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元旦の朝は、思っていたより静かだった。
駅までの道は凛と冷えていて
吐いた息が白く広がる。
遥花はマフラーに顔を半分埋めながら
隣を歩く湊をちらりと見る。
スーツではない。
でも、きれいめのコートに、いつもより整えた髪。
少しだけ、背筋が伸びている。
「……緊張してます?」
わざと軽く聞く。
湊は一瞬だけ間を置いてから、
「してないです」
「うそ」
「……ちょっとだけ」
その“ちょっと”が本当は大きいのを
遥花は知っている。
電車に乗り込むと
年始特有のゆるい空気が漂っていた。
帰省らしき人たち、手土産の袋、子どもの笑い声。
湊の手が、そっと遥花の指に触れる。
強くはない。
でも離さない。
「うち、ちょっと堅いですけど」
「うん」
「母親は多分、色々聞くと思います」
「うん」
「父親は……あんまり喋らんですけど
急に核心ついてきます」
「怖い」
「大丈夫です。俺がいます」
さらっと言う。
でも、その声に少しだけ力が入っている。
遥花は小さく笑う。
「湊、ちゃんと守る側の顔してる」
「してますよ。ちゃんと」
視線が真っ直ぐで、少しだけ硬い。
ああ、ほんとに覚悟してるんだな、と思う。
「ねえ」
「はい」
「反対されたらどうする?」
一瞬、湊のまつ毛が揺れる。
でも迷わない。
「説得します」
「それでも?」
「それでもです」
静かに、でも揺れない声。
「俺が選んだんで」
遥花の胸が、少しだけ締まる。
半年追いかけてくれた人。
削られても向き合ってくれた人。
ぐちゃぐちゃになっても、逃げなかった人。
今はもう、ただの“年下くん”じゃない。
「……そっか」
遥花は、指を絡め直す。
「じゃあ私も、ちゃんと選ばれてる顔して行くね」
湊が小さく笑う。
「それはもう、十分です」
電車が揺れる。
アナウンスが流れる。
降りる駅が近づいてくる。
湊の手が、少しだけ汗ばんでいるのに気づいて
遥花は何も言わずに握り返す。
ホームに降りた瞬間、空気が変わる。
ここから先は、湊の空間。
湊の家族。
湊の過去。
湊が育った場所。
遥花は、隣を歩くその横顔を見上げる。
緊張している。
でも、逃げない。
「……行きましょうか」
声は、少し低い。
でも、確かだ。
「うん。連れてって」
小さな覚悟と一緒に、二人は改札を出た。




