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インターホンの前で、湊が一瞬だけ足を止める。
「帰ります?」
わざと軽く言うと、横目で見られる。
「帰りません」
即答。でも喉が少しだけ鳴った。
ピンポン、と音がして、足音が近づく。
「あら」
柔らかい声。でも目は思ったより鋭い。
「遥花さん?」
「はじめまして。遥花と申します。
本日はお時間いただきありがとうございます。」
頭を深く下げる。
隣で湊も、同じ角度で頭を下げた。
ほんの数秒
湊の母は何も言わずにこちらを見る。
値踏みというより、確認。
「寒かったでしょう。どうぞ」
通された玄関は整っていて
生活感はあるのに乱れがない。
「湊、コート」
「あ、はい」
素直に従う湊が少し可笑しい。
いつもと違う、息子の顔。
リビングに通されて、四人で向かい合う。
「改めまして」
遥花は背筋を伸ばす。
「遥花と申します。
本日はお時間いただきありがとうございます。
ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」
深く頭を下げる。
少し間があって、湊の母が柔らかく笑う。
「そんなに堅くならなくていいのよ」
湊の父は無言のまま、こちらを見ている。
その視線は強いけれど、敵意ではない。
「……同棲しとると聞いとる」
湊の父の声は低い。
「はい」
答えたのは湊。
「順番は間違えるな」
責める響きではない。でも軽くもない。
「はい」
湊の声が、いつもより少し低い。
遥花は続ける。
「まだ未熟な部分も多いですが
湊くんときちんと向き合っていきたいと思っています」
“湊くん”。
その呼び方に、自分で少し緊張する。
湊の母の視線が一瞬だけやわらぐ。
「湊、無理はしてない?」
「してないです」
「ちゃんと食べてる?」
「食べてます」
いつもより素直な返事。
湊の母の視線は私にうつる。
「遥花さんも、お仕事お忙しいでしょう?」
「はい。でも、支え合えていると思っています」
控えめに、でも曖昧にはしない。
湊の父が湯のみを持ち上げる。
「仕事は続けるんか」
私に向けられた問い。
「はい。続けます」
湊の父の目が、ほんのわずかに細くなる。
「そうか」
それだけ。
否定も評価もない。
でも、試されるような圧は少しだけ弱まる。
湊の母が空気を変える。
「湊は昔から頑固なんです。決めたら曲げない子で」
遥花は小さく笑う。
「そうですね。芯が強いなと思っています」
張らない。
でもちゃんと見ていると伝える。
湊が、横でほんの少しだけ息を吐く。
緊張が、ゆるむ。




