。
「はい」
扉が閉まる。
外の空気は思ったより冷たくて、ほっとする。
数歩歩いてから、湊が小さく息を吐く。
「……大丈夫でした?」
「うん」
「ほんまに?」
立ち止まって、彼を見る。
「うん。大丈夫」
少し間を置いてから付け足す。
「湊、ちゃんと愛されてるね」
その言葉に、彼は少しだけ目を逸らす。
「……そらまあ、親なんで」
でも、その横顔はどこか安心している。
駅までの道は、来たときよりも少し近く感じた。




