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コピー機の前で、書類が出てくるのを待っていた。
少し騒がしいオフィス。
給湯室の方から、女の先輩たちの声が聞こえる。
聞くつもりはなかった。
でも、距離が近い。
「ねぇ、年下と付き合ったことある?」
「あるある。三つ下。」
紙が出てくる音と重なる。
「どうだった?」
「可愛いよ?素直だしさ。」
湊の手が止まる。
「でもねー。」
少し間があって。
「結婚考えたら無理だった。」
空気が軽いまま、言葉だけが落ちる。
「向こうは“そのうち”って言うけどさ
こっちは“今”なんだよね。」
「わかる。年齢ってさ、意外と残酷。」
「若いって武器だけど、責任とは別だしね。」
誰も悪くない。
人生の話。
ただの経験談。
話題はすぐ別に移る。
コピーが終わる。
湊は動けない。
遥花さんは、そんなこと言わない。
焦らせないし、急かさない。
結婚の話だって、押してこない。
わかってる。
でも。
“こっちは今”
その言葉だけが、頭から離れない。
自分は社会人一年目。
貯金もこれから。
仕事もやっと慣れてきたところ。
遥花さんは五年目。
同級生は結婚式を挙げてる。
あの帰り道の
「若いね」
が、重なる。
可愛い。
若い。
これから。
全部、間違ってない。
だからこそ、否定できない。
“結婚考えたら無理だった”
その一文が、頭の中で何度も再生される。
遥花さんは、そんな人じゃない。
わかってる。
でも。
もし、いつか。
“今”が来たとき。
自分は間に合うのか。
手を止める。
深く息を吐く。
大丈夫。
焦るな。
ちゃんと並ぶ。
そう思うのに。
胸の奥が、少しだけざわついたまま消えない。




