69
社員食堂。
トレーを持って席につくと、隣に先輩が座る。
「なあ。」
箸を持ったまま、にやっと笑う。
「お前、彼女年上なんだって?」
一瞬だけ手が止まる。
「はい。」
さらっと答える。
前なら、少しだけ身構えてた。
今日は違う。
「結婚とか色々だるくね?」
笑いながら言う。
悪意はない。
ただの軽口。
昔の俺なら、
ここで内心ざわついてた。
“だるい”
“今なんだよね”
“若いね”
全部刺さってた。
でも。
今日は違う。
「だるくはないですね。」
箸を止めずに答える。
先輩が目を上げる。
「むしろ。」
少しだけ笑う。
「俺のほうが焦ってました。」
先輩が吹き出す。
「は?なんで。」
「間に合わないかもって思ってたんで。」
自分で言って、少し可笑しい。
でも本音だ。
「お前なんてまだまだ若いんだから選び放題だろ。」
前なら、
ここで“若い”に反応してた。
今日は違う。
「確かに若いですけど。」
視線を上げる。
迷いなく。
「彼女しか興味ないです。」
先輩が一瞬止まる。
「へえ。」
「彼女も待ってくれてるんで。」
言葉が自然に出る。
「揺れてる場合じゃないんですよね。」
それは前の俺には言えなかった言葉。
衝動じゃない。
意地でもない。
ただの事実。
先輩が少しだけ真顔になる。
「……意外と重いな、お前。」
湊は小さく笑う。
「重いかもしれないです。」
でも。
「ちゃんと並びたいんです。」
その言葉に、自分でも少し驚く。
もう“間に合いますか”じゃない。
並ぶって決めてる。
「ま、頑張れよ。
若いってのは武器だからな。」
焦るためじゃない。
積むための時間。
その違いに、やっと気づいた。
前までは、
不安と嫉妬でざわついてた。
今日は違う。
選ばれてる。
待ってくれてる。
だから、揺れない。




